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2021年10月17日 (日)

「あるはずのものがない」ことが分かる力とは。「未来のきみを変える読書術」(苫野一徳, 筑摩書房, 2021) を読んで。

苫野 一徳 先生が、書かれたちくまQブックス、「未来のきみを変える読書術」を読みました。
ここに書かれている読書の仕方とほぼ同じやり方を僕も続けています。まず一度本を読みます。止まることなく読み切ります。そして、2回目にざっと読んで記憶に残っているところ、付箋紙をつけたところを、将来引用するために書き出していきます。僕は、毎日日記をつけているのですが、MacのDay Oneというアプリでまとめています。メモアプリと良く似たものです。読んだ本、観た映画と日記、そしてビールが好きなので、初めて飲んだビールには自分の感想やキーワードを調べて書いています。
さて、そこに書き留めたフレーズの一つに、
'同じレントゲン写真でも、わたしたちの見るレントゲン写真と、医師の見るそれが全く違っているように、大量の読書経験を積めば、世界の見え方がまるで変わってしまう、と。
「教養を積む」とは、そういうことです。 p9'
という箇所があります。
この箇所は至言です。見方が分からないまま世界に知識のないまま向き合っても何も見えてきません。存在していても見えてこないと言うことです。レントゲン写真に写っている異常が存在しているのに医者には見えて、一般の人には見えないのです。かく言う僕も、脳外科と内科医としてのトレーニングを長く受けたので、脳と胸と腹部のレントゲンは分かりますが、骨のレントゲン写真は時に見落とします。
それでは、どういうトレーニングを受けたら見えるようになってくるか、二つの大事な事があります。
一つはこの本にもあるように、多くのものに触れそして語り検証することです。研修医の時に毎日撮影されている相当量のレントゲンを同僚と読み、記録しそして指導を受けて自分達の精度を一緒に鍛えていきました。「多くの正常を見れば、異常に気がつくようになる」これが基本です。まず浴びるように読み続けるのです。ちなみにレントゲン写真を見ることを「読影」と言います。読むことの本質は本でもレントゲン写真でも同じです。
さらに一段高みに上るためにはもう一つ大事な事があります。それは、見えていないものを読み取ることなのです。推理小説の名探偵のように、本来あるはずのものがそこにないと言うことを読み取らなくてはなりません。
さて、僕は彼の指導で哲学を学んでいますが、「存在論」の理解はとても困難です。「そこにあるものを『ある』とするにはどう考えたら良いのか?」といった深遠な問いにまず立ち止まってしまいます。「そこになるものはあるんだから、あるんでしょ」とおかしな話になり、「え、見えないの?」と言っても対象物によっては見えません。
素人がレントゲン写真が読めないのと同じです。医者である僕には存在が見ていても、素人には見えていないのです。おかしな場所に指を指せば見えるかもしれません。でも、何が見えているのか分からないことでしょう。つまり見えても読めないのです。
しかし、哲学で言うところの「認識論」は、そこに存在しないものを認識することをどのように考えるのでしょうか。例えば乳癌のため片方の乳房を切断された方のレントゲン写真には、どちらかの乳房が映っていません。しかし、素人がぼんやり眺めても、何が映っていないのか分からないことでしょう。
この、「存在するはずのものが、存在しない」ことを読み取る能力ができることが、さらに大切なのです。「あるものがある」ことを指摘する力よりも「あるはずのものがない」ことが分かる力が、世界を俯瞰する上では必要な能力だと思うのです。
彼は '読書は僕たちをグーグルマップにする'と書き出しています。しかし、グーグルマップは鳥からの視点しか与えてくれません。読書を自分の人生経験と照らし合わせていくことで、グーグルマップで見えていないはずの建物の側面、山の稜線が自分の心の中だけで見えてくるようになるはずです。
そうすれば、きっと世界の見え方はさらに広がり、新しい発見が生まれることでしょう。かつて、海王星が周囲の星の観測と、机上の計算から発見されたように、見えそうで見えない場所でいつも存在し発見を待ち続けているのです。

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