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2021年10月22日 (金)

医者が諦めたら患者はもう終わり

僕が長く診療している、精神疾患の方がこの1年食事を拒否するようになった。介護している方々が食事を口に運んでも、吐き出したり、食器をひっくり返したりを繰り返していた。僕は勝手に「もう生きることを拒否しているのだから仕方がない」と困る介護者を慰めた。時には諦めることを宣言すること、これが僕の仕事だと思っているからだ。

しかし、僕の話を話半分で聞きながら、介護者の方々はその方の言葉では言えない小さなヒントをケアの力に変えていた。男性が介助したら食べた、菓子パンなら続けて食べた、食べる場所を変えたら食べたと僕の想像を超えたケアを続けていた。うまくいってもまた時間が経つとうまくいかなくなった。

そして、この2週間とうとう食事を完全に拒否した。また僕は「もう生きるのを拒否しているのだから仕方がないよ」と言い続けた。その方の本心はどうしても分からなかった。なので自分で話を作るしかなかった。

ある時偶然、その方の残っていた前歯の一本が抜けてしまった。それから急にこの方はもりもりと食事を始めてカレーうどんを完食した。

生きることを援助することに愚直な、介護者の方々はとても辛抱強くそして賢明だ。ケアを続けるから、前歯が抜け落ちる日を迎えることができたのだ。一方で僕の有り様は死に逝く人たちとその周りに引導を渡すような慰めばかりだ。「医者が諦めたら、患者はもう終わり」という指導医の声が蘇る夜だ。

僕は緩和ケアと終末期ケアに没頭しすぎていたのだ。

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