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2018年4月

2018年4月15日 (日)

薬の力で、最期は苦しまず、眠るように逝きたい

以前から一般の方向けに、終末期鎮静の話を書いています。また現在終末期鎮静に関するガイドラインの改訂に関わっています。
特に倫理観について、日本でも考えが 医療現場では、この数年で、死に向かう患者の意識が変化してきたと実感しています。より自分自身の考えを重視するようになってきたのです。
それまでの生き方、人生の功績に関わらず、病と死の苦痛は、誰しも公平にやってきます。人は最期は苦しまず、人は皆、眠るように逝きたいと願っています。最近、本当に眠るように逝きたいという願いを、医療の助けで実現しようとする患者を診療するようになってきました。
終末期医療の現場も次の段階に進んできたのだと、私は冷静に受け止めています。そして、私を含めた医療者の意識も変わる必要があると思い、自分の経験と心に起こった戸惑い、そして変化を皆様と共有し、考えたいと思います。

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飲食を絶ち、自ら死期を早める患者たち

医師は誰しも過去に苦々しい経験をしています。もちろん私にも、どうしても忘れられない出来事があります。
それは、外科医のように上手くいかなかった手術や、内科医のように病気を見過ごしてしまった出来事ではありません。以前働いていたホスピスで、患者の死に加担してしまったのかもしれないという疑念を、今もずっと振り払えないでいるのです。

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自宅での看取りを、美談にしてはいけない

「日本では1980年が過ぎた頃から、家で亡くなる人と病院で亡くなる人とが逆転し、今では8割の人が病院で亡くなります。しかし、6割の人達ができるだけ自宅で療養したいと望んでいます。私の経験からも、住み慣れた自宅で最期を迎えることはとても素晴らしいことです。もっと在宅医療を広めなくてはなりません」
壇上では、在宅医療で活躍する医師が、現状を憂う表情と口調で話していました。(またこの話か)と私はうんざりしつつ、何故こうも誰もが繰り返しこの話をするのだろうと思って聞いていました。
私もまた、在宅医療、特に在宅ホスピスという、家で命の最期を迎えたいと願う人たちのために働いています。毎週のように亡くなる人たちを見送りながら、5年が経ちました。
しかし、いくら住み慣れた自宅で最期まで過ごしたいと患者が願っても、然るべき時期が来たら、「病院へ入院した方が良い」と助言した方がよい人たちがいる、と思うに至りました。

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安楽死は、苦痛から逃れる最後の手段ではない

往診医が感じる、毎日の色、家庭それぞれの色彩
誰しも毎日の生活のなかで、曜日の色があるのではないでしょうか。日曜日の空はどこまでも青く、月曜日の道路はどこか灰色、そして土曜日のベランダは日の光が鮮やかな金色。私は実は金曜日の色が一番好きなのです。しかし、その色彩は生死の境を描く、言葉にしにくい色なのです。
私は、自分で通院することができない方々のために、自宅に往診する仕事を続けています。医師が患者の居場所に向かうこの形は在宅医療と言われており、私は患者の苦痛を最小限にする緩和ケアを続けています。
この4年間というもの、金曜日になるといつも80を過ぎた正行さんの診察に向かいます。春夏秋冬めくるめく季節を通じて、私の中ではいつしか「正行さんと金曜日」という特別な色になっています。

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死亡「遠隔」診断 遠く離れていても心は届くのか?

最近始まったICTを使った診察について、私の考えを書きました。
ホスピスで働いていた頃、過労でつぶれかけました。その時から、働き方、そして医師と患者の関係についても考える様になったのです。
医師の社会的役割
医師は人の生死の場に立ち会い、その上で診断書を書くことが医師法によって定められています。
自宅療養中の患者の臨終に際し、医師が遠方にいてすぐに立ち会えないのであれば、看護師が死亡を確認し、スマートフォン、タブレットなどを通じて、医師が死亡「遠隔」診断できるようにしようと、現在、厚生労働省で具体的な要件が議論されています。
今年度中には始まるというこの死亡「遠隔」診断を、現場の医師として自分のキャリアを振り返りながら考えてみようと思います。

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「最期は苦しみますか?」 全ての苦痛は緩和できるか(下)

