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2021年10月17日 (日)

人を仕事に駆り立てるもの。仕事の原動力とは何か。

先日、ビデオ講演会で同僚の講演を聞きました。
彼とは年も近く、長い付き合いで、地元でクリニックの運営をしている者同士です。
2002年に神戸に来てからしばらくは、勤務先の病院の給与では、節制しないと家族全員を十分に養えないため、職場には黙ってこっそりアルバイトの当直に行っていました。まだ僕が30代元気だった頃です。
そこの病院で彼は働いていました。
僕は、所属していた大学医局と赴任先にある意味恵まれ、一人当直(多くの入院患者、多くの救急外来に来る患者に対して、夜にその病院で医者は一人という過酷な状況)は医者になってから10年はやっていました。どんな疾患でもまず最初だけは一人で診療する仕事に慣れていました。アルバイト先の病院はかなりキツいまた、夕食もかなり不味い、患者層も何かと怒っている人が多いブラックな仕事でしたが、高い給与ほしさに頑張っていました。
彼はある朝、僕からの申し送りを聞くために、当直室に現れました。テンポ良く話しを聞き、そして少し話せば多くのことを理解される方と直ぐに分かりました。大抵アルバイトの当直で、そこの医者と話すと、相手のやる気のなさというか、「あんた、本当に大丈夫?」という方も多いなか、彼は違いました。
直ぐに悟り、察して、そして責任を引き受け、場をきちんと支配できるかだと分かりました。場末にもきちんと良識のある方はいるものだと思いました。
その時から、随分と時間がたちました。
僕が開業したのがもう10年前、彼も地元の緩和ケアに関する研究会に来て、良くまたプライベートでもお酒を飲む仲間となっていました。しかし、仕事の話は直接することなく、テンポの良い会話だけを楽しむ相手でした。
しかし、何度か患者の診療に関するやり取りや、管理の仕方や連携の意見の交換で、「あれ、この方とは考えは合わないのかもしれない」と、思うことが数回ありました。 色々と患者のことを相談しても、「きちんと仕組みを作らないと」「それは〇〇のやるべき仕事だから」と素っ気なく返事することがありました。
僕は以前から、目の前の患者ただ一人に役立てば良いと「一回性のケア」を大切にしています。色んな洗練されたケアも、ある一人の患者でうまくいけば、もうそれは終わり。また、人を極力雇わず自分一代で終わり、後輩に一通りの指導はするが、弟子はとらないと今まで仕事をして来ました。彼は一昨日の講演で「自分はスモールビジネス」と話していましたが、彼の1/10くらい僕はスモールです。僕からみれば彼は10倍ビックです。
先日の彼の講演を聞いてから、こんな信念の僕には、自分と彼との違い、そして信念の違いを思い知りました。彼は医療だけでなく、社会や、公共をそして、世代継承をとても大切にしているのだと分かりました。どう言う世界を理想にしているのかが分かり、やっと彼に対して「あれ?」と思った意見の基になる信念を知ることができました。
究極の名人芸としての医師の高みを目指す僕とは違い、彼は医師としての自分の存在を社会の中に取り込む公共的な高みを目指しているのです。凄い方が近くにいるものだと感服しました。
さて、彼は講演中「仕事嫌いなんで」といつもの調子で受け応えしていました。そこは僕も負けないくらい昔から仕事嫌いで、最近は毎日17時になると「あー今日も1時間残業してるわ」とか、朝起きる時間が8時より早いと「明日は早起きだ」と半分真剣、半分冗談でぼやいています。
しかし、彼はきっともっと働いています。自称「仕事嫌い」が仕事に打ち込む時、必ず自分の周りの世界で、理想の高みの美しさを追求します。人脈を温め、好奇心を開き、毎日を上機嫌で過ごします。彼もきっとそうなのでしょう。自分の理想の高みを目指すとはすなわち、美しさを求めると言うことです。
それでは、なぜ相変わらず持久力に課題を残す僕は、仕事はそこそこなのに、彼は馬車馬のように働き続けているのでしょうか。彼はこの講演で、クリニック、団地の保健室、研修医教育、私的な研究会とスーパーマルチで、ハイパーアクティブパフォーマーとして働いている自分を惜しげもなくひけらかして、1時間を超える講演を、鼻息荒く終えていました。僕の10倍の鼻息でした。
僕は、負けたと思いました。同じ「仕事嫌い」であっても、彼があれほどに働き続けることができる理由を、僕は今日まで考えていました。そして、講演内容のいくつかを思いだしおぼろげにわかりました。
多くの男達が、自分の肉体と精神に逆らって仕事をし続けるとき、その燃料はいつも借金です。もしかしたら、彼の原動力は借金なのかもしれない、そう思ったとき、僕はさらに自分が成長し、発展するには何が必要なのか、一瞬で理解したのです。

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