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2020年11月 1日 (日)

フードフォトグラファー新城からのメッセージ「タンタンのこと」

フードフォトグラファーの新城です。摂食障害かと思われても、食べ物の写真をアップするのは、皆さんにお伝えしておきたいことがあるからです。

さて、今日頂いた麺は、個人史上最高の坦々冷麺でした。

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夏野菜の彩りが美しく、トマトは少し凍らせて、ゴーヤの苦みとパクチーの苦みがトウモロコシの甘みと感情的な合成(コンプレックス)したときのその旨みはもう、想像できない(アンイマジナブル)ものでした。

そのアンイマジナブルなコンプレックスと言えば、個人的に最も近年に回想できることと言えば、布袋寅泰と吉川晃司のCOMPLEX依頼の出来事以来でした。

先週は、僕と友人のリクエストで予約の時に、「タンタン」のファンの僕らのために「坦々」ではなく「タンタン」をお願いしますと店主に伝えました。

当日はこのパンダの点心を食べさせてくれました。「坦々」なあんが「タンタン」に入っているという「タンタン」「タンタン」な「坦々」な訳なんです。でも「担々」な「タンタン」でもある訳でそれを考えているうちに迷宮に入ってしまうのです。

もちろんパンダ好きは直ぐに食べ始めることができず、その美しさと奇抜さにしばし感嘆の眼差しを注ぎつつ、可哀想でなかなか食べ始めらないのです。

どこから箸を入れるのか、どこからその顔面を引き裂いていくのか。そのことを考えると食べることができないのです。

しかし、食べ始めることができないもう一つの理由があります。その鏡の中の鏡の表現には、いつまで経っても永遠にフレームから出てこられなくなる、表現者(調理人)の罠にはまってしまうという、アルヴォ・ペルトの「Spiegel im Spiegel; 鏡の中の鏡」にも匹敵するループに入り込んでしまうのです。

さらに秀逸なのはこの幸せな夕食のメインディッシュに「トンタン」です。「タンタン」ではなく「トンタン」です。分かりますか?

「トン 豚 の タン 舌」です。甘酢で味付けされた「トンタン」には、言語の持つ音韻の美しさに心が惹きつけられ、その美味しさにユーモアを感じました。もはや帰宅してからはどれが「タンタン」で「トンタン」だったのか、王子動物園に居るのが「トンタン」なのか「タンタン」なのか分からなくなると言うゲシュタルト崩壊というお土産を頂きました。そのことも皆さんにお伝えしたい。

そして、この「タンタン」の点心は、店内のメニューにはありませんでした。つまり僕たちの夕食のためにたった一夜のためだけに作った一品だったのです。皆さんも「タンタン」コースと注文してくださいね。次の「タンタン」メニューがどういうものであったのか、また教えて下さい。

9ea76b4475a30f03fe46f0baf5c5300b 今日も会計の時にまた次回の夕食を予約しました。

そのテーマは「新型コロナウイルスのために翻弄され、心を傷ついた仲間を癒やして欲しい」というリクエストでした。店主は何を表現してくれるのでしょうか。

 

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