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2018年4月15日 (日)

「最期は苦しみますか?」 全ての苦痛は緩和できるか(下)

テーマ:「安らかな死とは何か?~取り切れない死の苦痛への対処法」
 私は、自分自身の治療技術の限界によって、患者さんの苦痛が残ってしまうことになっているのではないかと、自己嫌悪を感じることもあります。一方で、自分自身は10年以上緩和ケアを専門としており、自分の限界は緩和ケアの限界と考えてよいのではないかとも、どこかで思っているのです。自分は医師として、今までもこれからも不完全で未熟なままかもしれません。それでも、自分の技術を高める努力を続けながら、不完全で未熟な自分のありのままの姿で、目の前で苦しむ患者さんから逃げ出さず、向き合い続けなくてはならないのです。そう覚悟していつも患者さんと向き合っています。
 医師は、自分の技術の限界を感じたとき、さらに技術のある医師、設備の整った病院に、患者さんを送る判断をするのが当たり前です。私は、鎮静治療の経験を 前編 で書いた患者の岸純司さんにも「病院に入院しますか」と何度も尋ねました。もし、「はい、入院します」と言ってくださったら、自分の心の負担もなくなっていたでしょう。自分の視界から苦しむ患者さんがいなくなることで、医師としての苦痛から緩和される、そして、自分が鎮静という責任ある治療に手を染めなくてもよくなる――。そんな考え方もあるかもしれません。

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