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2022年3月11日 (金)

「どんな時も直ぐに診察してほしい」

数年に一度こういう患者や家族が診察室に来ます。
先方「このクリニックが24時間、365日対応と聞いています。もしも私に何かあった時は、いつでも直ぐに対処してくれることを望んでいます」
私「『直ぐに』というのはどの位の時間と考えていますか」
先方「30分以内です」
私「私は、そんなにいつでもあなたのために駆けつけることはできませんよ」
先方「いつもここ(診療所)にいて、ここからなら私の家まで30分以内です」
私「私は、絶えず動き回っています。家に居ることもありますし、別の場所で働いている時もあります。東京にいる時だってあります。いつでも連絡は取れますが、夜中だったら朝まで待ってもらうこともありますし、東京から帰ったら4-5時間かかるでしょう。それが私にとっての『直ぐに』です」
先方「それは24時間365日対応ではないと思います。私の勘違いでした」
私「その通りです。ですから診療を始めるのは止めにしましょう」
このやり取りを通して皆様は何を感じるでしょうか。私は最近どんな相手でも、私を通じて社会の仕組みの中に入ってもらうことを念頭に話しをするようになりました。私の限界を相手に伝えるのではなく、たとえ病気に苦しむ患者であっても、一市民としての規範の中で生きていることを教えるのです。
事務員にも、社会の仕組みの中で、医療活動をしていて、その仕組みを相手に伝えるようにと話しています。診療費を割り引いたり、特定の患者に便宜を図ることはありません。
「弱った自分、困った自分、苦しむ自分のために、医者はいつでも直ぐに行動してくれる」と思う患者の気持ちは理解できます。しかし、医者である私である前に、お互い一市民です。相手は、私の市民としての私権つまり、人間として自分を生きていることの権利を制限していると言うことに気がつかなくてはなりません。
人間同士の信頼関係が築けたら、僕は相手のために時には私生活を制限してでも尽くします。
相手が患者でもそれ以前に人間同士です。診察を受ければ直ぐにできるものではありません。最初から多くを求める方は、どうして自分を信頼たり得る存在といえるのかよく考えてほしい。患者は弱い立場かも知れませんが、まず人間同士の信頼関係を築けなければ、私にはその上に治療関係を作っていくことはできないと思うのです。
私は、開業してから一貫して、診察の前に必ず面接をします。こういう患者、家族は私は診察前に退けます。そして戻ってくることはないので、きっとどなたかが診察し続けているのでしょう。社会の仕組みの中で。

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