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2019年11月24日 (日)

ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団と鰻屋のタレ

昨日、新しく堺市にできた、フェニーチェ堺の大ホールで、憧れのロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏会を聴きに行きました。
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大学生の頃から、その響きにCDの録音でしたが夢中でした。コンセルトヘボウのCDジャケットの配色も気に入って、「美しさ」をは何かを教えてくれました。
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でも、自分の感じたその「美しさ」をどう言葉で伝えるのか、なぜその「美しさ」を「美しい」と感じるのか、説明が難しいのです。その「美しさ」は実在するのか、CDを聴いていた大学生の頃の甘美な思い出が「美しさ」の根源なのかを確かめに行きました。
 
よくロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の音の美しさを形容する言葉は見かけますが、まず分かったのは、お互いの音を全て、細部までそれぞれのプレーヤーが聴いていると言うことでした。耳が良い人しかプロのプレーヤーにはなれないといえば、それまでなのですが、周りの音を聞くというのは、注意深さではなく、音の解像度がよく聞こえていないと聴けないのです。
 
僕もいくつかのアマチュアオケに在籍、またはエキストラプレーヤーとして参加しましたが、この音の解像度というのは、練習場所の性能で決まってしまいます。彼らがどんな良いホールで練習、本番のステージで演奏し続けているのか分かります。
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さらに、若いプレーヤーも多く参加していましたし、世代交代もしているでしょう。それでもそのオケの音を守り続ける伝統というのは、言語化できないオケの音を守り続ける保守的なところが必要なのです。それは最近聴いたベルリンフィルハーモニー管弦楽団の響きにはありませんでした。ベルリンフィルは変化を受け入れて守る伝統がありました。
 
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の保守的な響きは、時代を経ても、新しいメンバーが入ってきても変わらないもの、すなわち「老舗名門鰻屋の、蒲焼きのタレ」なのです。絶えず何かを足し続けないと守れないあのタレ。そのタレを守り続けている意志がこの集団にはあるのだと確信できました。
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僕が、六甲フィルに長く在籍して、このオケを愛してやまないのは、もちろんメンバーが作る雰囲気や空気も大切ですが、練習場の音の解像度の良さ(灘区民ホールがホーム)と、見えない意志で「タレ」を守り続ける集団的な意志です。
 
皆さんが大切にしている居場所、つまり「タレ」をどうか大切にして下さい。

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