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2021年2月

2021年2月18日 (木)

「もやもやちゃん」を超えて Beyond the moyamoya.

もやもやちゃんとは、僕が医学書院、訪問看護と介護 2021年1月号に寄稿した「もやもやちゃん」という物語です。

もやもやちゃんは、多くの病院が行っている面会制限に心を痛めています。患者と家族を交流させないまま、死という永遠の別れを迎えていることに悩み、医学では答えが探せないまま、いろんな専門分野、法学、哲学、倫理、宗教の専門家と交流し自分にできることを探します。しかし、その思いも叶わないまま、日々の医療活動に追われながら、もやもやちゃんなりの解決を実践し始めます。

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 僕はもやもやちゃんを超えられるのか、その挑戦が今日でした。


3年に一度くらい、自分が転機を迎えた頃になると必ず、地元の西市民病院の方から講演を依頼されます。上から見ているのではないかと思うほど、僕の気持ちを察していろんな誘い、声かけをして下さる医師と看護師の方がいらっしゃるのです。毎回自分の成長をお伝えしないとと、準備と計画をします。

今回も45分の予定でしたが、おそらくその100倍の時間をかけて準備をしました。同僚や、いろんな分野の同僚のインタビュー、取材をしメールをやりとりしてして準備しました。医療の言葉では語れない、新型コロナウイルス感染症の蔓延と、その予防に対する厳しい面会制限で、患者や家族はどう感じているのか、また制限をしている我々医療従事者が何を考えたら少しは前に進めるのかを話しました。

多くの人たちから教わった考えと、感情をどうやったら時間内伝えられるだろうかと、今まで味わったことのない緊張でした。胃を口から吐き出しそうな緊張を初めて味わいました。手と足が震え、目も開けていられないほどでした。

一部ですが紹介しますと、僕が大学5年生の時に阪神淡路大震災に神戸は被災しました。私は名古屋にいて、ボランティアに行こうと思いましたが、非力な医大生には何もできないと知りあきらめました。今でも覚えている映像はいくつかあるのですが、その一つはこの西市民病院の一部の階が倒壊したことでした。
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病院と学校はなぜか潰れないという、医療従事者に対する超人思想を裏付けるような考えがありました。そして今は建て替えられ立派な病棟になっています。この病棟は地域にとっては宗教的な意味を持つと話しました。復興のシンボルではありません、鎮魂と慰霊のモニュメントとして、この病院の病棟が地域の中で存在している、そう考えてはどうかと伝えました。(院内敷地内には慰霊のモニュメントがないと今日知りました)
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この救いようのない面会制限で多くの人たちを不条理と無念に巻き込んでいるのが私たち医療従事者です。
「コロナだからしかたない」
「医療従事者の皆様、がんばって」と言われている間に私たちは何か大切なことを見失っていると思うのです。その話をしました。

最後はみんなの道徳的障害(moral injury)を慰め、また2020年3月以降の面会制限の間、新型コロナウイルス感染症で亡くなった人、またそれ以外でも亡くなった人たちのために、バイオリンを演奏しました。話だけで終わっては救いがないので、昨日の夜に思いつき、ピアノ伴奏を親友にお願いし、「朝までによろしく」という無茶な依頼を引き受けてくれました。本当にありがとう。また妹にも急なイラストの依頼に応えてもらいました。ありがとう。
僕はもやもやちゃんを「音楽」で超えようとしたのです。
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「赤いスイートピー」
なぜあなたが時計をちらっと見るたび、泣きそうな気分になるの?

この神戸に住む松本隆さんの作詞です。家路を急ぐ妻帯者の男に気持ちを寄せる女性の不倫ソングなのでしょうが、今日の僕には話しすぎてしまった自分に対する後ろめたさでした。
なぜ主催者が時計をちらっと見るたび、泣きそうな気分になるの?

