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2020年11月 2日 (月)

フードフォトグラファー新城からのメッセージ「ネコは味を確かめたいだけ』

フードフォトグラファーの新城です。今週も私に不思議な世の理を教えてくれた料理の写真を通じて、皆さんに伝えたいことがあります。

さて、世には意図しないメッセージと、意図するメッセージがあります。

まず意図しないメッセージを一番的確に歌い上げたのは、以前は兄弟で活動していたキリンジです。その歌はアルバム「ネオ」の中の「ネンネコ」という歌です。

その一節に、

'ネコは昨夜(ゆうべ)の涙 舐めてくれた だけど慰めてくれてるんじゃない 違う 違うんだ 「味を見たいだけ」 誤解だったんだ'

という歌詞があります。身も蓋もない歌詞ですね。

犬やネコに対する愛情を注ぐと彼らは返してくれるように思い込んでいますが、でもあちらにもあちらの本能的な事情があります。

歌詞はさらに、

'だけどいいじゃない わたしそれで救われた' と続きます。そして、結果的には相手から意図しないメッセージを勝手に受け取り、親密なメッセージを相手に返します。相手にはよく分からない事ですが、こういう勘違いは、確かに人に感謝や愛情を生み出して、世の中をよくしていることに間違いはありません。

そして、僕にはこの「塩ラーメン」です。その日は色々とトラブルが続き、僕はすっかり消耗していました。長雨の日でした。

塩ラーメンは決して僕を励まそうとはしていません。汗をかいた後の暑い日に、この冷やし塩ラーメンの冷たい麺と食感は僕の身体を的確に冷まし、温度のバリエーションを変化させた夏野菜は食べる喜びを、そしてスープの塩味は僕の体に欠けていた、血中ナトリウム濃度を平衡状態にして身体を化学的に満足させます。

食べているうちにトラブルのいくつかは、どうでもよいこととなり、夏野菜が口の中で僕に破砕される度に、嫌な感情も心の中で破砕されていきました。スープをすするたびに赤じそと南高梅の程よい清涼感と共に、不条理な出来事で渦巻いていた心の中も、爽やかに風が通っていきました。

「塩ラーメン」は、作った人が、それぞれの食材の「味を整えたいだけ」で、皿の中に一つの完結した世界を作っています。その味を体験した僕が、勝手に「塩ラーメン」に励まされたと思い込むのです。

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いや待てよ、「塩ラーメン」は生き物ではないから励ましたりはしない、そこでさらに僕は勘違いをします。「もしかしたら、この塩ラーメンを作った人が、僕の事情を分かって、励ましているのではないか」と思い込むのです。

こうして、作った人の意図しないメッセージを僕は勝手に受け取り、そして「この塩ラーメンに僕は救われました」個人的な感謝を伝えるのですが、それはネコに感謝を伝えるのと同じく、相手にはさっぱり分かりません。僕の言葉の熱が気持ち悪いだけです。彼はいつもと同じ皿を作っているだけなのです。

多くの仕事は没頭すればするほど、その行為そのものを洗練すればするほど、複数の人達が勘違いを起こすようになります。今日もどこかで「ネコ」が落ち込んだ人の涙を、相変わらず舐めてくれているでしょう。

でもやっぱり「ネコ」は、味が見たいだけです。もしもネコに直接そう言われてしまったら、どんな気分になるのでしょうか。

人は喋りすぎない方が良い、意図しないメッセージが伝わったことが分かったら、種明かしはしない方が良い。僕は塩ラーメンから「粋」を教わったのです。

言わぬが花、言わぬがネコ。そして、言わぬが夏の塩ラーメン。

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