テーマ:「安らかな死とは何か?~取り切れない死の苦痛への対処法」
 私は、自分自身の治療技術の限界によって、患者さんの苦痛が残ってしまうことになっているのではないかと、自己嫌悪を感じることもあります。一方で、自分自身は10年以上緩和ケアを専門としており、自分の限界は緩和ケアの限界と考えてよいのではないかとも、どこかで思っているのです。自分は医師として、今までもこれからも不完全で未熟なままかもしれません。それでも、自分の技術を高める努力を続けながら、不完全で未熟な自分のありのままの姿で、目の前で苦しむ患者さんから逃げ出さず、向き合い続けなくてはならないのです。そう覚悟していつも患者さんと向き合っています。
 医師は、自分の技術の限界を感じたとき、さらに技術のある医師、設備の整った病院に、患者さんを送る判断をするのが当たり前です。私は、鎮静治療の経験を 前編 で書いた患者の岸純司さんにも「病院に入院しますか」と何度も尋ねました。もし、「はい、入院します」と言ってくださったら、自分の心の負担もなくなっていたでしょう。自分の視界から苦しむ患者さんがいなくなることで、医師としての苦痛から緩和される、そして、自分が鎮静という責任ある治療に手を染めなくてもよくなる――。そんな考え方もあるかもしれません。

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「最期は苦しみますか?」 全ての苦痛は緩和できるか(上)

私が長く研究を続けている。終末期鎮静について書きました。
当時、実際の患者さんの声、写真を載せることを、繰り返し当事者と編集者とで話し合いを続けました。
この記事が発表された後、彼の知人からいくつかの連絡を頂きました。ご家族と私とは今もお付き合いが続いております。
テーマ:「安らかな死とは何か?~取り切れない死の苦痛への対処法」
 私がかつてホスピスで働いていたときも、今在宅医療に従事してからも、いつも患者さんやそのご家族から繰り返し尋ねられることがあります。それは、「最期は苦しみますか?」という問いです。特にがんの患者さんからはよく聞かれます。私が診察する患者さんの多くは、死ぬ間際に苦しむのかということがとても気がかりなのです。
 そんなとき、私はいつもこう答えています。
 「ほとんどの人は苦しみません。もしあなたが苦しんだときは必ず何か治療を(方法を)探します」。この言葉は気休めではなく、自分なりの経験とそして医学のエビデンス(研究から分かった事実)が含まれているのです。
 以前、緩和ケアの 先達せんだつ のある方の講演で、「人は苦痛なく死ぬ力を持っている」という至言を聞きました。確かにほとんどの方は苦しまないのですが、「亡くなる直前、全ての人に苦しみはありません」というのは間違いです。残念ながら、あらゆる緩和ケアの技術を総動員しても、全ての苦痛が緩和されるわけではありません。しかし、適切な緩和ケアが実践されれば、70~80%の患者さんは苦しまずに最期の時を迎えることができます。

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時代とともに変わる治療…揺るぎない信念を探し続ける

テーマ:「延命治療」とは何か? 無意味な治療と必要な治療を分けるもの
ホスピスで延命治療をしないわけ…患者の最後の日々を敬意を持って支える
 「ホスピスでは、延命治療すなわち人工呼吸、心臓マッサージは行いません」
 私がかつて働いていたホスピスでは、受けられる治療、受けられない治療について事前に説明し、同意された方のみ入院を受け入れることになっていました。それではなぜ、ホスピスでは延命治療をしないのでしょうか。それはホスピスができるまでの医療の状況を説明する必要があります。
 私が内科医としてどうにか一人前の仕事ができるようになった2000年頃のことです。当時働いていた病院で、ある初老の女性が、検診のレントゲン結果に「異常あり」と通知が来たということで、病院の外来にいらっしゃいました。私は、「レントゲンを撮り直してみましょう」と伝えました。最悪の結果でした。肺がんであろう事は一目で分かりました。そして、レントゲンを見せながら、結果をこう話したのです。

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人は自分の死をコントロールできるのか

がん患者や高齢者を在宅で診る立場から 新城拓也
人は自分の死をコントロールできるのか
患者さんの自宅で診療をする私
 私は医師になり、20年になります。医師の修業に無我夢中で、ただひたすら一人前になろうと努力した20代。自分の専門を緩和ケアと終末期医療に定め、がんの方々とホスピスで向き合った30代。そして今、自分の診療所を作り、在宅医療の新しい形を模索する40代を過ごしています。医師になってから1か月目から今までに、2500人以上の方々の 看み 取りに関わってきました。
 医師になってある程度のことができるようになってからは、新しい治療や目覚ましい技術の進歩よりも、亡くなりゆく人やそのご家族と深く関わることに、自分の心が強く 惹ひ かれるようになりました。自分の力は、緩和ケアと終末期医療の現場で一番 活い かされていると実感しています。多くの医師は関心を持たない分野なので携わる人も少なく、自分なりに使命感を覚えながら活動しています。

