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2019年11月26日 (火)

「人生会議(ACP; アドバンスケアプラニング)」のPRポスターが、国民として恥ずかしいレベルをはるかに超えて、もはや怒りしか感じない件

僕は、最近講演のほとんどを断り(嫌なことが多すぎて製薬会社とは仕事しない)、また人生会議や、アドバンスケアプラニングに陶酔する人達の仕事を請け負っては冷や水をかぶせるという仕事を続けています。

「人生会議」とadvance care planingを呼び変えた頃から、いや行政が研究をプロパガンダに利用した時点から、この国の官僚のやり方はうまいなと思っていました。

茶の間の会話に、行政が関与するという異常事態を、「今の国民は肯定的に捉えるだろう」という官僚の読み、趣味が先鋭化していない庶民が多くの時間向き合うテレビをつければ、芸人が何か食べ物を食べているという、報道ではない番組のあり方に慣れてきている国民という、反知性主義の集合体がこれです。

* 反知性主義; 知的権威やエリート主義に対して懐疑的な立場をとる主義・思想

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医療の文脈で、このポスターに反感を持っている人達は多いことは容易に想像つきます。しかし、多くの市民は好意的に受け止めているのです。いや、制作者は、一部の人を除いて好意的に受け止めるだろうと予測しているのです。どうやって感情的ではなく、反論を用意するのか、反知性主義の官僚と国民の集合体にどうやって、切り込んでいくのか、自分も含めて問われているのです。

「こんなんおかしいやん」ではなくて、どうおかしいのか丁寧に話し続けるしかありません。

吉本と、小籔さん、そして厚生労働省に反論はできず、SNS、ブログやnoteでぼそぼそ反論している程度の、知性があると信じている(反・反知性主義)の僕には、とても対応できない、巧妙な一手なのです。

自分だけは日本で、庶民的なパッケージ化された死を受け容れないと反抗するほかありません。しかしその死はいや、その生き方はどこで表現できるのか?

「箸の上げ下ろしまで指図するな」なるほど、威勢の良い方もいるでしょう。しかし行政はさらに上に行き、死に方を指南する以上、「良い生き方」とはこういうものだと言うことを指南しているのです。

皆さん、気がついていますか?

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