またいつの日かに会いましょう。
この講演がYoutubeに公開されました。当日参加できなかった方、どうぞご覧下さい。

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2021年2月 7日 (日)

安楽死に関するシンポジウムにて驚いたこと、分かったこと

今日は神戸でリアルで対面の講演会に参加した。安楽死をテーマとして作家の先生が講演された。その中で、今こうしている間にも安楽死を本気で望む人がいるのに、いつまでもぐずぐずと議論するなと言われていた。「苦しみの真っ只中にある患者にとって、法制化するかどうかの議論なんて意味がない」「それは火事の中にいて救助の必要な人がいるのに、消防車の作り方を議論しているようなものだ」と発言していた。また聴衆の中の複数のクリスチャンの医師でも安楽死の法制化を望んでいるのには驚いた。

ある医師も、「もしも自分がALSになったら安楽死を望むだろう」と話していた。僕はさらに驚いた。その医師はクリスチャンだったからだ。クリスチャンは自殺を容認しないため、特にカトリックの信仰者は安楽死に反対しているからだ。一度安楽死に関する記事をネットメディアに書いたとき、ベテランのクリスチャンの医師から私個人宛に、メールで抗議をされたこともある。別のクリスチャンで同級生だった医師(友人)から、「人は与えられ、奪われる命を神様のために生きるという謙遜さがキリスト教信仰の根本だ」とメッセージで教えられた。

信仰は職業的な信念よりも上位にあると私は考えていたので、とても混乱した。さらに混乱したのはシンポジウムの討論が進行してからのことだった。

作家の先生もシンポジウムに参加していた別の医師から、「それならもしもあなたがALSの患者の主治医だったとして、安楽死を求められたら本当にするのか」と尋ねられたとき、「自分にはできない」とはっきりと答えていた。正直な方だなと思ったがこういう矛盾した感情も人間らしいなとは思う。以前にNIMBYについて書いたがその心性そのものだ。

NIMBYとは、 "not in my back yard"の略で、簡単に言うと、「別のところでやってよ」と言うことで、他人に求める行動も、自分自身の責任が及ぶ現場ではできないものなのだ。こんなことでは、安楽死を望む人には応えられないし、医師の安楽死が訴追されなくっても、求められても安楽死の手伝いができない人は自分を含めて多いのだろう。他人が安楽死をしたいと思う気持ちは尊重するが、自分は反対だという人もいる。他人の自由な意志を尊重することで、自分の自由な意志を守ることができるのも成熟した考え方だと思う。

年末に放映されたNHKスペシャルの番組のため、僕は密着取材を2年近く受けた。患者自身が終末期に受ける治療を自分で決める様子と、僕とのやりとりの全てを記録した。番組では、患者の求めに応じて鎮静をするという場面があった。病院勤務の時はあくまでも、最終的な判断は医療者の側にあったので、患者と家族から先に鎮静を要請されることには慣れていなかった。

しかし、相手の自宅という場所で診察していると、自分の管理、責任の届く感覚は、病院での仕事の仕方とは全く異なる。相手の自宅で「いい」とか「だめ」と言っても、相手からして見れば、「自宅で自分がどう生きてどう生活して、どう死ぬかは自分の問題だろう?」ということが基礎になるのだ。だから、自宅療養をしている患者と家族から、「安楽死ができないのは分かっているから、最後は苦しまないように鎮静して欲しい」と言われると、やはり「分かりました」としか答えられなくなるのだ。病院に入院中の患者から申し出を受けるのとは全く関係性が違うのだ。

複数の患者から「今でも苦しいけど、この先これ以上苦しくなると耐えられそうにないから、予め鎮静して欲しい」と言われその要望に応えたり、応えることなく亡くなったりする様子を撮影された。その事を、別の同僚の医師に正直に話したところ、「そういうガイドラインを超えた鎮静のやり方は、こっそり見えないようにやって欲しい、テレビの取材を受けることなく個人的な活動としてやって欲しい」と言われ、以降その医師からは共働する場から排除された。

