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2020年6月

2020年6月29日 (月)

新型コロナウイルスの感染のクラスター発生の一つ前のステップは何か考えよう。


自分のブログで、オーケストラの演奏会についてどう臨むかを改訂しながら書いています。「楽しみにしていた演奏会でも、人に誘われていた演奏会でも、義理がある演奏会でも、体調の不安があれば、断る勇気をもちましょう」みたいなことを書きました。(読みたい人は、こちら

考えていたのですが、どうしてライブハウスとか、接待を伴う飲食店(キャバクラとかラウンジとか)でクラスター発生するのでしょうか。

そのような場所で活動する方々を、感染者の集団のように危険視する偏見、差別は良くない。だからこそその一歩前を考えたいのです。働く人なのか、客なのか。働く人達だけを、新型コロナウイルスをまき散らしていると考えるのは早計です。

その環境(要するにハコ)が、感染のリスクを高める、ここまではよく分かりますし、再現性もあるし、科学的に根拠も分かります。でもその手前、なぜ感染者がそのような環境に、入って来てしまうのかと言うことをよく考えないと、本当の予防にはならないと思うのです。
 これは僕の考えですが、「誘いに断れない」か「病気しても休めない」か「少々の体調不安ならいつも通り生活する」が感染のリスクを高める要因なんだと思うのです。

「楽しみにしすぎて無理をする」

ライブハウスで楽しみにしているライブがある、でもちょっと体調に不安があるけど、このチャンスを逃すと次はいつか分からない、ええい大丈夫!行ってしまえ!これは風邪ひきではなく、昨日おなかを出して寝たからだと、起きている問題を軽視するバイアス。

 「仕事を休めないから無理をする」

今夜も仕事に行かないと生活が立ちゆかない、そんなに簡単に仕事を休めない。「明日休みます」ならまだしも、「今日休みます、すんません」とは言えない。24時間戦えますか! 明日は栄養ドリンクか、風邪薬でバッチリ治して、出勤だ。出勤したら、一杯やらなきゃ帰れないだろと、感染していても軽い症状なら、そのままいつも通り行動してしまう。

 「アルコールのせいで抑制が効かなくなる」

いやー、一杯飲んで気持ちが良い! いやー、このままでは帰れんでしょ。もう一軒もう一軒、いやー、いいこんころもち(落語の一節)と、ずるずるとアルコールが入って抑制が効かないまま、風邪気味の人も次の狭い店に行く。「風邪気味だけど、酒を飲んでアルコール消毒や!」とか豪語してついつい。酔客相手に、「今夜はお引き取り下さい」と、体調が悪そうな客を店は断れない、いや、そもそも酔ってしまうと、顔も赤いし体調不良なのか、ただ酔っているのか見抜けなくなる。

 「キッパリと断ることができない」

本当は帰りたいんだけど、誘われたら帰れない。少しだけなら大丈夫、うん、本当に大丈夫。お付き合いして、ね、きっと一杯だけ30分だけだよねと断り切れずにそのまま次の狭い店に行く。zoom飲み会も断れずに、新しいタイプのパワハラを受ける人も多い中、断れない状況と関係が次の感染を生む。「なに?!体調が悪い?オレなんか就職してからこの方、ずっと体調悪いわ!不調なまま結果を出すのがプロだろ」とよく分からない事を上司に言われ断りきれなくなる。

こういう行動と心理、シナリオで、クラスター発生する環境「ハコ」に、感染者が入ると言うことなのではないでしょうか。

であるなら、パチンコ店もクラブもキャバクラも、カラオケ店もスナックも、ライブハウスも閉めてしまえばよい、ガチガチの対策をして、全員マスクとフェースシールド、なんなら宇宙服を着て営業をすると考えるのではなく、なぜそのような場所に人が無理をして入ってしまうのかを考え、対策しないと意味がありません。運が良いか悪いかだけに、その店がクラスター発生源になるかならないかなんて、余りにも前近代的過ぎます。

