「もやもやちゃん」を超えて Beyond the moyamoya.
もやもやちゃんとは、僕が医学書院、訪問看護と介護 2021年1月号に寄稿した「もやもやちゃん」という物語です。
もやもやちゃんは、多くの病院が行っている面会制限に心を痛めています。患者と家族を交流させないまま、死という永遠の別れを迎えていることに悩み、医学では答えが探せないまま、いろんな専門分野、法学、哲学、倫理、宗教の専門家と交流し自分にできることを探します。しかし、その思いも叶わないまま、日々の医療活動に追われながら、もやもやちゃんなりの解決を実践し始めます。
僕はもやもやちゃんを超えられるのか、その挑戦が今日でした。
3年に一度くらい、自分が転機を迎えた頃になると必ず、地元の西市民病院の方から講演を依頼されます。上から見ているのではないかと思うほど、僕の気持ちを察していろんな誘い、声かけをして下さる医師と看護師の方がいらっしゃるのです。毎回自分の成長をお伝えしないとと、準備と計画をします。
今回も45分の予定でしたが、おそらくその100倍の時間をかけて準備をしました。同僚や、いろんな分野の同僚のインタビュー、取材をしメールをやりとりしてして準備しました。医療の言葉では語れない、新型コロナウイルス感染症の蔓延と、その予防に対する厳しい面会制限で、患者や家族はどう感じているのか、また制限をしている我々医療従事者が何を考えたら少しは前に進めるのかを話しました。
多くの人たちから教わった考えと、感情をどうやったら時間内伝えられるだろうかと、今まで味わったことのない緊張でした。胃を口から吐き出しそうな緊張を初めて味わいました。手と足が震え、目も開けていられないほどでした。
一部ですが紹介しますと、僕が大学5年生の時に阪神淡路大震災に神戸は被災しました。私は名古屋にいて、ボランティアに行こうと思いましたが、非力な医大生には何もできないと知りあきらめました。今でも覚えている映像はいくつかあるのですが、その一つはこの西市民病院の一部の階が倒壊したことでした。
病院と学校はなぜか潰れないという、医療従事者に対する超人思想を裏付けるような考えがありました。そして今は建て替えられ立派な病棟になっています。この病棟は地域にとっては宗教的な意味を持つと話しました。復興のシンボルではありません、鎮魂と慰霊のモニュメントとして、この病院の病棟が地域の中で存在している、そう考えてはどうかと伝えました。(院内敷地内には慰霊のモニュメントがないと今日知りました)
この救いようのない面会制限で多くの人たちを不条理と無念に巻き込んでいるのが私たち医療従事者です。
「コロナだからしかたない」
「医療従事者の皆様、がんばって」と言われている間に私たちは何か大切なことを見失っていると思うのです。その話をしました。
最後はみんなの道徳的障害(moral injury)を慰め、また2020年3月以降の面会制限の間、新型コロナウイルス感染症で亡くなった人、またそれ以外でも亡くなった人たちのために、バイオリンを演奏しました。話だけで終わっては救いがないので、昨日の夜に思いつき、ピアノ伴奏を親友にお願いし、「朝までによろしく」という無茶な依頼を引き受けてくれました。本当にありがとう。また妹にも急なイラストの依頼に応えてもらいました。ありがとう。
僕はもやもやちゃんを「音楽」で超えようとしたのです。
「赤いスイートピー」
なぜあなたが時計をちらっと見るたび、泣きそうな気分になるの?
この神戸に住む松本隆さんの作詞です。家路を急ぐ妻帯者の男に気持ちを寄せる女性の不倫ソングなのでしょうが、今日の僕には話しすぎてしまった自分に対する後ろめたさでした。
なぜ主催者が時計をちらっと見るたび、泣きそうな気分になるの?
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