安楽死について、率直に人前で話すことはとてもリスクがあるし、安全、安心な場所で議論するなんていうのは、現実ではなかなか難しいことなのだ。このシンポジウムの場では、やはり僕も自分の意見や考えを率直に話すことはできなかった。でも僕は個人活動家、研究家なのでこれからも率直に意見を残しておこうとこうして書いている。組織や、プロジェクトに関わる人は、言えないことも増えてくる。

僕自身は安楽死に反対だ。本音を言うと、安楽死に自分が関与することに反対だ。自分の行動が、他人の死に直結することが、例え、安楽死を含むあらゆることがその人の寿命、神から与えられた命だったとしても、僕には信仰がなく自分を支える大きな物語がないのだ。自分が安楽死を実行して、目の前で患者が亡くなることに僕は耐えられそうにないと今は思う。

今回のシンポジウムを通じて感じたことがあった。1)安楽死を求めてしかも受けたい人はかなり少数。でもそういうマイノリティの希求に対しても真剣に応えようと議論するようになった、2)安楽死の代わりの方法として、一般の市民、患者は鎮静や、断食をする方法(VSED)を知るようになった。医療者は、耐えがたい苦痛に鎮静をすると考えているが、市民や患者は、死を迎える治療の一つとして鎮静を捉えるようになった、3)医療者の内在する偏見(スティグマ)、固定観念は相変わらず強く、患者の属性(氏、素性、学歴、病歴、家族構成)から、安楽死を求める気持ちを理解しようとする傾向があることは良く分かった。

治療の中止も安楽死を含むあらゆる患者の死に、医療者が納得できるかがやはり医療現場では大きな影響をもつのだ。患者や家族がどのように死を迎えるかと言うことと同じくらい、関わる医療者の納得が、患者の死のあり方を定めてしまう。なので、かつては延命治療の果ての死として、今は普通に病院での蘇生行為を開始しない死として、どちらも根にあるのは関わる医師や医療者の納得いく死なんだと、医療現場では考えているのだ。行為は正反対でも、根は同じところがある。

シンポジウムの中でも作家が話していたが、ALSで身体は不自由であっても、その心は自由だと考える人もいる。そう、自分自身を鎖でつないだとき、人は自由を失うのだ。では自由になるにはどうしたらよいのだろうか。その答えは、アルコールの力を借りてしゃべることでも、内密で率直な会を開いて話すことではない。それは、自分が自由に話す以上、誰もが自由に話して良いどんな考えを持っても良いと、他人の発言の機会や、意見を持つことを認めることから始まるのだ。だから、個々に登場した全ての人たちはそれぞれ思うように思ったら良い。そう思えるようになったからこそ、僕もこうして自由に自分の意見が書けるのだ。ただしこっそりと。

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2021年2月 2日 (火)

新型コロナウイルス患者の自宅や施設での看取り

最近、神戸市でも新型コロナウイルス感染症の患者の自宅待機期間が長くなりました。私は毎日、がん終末期や、高齢の脆弱な患者の在宅療養を診療しています。ついに、本人、家族の求めに応じて、病院に入院させずに、新型コロナウイルス感染の陽性者の死亡をそのまま自宅で診療せざるを得ない状況になりました。

予後2週間未満と分かっている患者を、どの病院に搬送したら良いのか、それは保健所の考えることですが、もう自分で最後まで診た方が、いや診るしかないのかと腹を括りました。看病する家族ももうここまできたら最期までと、自分の二次感染よりも、最期の数日を共に過ごせないことの方がよほど苦痛だとはっきりと明言する方もいます。

家族と医療者の二次感染を予防するために、どうしたらよいのかと迷いながらも、自分の行った実践は、自分一人だけで診療し他の医療者を近づけないこと、家族への感染対策を実地で指導することで、保健所と連絡を取り合いながら、そのまま自宅で看取りをすることもありました。