前近代的な傾向が強まると、意味のない儀式(要するにインチキグッズの数々)が広まったり、生贄(感染対策に乗じて、普段の偏見意識が高まる。特に人種差別、男女差別と言った社会的な属性に対して)が必要となってしまうのです。ワイドショーやSNSには生贄探しを直ぐに見つける事ができるでしょう。

こう書くと聞こえてきそうです。「発熱もない、無症状の感染者が、そのような場所には選択的に集まるからだ」と。

でも今一度よく冷静に考えて下さい。そのような無自覚、無症状の感染者はどの場所でも現れ、そして彼らの行動を抑制するには、結局100%に近い(80%以上ですか)ほぼ全員の行動規制をするしかなくなるのです。それはこの3ヶ月大変な事で、短期的にしかできないと分かったはずです。

もう無症状の感染者の行動抑制は諦めるしかないと言うのは、皆さんも分かる頃ではないでしょうか。
これからは相手を信頼し、リスクを共有して生きること、キッパリと仕事を休める、キッパリと断ることができる社会にするのが、一番の感染対策ではないでしょうか。

クラスター発生する場所をしらみつぶしに探して、締め切っても、どんどん見えない場所にクラスター発生する場所は移るだけで(地下に潜る)、何の対策にもならないのです。

正直に告白します。僕も以前は、少々体調が悪くても、薬を飲んで無理をして診療をしていました。30歳の頃、抜歯後の高熱が下がらず、解熱薬の坐薬を何度も入れて無理をして働き続けました。その結果、大腸内視鏡をしている途中で、急に視界が暗くなりそのまま倒れてうわごとを言いながら、自分の働いていた病院に入院しました。入院してからも、なぜか高校時代の友人に、5年ぶりに電話をかけまくりよく分からない事を言っていたそうです。つまり僕はせん妄(錯乱)していたのです。

今や一人開業医。体調が悪くても誰も変わってくれません。それでもこれからは、「今日は体調不良のため休診」と正直に休むこと、そしていつ休んでもきちんと予約のスケジュールをこなせるように予備日を作っておくようになりました。

今まで常識的に働いていると思っていましたが、無理をして100%働いていたことがよく分かります。これからは仕事の仕方と時間の使い方も考えよう。

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2020年6月19日 (金)

立ち上がれ! 大学生よ。


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大学の教育は、この新型コロナウイルスの影響で、便乗手抜きをしているのではないでしょうか。
大学生の長男、知人のお子さんの大学生活を見聞きしていると、悲しさよりも情けない気分になります。
大学の教員が知り合いに多いので、批判するとプライベートな交友にも悪影響があるかもと躊躇しましたが、やはり書かせて頂きます。黙っておけば良いのに、黙ってられない自分にも正直呆れますが、やはり話しを続けます。
緊急事態宣言を解除された今でも、大学構内には立ち入り禁止(主に私立)、もちろん部活動も禁止。
授業は滑り出し好調だった私立の学校は早々に「前期はzoomで全て行います」と宣言し、ずっと長男は家にこもり講義の録画を見て、Wordでレポートを書いて提出しいます。ライブ感覚もなければ、他の生徒との交流も全くなし。
恐らく必要最低限の実習やゼミを、学校で対面で行っているところも多いのかもしれませんが、長男に関しては4月から学校へ行った回数は驚きのゼロ回。

大学運営関係者が問題意識を持ちにくいというのも、教育に対する教員の関心の低さを助長していると思います。

邪推ですが、大学の教員は講義や教育の時間が相当減る分、自分自身の研究の時間に割けるし、自宅待機が増える分、引きこもり研究を好む研究者はとても有意義な毎日でしょう*。

