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2019年2月 3日 (日)

「一旦医療者はアドバンスケアプラニングをストップせよ」 医療者は弱者の切り捨てを始めているのではないか

非常勤勤務先の病院で、新しい日本語に触れた。
「ACPしてきた」
ACPとは、advance care planningのこと。何の話しだろうと思ったら、どうやら医者が患者に「この先どう生きるか」を聞くことをこう呼ぶみたいだ。患者自身が死にたい場所について話し合うことをこのように言うらしいと言うことが分かった。
「人生会議」
また新しい日本語に触れた。ACPは英語でわかりにくいので、慣れ親しみやすい日本語を作ったようだ。
僕は、これからの人生をどう生きたいのか、どう死にたいのか、患者自身が自発的に話し始めるのなら良いと思う。でももう日本の病院で行われていることは、治療関係のない医療者が、転院療養先を決めるときに、ACPの概念を導入したり、心肺蘇生行為を行うかどうかの業務コードを決めるために行ったりと、相当問題が大きくなってきた。
私は以前ケアのない現場に、ACPは存在しないと書きました[1]。
地元の先生のALSの患者が、インフルエンザになり治療を受けるため病院を紹介したとき、治療の差し控えがおこりそうになったことが投稿されていました[2]。(シェアはしない)
Buzzfeedでは立岩真也先生が、社会的弱者に不寛容な言葉が広がる日本について書かれていました[3]。
近くALSの支援をしている川口有美子さんとも話しますが、ALSの患者も、「人工呼吸器かモルヒネか」(ventilator OR morphine) というおかしな選択を迫られています。治療の差し控えと、死を早める治療を緩和ケアとACPという言葉に置き換えています。だいたい、ALSの患者の呼吸困難にモルヒネが有効であるというエビデンスがなさ過ぎます。
ACPが、治療の差し控えから、既に患者という弱者を医療者の側が選別し切り捨てていく現実をみていると、もうこのACPでも人生会議でもどう呼ぼうと構わないのですが、一旦今の方向をストップしないと、ますます弱い立場の人が生きていけない世の中になります。
ACPの概念に惚れ込むのは良いのですが、一旦立ち止まって欲しい。
医療者が弱者の側に立たずして、どんなケアができるのか。ACPは既に、衰弱した患者に対する「毒薬」になっている。そして、人生会議という言葉は、「毒薬」を安全な良質な薬に見せる、ポップなラベルになっているのだ。
がん以外の緩和ケア、さらには、ACPに関しては、まだまだ発展途上で、相当時間がかかります。今一度ACPの適応疾患を制限して欲しい。そう心から願います。
1)https://www.buzzfeed.com/jp/takuyashinjo/acp-care
2)personal communication
3) https://www.buzzfeed.com/jp/shinyatateiwa/tarinaifuan-1

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