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2020年11月 7日 (土)

僕の好きだった彼女 「夢の中の夢」

ああ、しばらく僕は眠ってしまっていたらしい。門限が過ぎたはずの彼女はまだそこにいた。

どうやら終電に間に合わなかったらしい。始発までの間、まだ一緒にいることができるのだと僕は、神か仏がくれたらしいこのチャンスを、必ずものにしなくてはと、眠気で動かない体を起こそうとした。

その時だ。自分の体の感覚が以前とは違うのに気がついた。目は見えにくく、小さな字が読みにくい事に気がついた。ガラスに写る自分の姿は、髪に白いものが混じっていた。僕は、何年間眠っていたのだろう。

確か、僕は付き合い始めた彼女とデートの約束をし、一緒に動物園に来て、人気のない場所の、静かな草食動物の檻の前に立ち、彼女と横並びになり手を繋ごうと手を伸ばした時だったはずなのだ。

手を繋ぎ、何も話さないまましばらく時間が過ぎ、そして前触れもなく彼女にキスしてしまおうと、はやる気持ちを抑えながら、顔を近づけた。彼女がこれから起こることを理解して、応じるようにぎゅっと目を閉じた。僕も、慣れない状況に緊張して、同じくぎゅっと目を閉じた。彼女の少し荒くなった息遣いと、自分の知らない髪の匂いにうっとりしたその瞬間に急に眠気に襲われた。

気がつき、時計を見るとその時から、32年間が経ってしまっている事に気がついた。彼女は、直ぐ側にまだいるのだが、僕と一緒に眠ってしまったようだった。

長い眠りの途中一度だけ、目が覚めたことをうっすらと覚えている。なぜか彼女と同じ会議室の前後ろに座っていた。どうやら新しい職場の説明会のようだった。彼女は僕の知っている彼女よりも髪が短くて、大人の女性になっていた。

僕はしばらく彼女が誰だか気がつかなかった。ふとあの同じ髪の匂いが、僕の記憶を繋げた。彼女だと分かった。「あの、もしかしたら、、、」

その瞬間、彼女は驚いた顔で振り返り、「ねえ、こんなことってある?」と話しかけられた18年以来の再開だった。彼女も僕もすでにそれぞれ、大切な家族を持っていた。でもそれは夢の中のことなのかもしれない。

あの時、草食動物の檻の前で、僕は至福の時を迎えられたのか今となっては思い出せない。でもまだ目の前に彼女は眠っていて、あの時と同じ可愛らしい小さな目のまま、僕と同じように頭には白いものが混じっていた。でもあの時と同じ匂いがした。

あと少し眠り始発を待とうか、でも次に目が覚めるのは何年後だろうか。そこに僕たちはまだ居合わせることができるのだろうか。そんなことを考えているうちに、また僕は眠ってしまった。僕は本当は起きているんだろうか、眠っているんだろうか。

そして、どちらの夢の世界に生きているんだろうか。

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