さらには、非常勤の教員の授業時間、僕のように単発な講義は全て中止で、交通費をふくめた経費も削減できる。
親として、怒りを感じるのは、施設の立ち入りを禁止して図書館にも入れないのに、施設利用費は学費に付随して例年通り徴収。とても子供だけでは払いきれないほど高額な授業料。
子供の持ってきた学費減免の書類をみると、親の収入から、自分のアルバイト収入を事細かに記入し、納税証明書を含むあらゆる書類の添付を要求。その要求度は政府の特別定額給付金の比ではありません。

大学教育とは何なのか、「職業訓練」と「就職斡旋」と揶揄された以前よりも、「場(キャンパス)」すら与えない状況は、もっと酷いと思う2020年前期です。

もっとがっかりしているのは、今の大学生が学校の方針、決定に余りにも従順なことです。こんなに物わかりの良い大学生というのは、僕にはガッツがなさ過ぎて、大学の自治とか、教育を受ける権利の主張はもう失った過去の概念なのでしょうか。

かつて、大学生はし思想と暴力で大学を封鎖しました。今、大学職員の教員は、新型コロナウイルスの不安と恐怖を乗り越えられずに大学を封鎖しています。

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小学校、中学校、高校の学生は学校に戻り、それぞれの学校の教員は、色んな試行錯誤をしながらも学生の学びの場を維持しようと工夫しています。時にはやり過ぎではないかと思うこともありますが、何とかしたいという教育への熱情を感じます。

大学生よ立ち上がれ! 親の力を借りずに自分達の手に教育を取りもどせ!

親の力を借りずに。

画像は https://gaga.ne.jp/mishimatodai/ より転載しました。

* 複数の大学教員の方から、従来の対面授業よりも、リモート授業の方が準備が大変で苦痛を伴うとの指摘を頂きました。


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2020年6月17日 (水)

Patients' lives matter. (患者の命を軽く見るな)医療現場の残酷物語。僕がこの4ヶ月間見てきたもの。

僕が在宅医療と、病院勤務で実際に見聞きした残酷な別れを、きちんとプライバシーが守られるようにフィクションにして記しておきます。

新型コロナウイルスという未知のウイルスのため、僕も世界も冷静さを欠き、動揺し続けています。やっと一息つき、今大切なのは、この数ヶ月に体験したことを記録して、検証することだと考えています。

僕は幸いにも、地元の友人とは何とか店を開けてくれていた喫茶店で、距離の離れた友人とは定期的にYouTube liveで私的なラジオ番組として話し合い、自分の感じている事を言葉にする機会を持ち続けてきました[1]。そのお陰で身の回りに何が起きているのか、自分の心はどう変化しているのかを確かめながら過ごすことができました。

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エビデンス偏重の弊害
エビデンスがあまりにも重視され、感染対策が全ての価値観の上位にくるという、市民レベルでも異常な毎日を過ごし、まだその余韻が残っています。僕の一番嫌いな言葉に、「正しく恐れる」というものがあります。科学的なエビデンスを重視して、自分の行動を規定していく理性的な過ごし方をする「正しく恐れる」は、その言葉自体に矛盾があります。

毎週のように新たになるエビデンスは猫の目のようにくるくると変わり、軸足が定まりません。エビデンスを重視するということは、早い変化を受け容れるということです。今目の前で見ているエビデンスは、まもなく古くなり、別のエビデンスに上書きされるということです。エビデンスの積み重ねは盤石な地面を作っていくことではなく、意味も解釈も変化していき、あたかも今まで固いと思っていた場所がぶよぶよになり、沈んでいくような世界なのです。

「免疫パスポート」(新型コロナウイルスの抗体を持っていれば、危険な仕事にも従事できまた、自由に生活できる)、「集団免疫」(市民の間である程度感染が拡がれば、ウイルスの免疫が確保され流行が起こらなくなる)はどうやら意味がなさそうだということも分かってきました[2,3]。人間は事後的にしか、今起きている物事を理解出来ませんので、現在と未来を生きる、もっと正しく言うなら今、この瞬間を生きている人間に「正しく恐れる」ということはできないのです。今と未来が恐ろしく不安、過去を振り返ると自分の大胆さに呆れる。それが普通です。