幸い、2020年の春とは違い、マスク、ガウン、アルコールなど物資は直ぐに手に入ります。またゾーニングを含め、対策の方法もよく知られまた資料も増えてきました。

診療に関わっている高齢者施設は以前から2ヶ所、施設の管理者の一人とは、「もう最大限の努力をしても、入居者の新型コロナウイルス感染は100%では防げない、もしも感染したらあきらめよう」という話を予め、少なくとも家族にはした方が良いのではないかと話し始めています。こんな状況になるとは思いませんでしたが、これも現実です。ある程度期間があり長く診療している(半年以上くらいか)患者や家族には、人によってはもう新型コロナウイルスに感染したら、自宅であきらめて最期を迎えるかといった話しも出てきています。

さて、この論文(スウェーデンの医学論文)、2020年に読んだときは、大胆な考察に唖然としましたが、私の診療地域にも津波が遅れて到達しただけでした。

"著者の大胆な考察ですが、脆弱な高齢者を入院させ、高流量酸素や人工呼吸器をICUで行うことは、死の過程を長引かせて、結局終末期の苦痛をより強くしてしまう。施設の患者は高齢で脆弱、症状が軽く、緩和が可能な段階で早い経過で死亡している"

高齢、併存疾患で命の線引きをすることを、私も2019年まではあんなに反対していたのに、最早この論文の大胆な考察と同じことを考えている自分がいます。テレビでやっている「自宅療養中の新型コロナウイルス感染症の患者」とは、無治療で保健所だけから連絡をもらっている患者にもなれていない病人なのではないでしょうか。

医療者のケアも治療も受けられず、パルスオキシメータだけと印刷物、定期的な電話だけを頼りに不安で毎日を過ごしている患者や家族を想像すると、医療者の役割もみえてきます。今までは、期間病院と保健所に任せていましたが、たとえ数は少なくとも、新型コロナウイルス感染の患者を、自分も診療すると、私も一歩踏み出すことになったのです。実際に自宅で新型コロナウイルス感染症の患者を診療している医療者の方々の知見や実際の活動や注目しています。

1) Strang P, Bergström J, Lundström S. Symptom Relief Is Possible in Elderly Dying COVID-19 Patients: A National Register Study. J Palliat Med. 2020 Jul 31.

 

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2021年2月 1日 (月)

2021年1月の鬱日記

昨年3月以降の、このコロナの閉塞的な状況の中、昨年12月までは、とても気ぜわしく動き回っていてました。動き回りすぎて10月頃に鬱になりましたがどうにか乗り越え今に至ります。

しかし、この1月から自分でも不思議なくらい、仕事がなくなり、勉強する時間、本を読む時間、パンダに会いに行く時間ができました。

事務員はテレワークなので、仕事の合間に自分のオフィスに行ってもシャッターが閉まり、誰もいない。一人静かにNHKの連ドラをネットで見ながら、静かに弁当を食べる時間を、最初は貴重に感じていましたが、やっぱりつらくなってきました。

検温、マスクをして、しゃべらず手洗いし、スポーツジムへ行っても、何だか隠れて悪いことをしているような気分になり、またつらくなる。

多くの講演やレクチャーは以前と違いネットで配信されます。車の移動中や犬の散歩中はほとんど音声だけを聞き、今までに知らなかったことを学び続けています。でも、その学びを共有して討論できる人はいません。

特に所属するアマチュアオーケストラの練習、演奏会が次々にキャンセルとなり、バイオリンを弾く時間、他の演奏者と一緒に音楽活動ができなくなったことが、一番心にこたえています。週末の予定も真っ白になりました。

このやっと得られた落ち着いた、内観できる時間が、どうにも自分には居心地が悪く、勝手に悶々としています。

自分の心の種火が消えると、また去年の10月のように苦しくなってしまうので、火を消さないようにしたい。心の種火が消えてしまうと、もう一度火をつけるのには相当な時間がかかります。

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