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2018年11月 6日 (火)

人の多様性に医療で応えるために

久しぶりに東京を歩いていると、人の多様性について思いを新たにします。神戸の風景と変わらないチェーン店、見慣れたロゴと看板も目につきますが、どの街角にも小さな店が軒を連ねています。その一つ一つの店にはそれなりに客がつき、それぞれの時間を過ごしています。
色んなものを売る色んな店、ついさっきも目に入ったのは、「輸入テーブルクロス」の店でした。客はいませんでしたが、私の想像できないような小さなマーケットが確かに存在することに思いを馳せます。一体誰が買いに来るのだろう、何を求めて買いに来るのだろうかと想像すると楽しくなってきます。
とある本で、落語に登場する昔の商人の面白さについて書かれていました。坂道を登る人のお尻を押す仕事などニッチな仕事がたくさんあったこと、庶民それぞれの知恵が書かれています。大もうけすることはないかもしれませんが、確かに必要な仕事、自分の仕事にも通じる発想でした。
さて、私がなぜニッチな仕事に興味を持つようになるよういなったのか、思い返してみることにしました。
私は広島生まれで、幼い頃親の仕事のため名古屋に移りました。広島で暮らす祖父母と、兄のように慕っていた従兄弟のところにしばらく滞在するのを、子供の頃の楽しみにしていました。祖父に連れられて広島カープの試合に何度か連れて行ってもらいました。野球はジャイアンツとカープと阪急ブレーブスしかないと思っていました。
名古屋の小学校で当然のようにカープの赤い帽子をかぶり登下校をしましたが、私以外の子供達は青いドラゴンズの帽子をかぶっていました。それでも迎合することなく、たった一人の赤い帽子を青い帽子に変えようとする友人や、朱に交われば赤くなるいや青くなると自分で宗派替えをすることなく、カープファンを続けていました。何をするにも内心寂しいくせに、一人でいいんだその方が気楽なんだと虚勢を張る性向が子供の頃から合ったように思います。
小学校でもたった一人中学受験をし、地元を離れました。中学高校の間は、部員の少ないハンドボール部でした。マジョリティの中でマイノリティで居続ける心地よさを好むようになってきました。
大学の頃になると、野球好きの友人と少ないカープファンに混じって応援するようになりました。多くのドラゴンズファンの中に、ぽつりと数えられない人数しか居ないグループに混じる自分をどこか心地よく思っていました。マジョリティの中でマイノリティで居続ける心地よさを好むようになってきました。
大学を卒業し医者になると、たった一人しか入局者がいなかったマイノリティの脳外科の医局に入りたった一人の研修医としての生活を始めました。周りの先輩医師に大切に育てられましたが、あまりの激務に心身を消耗し、その後は内科医になりました。マジョリティの中に混じり周囲の同年代の医師としての成長と修練の足並みをそろえることがとても苦痛に感じました。「みんなと同じ」ができませんでした。
三重県の農村部の病院で地域医療に専念していたとき、緩和ケアに出会いました。苦痛の中にある患者を助け、体に残る力を最大限ひきだす医療に魅了されました。また「誰もやっていない」マイノリティ志向の自分にはぴったりの分野でした。その後はホスピスで働くようになりました。出身大学の中では稀な存在でしたがフロンティアとしての自負に満足していました。
そして緩和ケアも相当普及し一般市民もその言葉を知るようになるまで、自分なりに研鑽を積んでからは、開業し在宅医療の道に進みました。在宅医療の中でも、最期まで亡くなるまで家に居たいという患者や家族の助けをする、「看取り」を中心に仕事をするようになりました。在宅医療は今後発展する、普及すると言われていますが、自分はそうは思っていません。この先もそれほど在宅医療、特に在宅の「看取り」は広がらないだろうと思っています。それでも家にずっと居たいというマイノリティな人たちの願いを、受け止めるマイノリティな医師としてこれからも活動を続けていきたいと思っています。ニッチな仕事を続けること、それこそが自分の生き方であり、自分が一番活かされる道だと信じているのです。

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