さて、僕が体験したこの2月から6月の間のことを、きちんと記録として残しておこうと思います。なぜなら、僕は自分自身のわずか数ヶ月前の過去に呆れているからです。

新型コロナウイルスのために、私達医療者が患者や家族から奪ってしまったものをきちんと記録しておかなくてはならない、そしてこの文章は僕なりに、関わった患者と家族への自分なりの弔いとして、心を込めて書こうと思います。

言葉のない、手も握れない親子の別れ
僕とほとんど年の変わらない40代の男性の方でした。普段僕が診療する高齢者と違い、その肌と目には身体が生きよう生きようとする力を感じました。しかし腹部にできた癌のため食事は食べられなくなり、その身体は痩せ細っていました。そして、さらに脳の中にできた癌のために、頭の痛みや吐き気が続いていました。

僕は緩和ケアの医師として彼に関わり、できる限り薬の治療をしました。それでも病院では接触できる時間は限られ、チーム医療の一員である看護師や薬剤師は部屋の外や、距離の離れたところから見ているだけとなりました。僕もいつもと違い、聴診器を使わず、会話をするのも大変な彼と、離れたところから大きな声で話しました。返事をする彼の声は小さく、やっぱり口元に僕は耳を近づけました。
「今はやってはいけないことだけど、やっぱり言葉をきちんと聞き届けたい」僕も覚悟を決めました。彼は「頭が痛い、頭が痛い」というだけでした。身体の痛みをまずきちんと薬で抑えることが一番大切でした。

長年緩和ケアに関わって、その限界もよく知る僕としては、全ての痛みが完全になくなることはない、でも普通の会話ができるくらい、ときには笑って話すぐらいにはできると感じています。そして取り切れない残った痛みは、ケアの力で緩和しようとします。そのケアの中でも一番大切なものは、家族の関わりです。痛みのある場所をさする、ただ手を握る、言葉はなくともそばにいる、そういう家族の情愛が、「痛み止めで取りきれない痛みをとるクスリ」になるのです。

でも彼の病室は面会が制限されているため、短い時間しか家族はいません。老いた母親が、彼のために時々来ていることは知っていました。しかし僕の短い、その病院での勤務時間の中では、直接会うことはできず、彼の母親に言葉をかける機会はありませんでした。

もっと傍にいたい母親を制し、1時間にも満たないわずかな時間で面会を終わらせることが続いていました。病棟の看護師が「時間ですよ」と急かすことなく、自発的に母親は部屋から出て行っていたそうです。きっと子供を亡くすつらさは、余りにも大きかったことでしょう。いつもなら僕なら、十分に付き添いをさせ、さらにその母親を支える家族の誰かが一緒に面会するように助言します。

僕もかつてホスピスで働いているときに、いつも家族にこう助言していました。
「家族一人一人が24時間、隙間なく付き添いするのではなく、できるだけ家族が複数になる時間を作って下さい。そのために患者が一人になる時間ができてしまったとしても」
僕は経験的に、家族のつらさは家族同士が共有する方が、医療者が直接家族の一人一人をケアするよりも、良いケアになると思っています。そして、病状の説明も複数の家族に同時に話した方がよい。責任もつらさも、そして負担感も共有(シェア)することがケアの要なのです。
しかし、この新型コロナウイルスによる面会制限は、面会時間だけではなく、面会できる人数も制限するため、この家族内のケアの機会も奪ってしまいました。

そしていつも一人で病室にいる彼のために僕が考えたことは、いつもなら考えないことでした。いつもなら痛みと眠気が相容れない状況になっても、できるだけ家族と話ができるように無理に薬を増量しない。痛みがあっても昼間は話せるように、夜は眠れるようにできる限り調整するというやり方から、家族の付添がなく一人で部屋にいるのなら、眠気があってもできるだけ痛みがないように薬の種類や量を多めに調整するということでした。

