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2019年6月

2019年6月27日 (木)

先約優先

我が家の家訓として、「先にした約束を何があっても優先する」があります。これを守らないと、人として信用されなくなります。

僕も仕事>家族の序列はなく、先にした約束を優先していました。なので、家族の予定が入っているところに、勤務先や、学会、講演が入っても直ぐに断ります。検討もしません。

義理のある相手にも「申し訳ございませんが、先約がございます」と直ぐに断ります。

一番やってはならないのは、「一度検討させて下さい」と返答し、先にした約束、例えば家族とかに、「すまん、どうしても断れない予定が入った」と謝ることです。この瞬間に、家族の中では(ああ、自分たちよりも、別のことを優先しているんだな)と刷り込むことになります。さらには、(ああ、自分の中で大切な順序をつけて、大切な順に予定を組み直して良いのだな)と教えるようなものです。

こうして、家族や他人の信用を失うと、二度とチャンスは巡ってきません。というよりも、友好関係も崩れます。

仕事人間で家族をないがしろにしてきた老人が、今家族に見捨てられるのは、きっとそういう刷り込みがあったからだと思います。何が大切なのか、誰が大切なのかではなく、「先にした約束を何があっても優先する」ことが大切なのです。

(なので、妻が飲み会の約束をしていて、「その日の夜は予定入れないで」と言われていれば、自分は仕事の約束が入っても断ります。しかも即座に)

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2019年6月 4日 (火)

新しい言葉を探し続けて

しばらく、原稿やブログの更新が最近ままならない。

いつもはジョギングをしたり、仕事中に車で走っていると何らかの考えの断片を自分のうちに発見し、その時は「ああ、もしかしたら大発見をしたのかも」と一瞬思うのですが、その次に文章に起こしてみようとと頭の中で、最初の一行目を連想しているうちに、「ああ、これはいつもの話の言い換えだ」とがっかりしてしまうのです。

同じように、この数週間の間にもあちこちで講演をする機会を得ました。以前は自分で気に入っていた、自分から発する言葉に自分自身が飽きてしまっているのに気がつくのです。そして、人前で話をするのが苦手になり、できればひっそりと神戸にこもり、静かに過ごしていたいと思ってしまうのです。

自分の言葉に切れ味と、そして自分の発想が自由だったと錯覚していたときは、どうしてあんなに高揚感があったのだろう、そして自分はどんなループに入ってしまったのだろう。最近は、考えの断片を探すよりも、自分の中に何が枯渇してしまったのかを考えることの方が増えてきたように思うのです。

そして、届いたのが、「がんを抱えて自分らしく生きたい」がんと共に生きた人が緩和ケア医に伝えた10の言葉(西智弘著、PHP出版)でした[1]。私も同じ専門分野の同僚として、彼の言葉に何か自分の枯渇した何かを、飽きの先に何があるのかを知りたいと思い本を繰りました。

そこには、彼自身が出会った患者から、受け取ったメッセージを自分の心のどこに到達するのかを自分自身が探し続けていくという、内面に向かって入り込んでいく物語でした。「これからどうしていきたいのか『自分で』考えて、私たち医療者に教えて欲しい」と、彼自身は患者に問いかけ続けます。その答えをせっつくことなく、どう探していくのかをひたすら待ち続けます。

本当にしたいことがなんなのか、本当に考えていることがなんなのか、実は私も毎日の生活と仕事の中ではさっぱり分かりません。時折、誰かと話をしているうちに分かることもありますし、本の中にその答えを見つけることができるときもあります。彼自身の本の中には、私が大切にしてきた、「人に対する好奇心を持ち続けること」や、「患者自身が望むことで、自分が手助けできることは、ルールを超えても成し遂げること」の意義を改めて見つけることができます。

そして、安楽死や民間療法に対しての彼の目線はいつも、「安楽死や、民間療法に自分自身が与することはできなくても、それを求める患者の気持ちは尊重しよう」という人間観がにじみ出ています。安楽死をしたいという患者とは対話を続け、民間療法を受けるという患者には、自分の診察も受けるようにと諭し続けています。その言葉と行動には私も共感でき、そして今まで自分も大切にしてきたことが時と場所を超えて、同時多発的に日本や世界のあちこちでも実践されていることに、自分の孤独は癒やされます。

しかし、私はさらに次の言葉を探し続けているのです。緩和ケアや、全人的医療、苦痛との向き合い、患者との対話というのは、実は私も彼も好んだ世界観のいわばイデオロギーです。イデオロギーの実践は、自分の信仰の実践でもあり、どこかに快感を伴う毎日です。その快感に私は、しばらくするうちに、疚しさを感じるようになり、緩和ケアの思想の無限ループの中にいるような錯覚を覚えているのです。

緩和ケアを批判する用語がすでに、緩和ケアの用語になっている事実に気がつくのです。まさに「構造主義の用語を使わないと、構造主義の成り立ち方を説明することができない」という構造と同じループにはまり込んでいます[2]。そして私と同じように、緩和ケア特有の用語(寄り添い、傾聴、患者の意思、患者の嗜好、信念、全人的苦痛)を使って話すことにいずれ飽きてくる人も増えてくるのだと何となく確信しています。「その傾聴の仕方は本当の傾聴の仕方ではない」とか、「全人的苦痛を理解する度合いが低いうちは、緩和ケアの実践はできない」とかそういう議論が無限ループの中でぐるぐる回っている状態です。端で聞いていると飽き飽きしてきます。

「誰かが書きそうだけど、誰も書かなかった本」は、たいした本ではありません。その中に書かれている言葉は、無限ループの中でぐるぐると回り続けているような錯覚を覚える話を構成していきます。しかし、「誰かが書きそうだけど、誰かが書いておかなくてはならなかった本」は、大切な本です。その中に書かれている言葉は、一見無限ループの中で使い古されたものに見えるのですが、自分の囚われを自覚しながらも、どうにか数ミリでもそこから抜け出そうと、必死にあがく足取りを知ることができます。

その証拠に、彼は「経験を積めば積むほど、自分が何も知らないと言うことを痛感させられるばかり。そして私もどこまでいっても「医師」という考え方の枠組みから逃れられないということにも気づいてしまった」と、自分自身が構造的な無限ループの中にいることを正直に告白しています。

これは彼が、医師としての謙虚さを開示していると言うよりも、私と同じく何かから抜け出そうと今、必死になっている姿なんだろうと感じ入りました。私は、患者の物語、言葉以上に、彼の医療と、緩和ケアに向かい合いながら、どうやってそこから抜け出すのかその軌跡を「誰かが書いておかなくてはならなかった本」として、その価値を受け止めているのです。

1)「がんを抱えて自分らしく生きたい」がんと共に生きた人が緩和ケア医に伝えた10の言葉(西智弘著、PHP出版)

2) 寝ながら学べる構造主義 内田樹

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