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2020年2月10日 (月)

講演はしばらく止めることにしました

2020年2月8日に岸和田市で講演を終わりました。予告していたとおり、これをもってしばらく講演活動は止めることにしました。

一番の理由は、自分の言葉にオリジナリティがなくなってきたからです。誰かが言いそうなことを、自分の口で言うだけになってしまっている。我が身から絞り出した、現場にいるからこそ発信できる言葉ではなくなってきました。


30代では、自分の言葉に力があると思い込んでいました、所詮は誰かが言いそうなことを自分も言って、心地よい言葉を共鳴させその快感を反復しているだけでした。人の研究の結果を引用して、現場とブリッジし何かが前進したような話しをする、でもそれって聴衆を軽んじているからこそできるやり方だと思うのです。


「君たちが知らないことを、私が教えている」そういう不遜を乗り越えて、40代になるといくらか自分が関心を持ったことを、自分の魅力に感じたことを、知識を補完して語るようになりました。でもしばらくすると、話題の貧困さに嫌になってきました。
「みんなもこんな経験しているようね?これって何だろうね」結局目新しさは自分が感じていることで、「誰もが経験しているが、私にとっては初めての症例」みたいな質の低い症例報告のようです。また「誰も経験していないが、今後も誰も経験しないであろう珍しい話し」も魅力はありません。


緩和ケアと在宅医療に携わり、一周回ってきた気分です。ここまではどうにかたどり着いた、そこしか今の自分には話せない。つまり過去の振り返りしかできず、自分自身が言葉の鮮度の低さに、嫌になってきました。同じ話を何度もして、鮮度を失う演者を多くみてきました。自分はそんなパフォーマンスはしたくありません。新しい世界、新しい言葉、新しい音を探したい。
ということで、この講演をもってしばらくは今自分がおかれた現場の仕事を、改めて愛し直して、本当に患者のために何ができるのか再出発したい、そんな気分になっています。

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その後写真を撮ってくれた、同僚と討論し続けて、今感じている自分の違和感を言葉にする事が少しできました。

現場の患者は以前よりも賢くまた分断された状態にあります。病室では一人スマホか家族とだけ対話しています。同じ病棟の他の患者や、医療者とおしゃべりする事は無くなりました。

緩和ケアのマインドで患者に近づいても、「こんな事まで病院の人たちに相談することはないので」と距離をとられてしまいます。

患者や家族は「病院とはこういうところ、医療とはこういうもの」と受け止めて、静かに受け入れます。急病で入院したその日に、退院の話しや次の転院先の話をされても、以前より怒り出す人はなく、「あ、こういうものなのね」と受け入れます。本当はこういうものではないという方もありますが、諦めて言葉を飲み込み、受け入れます。

医療相談室は、旅行代理店のように情報を取りに来るところであって、職員と対話しながら自分の最適解を探すところでは無くなりました。患者サロンには人が集まらなくなりました。同じ病気でも他人と話しても意味がない、私は私の話を他人にする気もないと言います。

患者も家族も医療者も以前のように多くを求めなくなり、「こういうものなのだ」と現状を受け止める力が強くなりました。そして以前よりはずっと医療の体制も良くなっています。

医者と患者の関係も相変わらずですが、患者もそれほど医者に多くを求めなくなりました。断片的な関わりであっても構わないと医者は時間と共にどんどん変わっていきます。

自分の手術を執刀した医者の名前すら忘れるほどです。医者を人間としてではなく、医療という機能の一部として考えるようになってきました。

自分にとってのベストな治療ではなくても、「まあ悪くない」ならそれで良いと現状を受け止める。

そう、患者は満足とそして医療のシステムの受け入れができ、自分の違和感や共感を交換する場を失っているので、自分の置かれている状況を相対的に知る由もなくなってきたのです。

そうなっては僕も語る言葉を失くします。これ以上求められていない患者に、何を与える事が出来るのか、患者はより主体的に自分の求めるものを探すようになり、それは医療者には求めなくなりました。スマホの中に家族との対話の中に求めるようになりました。

自分を心配してくれる医療者のために、少しは付き合ってあげるかと話を合わせてくれる患者にも気づくようになってきました。どっちが主体なのか分からない。主客逆転です。

こういう状況を夢見て10年くらい頑張っていたのかもしれません。つまり夢が叶った現実を見ている。そして問題は医療の外により深く、格差と貧困と孤独が進むと共に、分断が進む。分断されると個別の問題は、最早システムでは解消できない。一人一人に個別のケアをと思っても、その個別のバリエーションが少な過ぎる。

想定している患者の現状と現実とのズレを意識するようになった今、語る言葉はありません。ここまでは分かったのですが、次に向かうところを探さなくてはなりません。

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