たった一人の病室で、苦痛と向き合うよりも、うとうと眠って苦痛のないように過ごす方法を選択したのです。もちろん、一緒に診察する医師や看護師とも、苦痛緩和の方針を言語化して共有しました。
そして、あまり医療者とも言葉を交わすことなく、苦痛のない表情のまま彼は逝きました。

直ぐそこにいるのどうして会えないのか。
別の方の話です。高齢の父親が入院し看病にとても熱心な娘さんがいらっしゃいました。この方もやはり癌で、寝たきりとなっており自宅で過ごすことができなくなり病院に入院していました。家で介護、看病をしていた娘さんは、いつも通り病室に来ていました。
やがて、新型コロナウイルス感染が拡大し流行期となると、それまで短時間なら面会できていたのに、全く面会ができなくなりました。家で洗った洗濯物を持ってきた娘さんは、病棟の手前で事務員と険しい表情でやりとりしていました。

「洗濯物を受け取ったら、今日はお引き取り下さい」と言われていた娘さんは、父親に会いたい一心で、「そこを何とか」と交渉していましたが、事務員の方が判断し病棟に入れることはできません、あと一歩先に進むことができず、帰宅することになりました。
僕はこのやり取りを目撃するその直前に、父親の診察を済ませていました。ベッドから起き上がることもできないので、この娘さんがいる場所まで、せめてガラスの病棟の自動ドアの前までと思っても、自分の足で来ることはできません。診察を終えて、他の病棟へ行こうと移動しているときに、娘さんが泣きながらうなだれている姿を見ました。

僕も顔を知っている娘さんに、「お父さんは苦痛なく過ごしていらっしゃいました」と声をかけるのがやっとでした。僕はこの不定期に勤めているこの病院では、自分勝手な裁量で「さあ、僕が一緒に病室まで行くから、直ぐそこにいるお父さんに会いに行きましょう」と娘さんの背中を押すこともできず、ただ「面会できないことは、本当に申し訳ありません」と、病院の一員として頭を下げました。
距離にしてもわずかなところに、父と娘はいるのに、会えないのです。「今は仕方ない」と病院の職員も自分の心を必死に抑えていました。僕も「例え死の床にあっても、今本人と家族が会えないのは仕方がない」と思ってしまったのです。4月半ばのことでした。

その親子はその後ホスピスに転院しました。そこで再び会えていたと信じたい。あの時やっぱり僕はこっそり病棟に自分のネームキーを使って、自動扉のロックを解除し、父と娘を会わせれば良かった、その行為でその病院の職を失っても、自分の本業はきちんとある。僕は、自分も同じく、患者と家族を分断する残酷な行為に加担したのだとその時の自分を恥じています。

「病院ではもっと一緒に居たいと心の底から思っていましたが諦めました。」
とあるクリニックから診察を依頼された、腹部の癌の男性でした。往診ができる医師を探していたということで、僕が関わるようになりました。仲の良い老夫婦で、たくさんしゃべる奥さんが、無口で微笑むご主人とケンカしながらも、仲良く暮らしていました。こういうケンカは家族以外の僕から見れば、動物のグルーミングのようなもので、無目的にお互いの存在を確かめ合うようなものです。僕から見ても微笑ましいやり取りでした。

