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2018年4月15日 (日)

安楽死は、苦痛から逃れる最後の手段ではない

往診医が感じる、毎日の色、家庭それぞれの色彩
誰しも毎日の生活のなかで、曜日の色があるのではないでしょうか。日曜日の空はどこまでも青く、月曜日の道路はどこか灰色、そして土曜日のベランダは日の光が鮮やかな金色。私は実は金曜日の色が一番好きなのです。しかし、その色彩は生死の境を描く、言葉にしにくい色なのです。
私は、自分で通院することができない方々のために、自宅に往診する仕事を続けています。医師が患者の居場所に向かうこの形は在宅医療と言われており、私は患者の苦痛を最小限にする緩和ケアを続けています。
この4年間というもの、金曜日になるといつも80を過ぎた正行さんの診察に向かいます。春夏秋冬めくるめく季節を通じて、私の中ではいつしか「正行さんと金曜日」という特別な色になっています。

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