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亡くなりゆく人たちの恐怖、残される人たちの不安

以前ヨミドクターに書いたものをブログにも転載しておこうと思う。

この話は、人間は最期に近づくにつれて、意識の状態が変わってくる話を書きました。私たちが想像する精神状態とは異なると思うのです。

「死にゆく本人は、本当に死を迎える間際になると、恐怖から解放され、夢と現実の入り交じったどこか非現実の世界に生きるようになります。」

テーマ:死の恐怖(スピリチュアルペイン)とどう向き合うか、どう支えるか

 ある休日の昼間のことでした。毎週2回往診している、Qさんの家族からの電話でした。「母が痛がっている。すぐに診に来てほしい」とのことでした。Qさんの娘さんの声は、いつもより緊張していました。これは早く診に行かなくてはと素早く着替えました。私は、子供とショッピングモールへ買い物に行く約束を気にしながら、今の時間に行けば、自分の昼食を抜けば約束通り家に帰ってこれると時計を見ながら計算しました。車に乗り込み、いつもの道を走りながら、それまでのQさんの様子を思い出し、交わした言葉を振り返っていました。

 Qさんは、末期の肝臓がんのため自宅で療養していました。医者嫌い、病院嫌いで、今まで大きな病気なく過ごしてきたのですが、身体がだるく、疲れやすくなったため、渋々娘さんに連れられて病院に行くと、その日の検査でかなり大きな肝臓がんがあることが分かりました。もはや積極的な治療をすることもできず、入院する気もないQさんは、その場で今後は治療をしないと決めて、自宅で療養することとなりました。そして私の医院に、病院から連絡がありました。ずっと自宅で過ごしたいと決意が固いことから、治療を引き継いでほしいとのことでした。私はまず、娘さんと医院で面接し、どんな意向なのかを尋ねました。

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2018年4月 4日 (水)

4月に増える裸の王様

先日、地元でなかなか予約の取れない焼肉屋に行きました。 その時、ある先生が「私は、宴会芸者、呼ばれたところどこでもいきます」と豪語していました。以前の職場から今の職場に移った時の心境をお伺いしたときの返事でした。この心意気こそが、先生のお人柄でまた、大きな組織で、大きな力で周りを引っ張っていく原動力なのだと頭が下がりました。組織で生きられない僕にはできないことです。 また時期を同じくして有働由美子アナウンサーがフリーになっていました。コメントをみても、なんと謙虚なことか。見栄えの良い媚びるような謙虚さではなく、そのお人柄が透けて見える謙虚さでした。 私も勤めていた病院を止め、開業したときに自分で決められることは開院の日だけ。どんな患者が来るのか、どんな仕事が頼まれるのかを自分で決めることはできないと心に固く決めました。そして自分の名前だけが書かれた名刺を作り、今まで使い続けています。人には、「政治家みたいでしょ」とか、「患者さんには名前だけでいいから」とか言っていますが本心は、自分の今までを全て、自分の心の中から捨てるためでした。 4月になると転勤や独立であちこちの現場で、戸惑う方々を見つけます。
「前の職場では○○だった」
「以前の勤務地では、××がルールだった」
「このオペ室には、あれがないのか」
「この職場ではこんなことも整備されていないのか」
そして、今までの自分の経歴、キャリア、経験を捨てない限り、自分の仕事と立ち位置は定まりません。今の立ち位置が定まらない自分に不安なのは分かります。しかし、どんな仕事も受け容れ、そして自分なりに工夫して次に向かう、それができない方は、周囲を落胆させ、そして周囲からの信頼を失った「裸の王様」になってしまいます。今も昔も裸の王様が本当の尊敬と信頼を得ることはありません。また裸の王様を養う予算はこの国にはありません。 普段どれだけ立派なことを発信していても、あちらが透けて見える、そして自分を滅ぼす様な言動を繰り返す方に最近出会いました。 三寒四温の4月、この「裸の大様」が町中にあふれています。週末は冷え込むとのこと、風邪をひかぬよう。

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