ある日、男性は急に眠り込んでしまいました。起こしても起きないということで、僕に連絡があり往診しました。診察すると、今までにない何か重大な問題が起こっている、恐らく脳卒中だろうと見立てました。いつもなら、「脳に何か大きな異変があったようです。今すぐ救急車を呼びましょう」と言うのですが、その時はまずこう言いました。
「いつもなら救急車を呼びます。そうすると恐らくは、近くの病院に入院することになるでしょう。入院すれば今のコロナの状況では、面会することがほとんどできなくなります。入院すれば会えなくなります。それでも病院へ行きますか?」と今まで言ったことのない説明をしました。さらに、
「これも寿命と考えて、このまま家で最期を看取るなら、僕も覚悟を決めてお供します、人も集めます」と続けました。でも、奥さんは本当は気が弱い方、心の支えなしでは自宅で看病できないだろうと経験的に分かりました。他の家族が誰かしばらく一緒にこの家で生活してくれれば何とかなるかもしれない、そう思い言葉を続けました。

「誰か、他の家族は、ここでしばらく一緒に居ることはできますか」と尋ねると、「無理です、いや子供達には迷惑をかけたくない」と答えます。
お子さん方はきっと協力してくれるだろう、でもこの男性の状態は緊急事態であまり時間の猶予はない、また奥さんの気の弱さと自責感の強さを考えれば、やっぱりこのまま自宅で一緒にみていくのは無理だなと僕は思いました。

医師にとって大切なのは、色々と対話しても最後はきちんと決めて線を引くことです。僕はこう言いました。「やっぱりすぐ救急車で病院へ行きましょう。その後のことは、またその後考えましょう」そうきっぱりと言い、救急車を呼びました。
間もなく来た救急車で、直ぐ近くの病院に運ばれ、脳卒中のため入院となりました。僕は約束通り、入院してしばらく経ってから、奥さんだけが居るその家に訪問しました。

奥さんは、「病院では面会ができず、できても15分だけ。時には大目に見てくれる看護師さんもいるけど、やっぱり上の方が来て『そろそろ時間ですよ』と声をかけられてしまう。もっと一緒に居たくても仕方ない帰ってくるんです」と、泣きながら話していました。悲しい涙というよりも、悔しい涙です。何に気持ちをぶつけたら良いのか分からない様子でした。

僕はいつもなら必ず入院した患者の見舞いに行くのに、それもできなくなりました。
自分が診療している患者が入院すると、必ず病院に見舞いに行き、時には担当している医療者とその方の病状や人となりを直接伝えます。医師として、自分の診療技能を高めるため、自分の診断と実際の検査はどう違うのかをきちんと確かめます。
そして患者に会いに行く時には大抵それが最後の別れになるので、きちんと自分なりに納得して、自分の診療を終える、そのためでもありました。

しかしこの方とは、病院からの文書で、病状を確かめることはできても、自分の中で患者と別れができていないままとなりました。
本人は意識もなく眠ったままで、もう残った時間はそれほどないだろうと話を聞いて分かりました。病院の医師や看護師も、心を持った人間です。ずっと一日中付き添わせてあげたいと思っていても、勤務する医療者は、僕のように「自分の責任は自分でとる、自分が決められる」開業医とは違います。働く医療者の一人一人の感情と、それを管理する病院の方針は相容れないこともあります。そして院内感染予防のためのウイルス対策という側面だけではなく、十分な対策をしていても、院内感染やクラスター発生がおこった組織には、風評被害という社会的な制裁が下されます。

新型コロナウイルス感染は、ウイルス対策と、周囲の人間に対する対策を同時にしなくてはならないのです。面会を制限、禁止するのがそのどちらにとっても合理的であることは僕にも直ぐ分かります。
僕はあえて、奥さんに提案してみました。

「病院の人達の言うことは無視して、ずっと一緒に居たらどうだろうか。さすがに警備員を呼んで追い出されることはないのではないか」と言うと、奥さんは、「もしも自分が勝手なことをしたら、もう二度と会わせてもらえなくなるかもしれない。いつももう少しだけ時間を延ばして一緒に居ようとも思うけど、やっぱり規則を破れば、会うこともできなくなるかもしれないから」と下を向きながら答えたのです。
家族が入院して、病院の管理下にあるというのはこういうことなんだと悟りました。患者も家族も病院の中では、人権を制限されても意見を言えない弱い立場なんだと知りました。

患者の権利、死者の権利
ここに書いた3人の方はもうこの世にはいません。そして残された家族は、それぞれ一人の生活が始まっています。患者は治療を受けるために入院すれば、移動の自由が制限されます。しかし、人と会う自由は確保されなくてはなりません。あらゆる患者の人権を医療者は、新型コロナウイルス感染を防ぐためには妥当な方策だと制限しました。今のように徐々に制限を解除すれば、生きている僕たちは人と人の交流を取りもどすことができています。しかし、死者の権利は奪われたまま、もう取りもどすことはできません。

そして、残された家族は、患者を弔う機会を奪われたままです。看取りの現場にずっと関わってきた僕は、亡くなった後の葬送儀礼が弔いではなく、亡くなる前からの家族と医療者を中心とした、周りの人たちのケア、看病、見舞い、そしてお世話こそが、死者に対する弔いの始まりではないかと考えています。通夜や葬式、その後の法要だけが、弔いではないのです。

新型コロナウイルスのために、エビデンスに偏りすぎた僕たちは、今こそもっともっと大きな、死では終わらない物語、不条理に直面した人々の心を、励ます力のある物語で自分自身の生き方を改めて考えるときだと思います[4]。今のような物語のない世界が続けば、もっともっと残酷な別れと殺伐とした世界観に支配され続けるのです。

エピローグ
毎日楽しみにしていたNHKの朝の連続ドラマは、撮影がコロナウイルスの影響でできなかったため、今週は(6月15日)番外編を放送しています。亡くなった死者は、あの世でジャンボ宝くじに当たると、閻魔大王にお小遣いをもらえて、「一泊二日の地上への旅行」がプレゼントされるという粋な物語です[5]。

このよくできた物語に、今日僕の心も少しだけ救われました。そして、今この時期だからこそ、新型コロナウイルスで心が傷ついた人々には、エビデンスではなく物語が必要だと気がつきました。この世でも政府が景気対策のために旅行クーポンを配る話しがあります。それならば、この数ヶ月残酷な別れをした方々に、あの世でも、地上への旅行クーポンを配布して、彼らと残された家族を再会させて、十分な弔いをする時間を作ることができたなら、どんなによいかと心から思います。

付記)(後藤正文の朝からロック)黒人の命「は」「も」「こそ」の記事を読み、タイトルの訳語を改訂しました。

1) 黙ってられないラジオ https://www.youtube.com/watch?v=M9ZyaKwt3Tg
2) Hall MA, Studdert DM. Privileges and Immunity Certification During the COVID-19 Pandemic. JAMA.2020;323(22):2243–2244. doi:10.1001/jama.2020.7712
3)Randolph HE, Barreiro LB. Herd Immunity: Understanding COVID-19. Immunity. 2020;52(5):737-741. doi:10.1016/j.immuni.2020.04.012
4) 釈 徹宗, 死では終わらない物語について書こうと思う, 文藝春秋, 2015年
5) NHK あらすじ第12週 アナザーストーリー NHK連続テレビ小説「エール」2020年https://www.nhk.or.jp/yell/story/week_12.html

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新型コロナウイルスで緩和ケアは自殺したのではないか? 医療者は、死者の権利を冒涜している (Buzzfeed medicalより)

2020年6月10日、自分の所属する日本緩和医療学会から「新型コロナウイルス感染症が拡大しているこの時期にいのちに関わるような病気で入院中の患者さんのご家族にお伝えしたいこと」というリーフレットが公表されたことを知りました。

その内容は慈愛に満ちた言葉が連なっていましたが、緩和ケアの専門家が今まで大切にしてきたアイデンティティを自らの手で放棄する「緩和ケアの自殺」を思わせるものでした。

この新型コロナウイルス(以下コロナ)に翻弄された3ヶ月を思い出しながら、私の考えを皆様に伝えたいと思います。

(続き)

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