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2018年3月

2018年3月 1日 (木)

患者から「死なせてほしい」と言われたとき、私はどうしてきたか。

皆さんは看護やケアを受けたことがありますか? 私は先日、人間ドックで上部消化管内視鏡(胃カメラ)の検査を受けました。医者になってから大勢の人達の胃カメラを実際に行ってきたにも関わらず、自分が胃カメラを受けた時はすっかり冷静さを失い、むせかえる苦しさに体は緊張し、わずかな検査の時間が、信じられないほど長く感じました。涙とよだれを流し、もうこれ以上は胃カメラの苦痛に耐えられないかも知れないと思ったときでした。側についていた看護師が、私の背中をさすり始めたのです。指先まで緊張していた私の体は、看護師の手によってわずかですが柔軟になり、検査を無事に終えることができました。顔も見えない看護師でしたが、その手の感触は、まさに苦痛に溺れかけていた私にとって、救いになったのです。
看護の、「看」という字は「手」と「目」から出来ています。看護師は手で患者を癒やし、目で患者の状態を診るのです。私は、看護師の手による癒やし、治療的な接触(therapeutic touch)を体験して、胃カメラのような医療機器が、日進月歩で進化している現代の医学の現場においても、看護師の手の価値は今なお不変であることを、改めて強く意識したのです。この映画の主人公の看護師は、この「手」による癒やしを効果的そして、本能的に実行し、患者のケアの根本としています。そして、この治療関係を通じてより高いレベルでの人間同士の信頼関係へと発展させていきます。
ところで、私は緩和ケア医として、ホスピスや、在宅医療の現場で末期癌や不治の病の患者と過ごしてきました。患者と出会ってから数週間、長くても数ヶ月間で命を見送る毎日を過ごしてきました。癌の痛みを医療用麻薬で抑え、不安な時には慰め、家族と向き合い、患者の最期の日々を支えています。刹那を生き抜く患者に、「なぜ、治らないと分かっているのに、苦しみながら残りの時間を過ごさなくてはならないのか」、「何のために今の自分は生きているのか」と病室で問われては絶句することもありました。うまい言葉や助言を返すことも出来ず、黙ってただただ相手の手を握ることでしか自分の役割を果たせないときもありました。私のような専ら緩和ケアに関わる医療者にはよく知られた有名な言葉があります。
"Not doing, but being. “ イギリスで、ホスピスと緩和ケアの普及に貢献した、シシリーソンダース女史の言葉と言われています。「何かを為す事ではなく、ただそこにいなさい」。うまい言葉を返すことが出来ず絶句していても、患者から逃げずにそこにいなさいという意味です。
癌やエイズのように、強い苦痛が次々と患者を襲う病気は、向き合う医師や看護師にとっても無力感を感じさせるものです。苦痛の渦中にある患者は、その苦痛から解放されたいと、「死なせてほしい」と告白します。また、自らの将来に悲観し、日々思い悩むうちに、体だけでなく心も病み、「死なせてほしい」と告白することもあります。徐々に衰弱し、体の自由が利かなくなったとき、とりわけ自分でトイレへ行けなくなったとき、「死なせてほしい」とか「楽にしてほしい」と頼まれることも度々です。また、これ以上家族に迷惑をかけたくない、もう「終わりにして欲しい」と言われることも珍しいことではありません。また無力感を感じる医療者は、患者が死ぬ手伝いをしてしまうこともあるかもしれません。
緩和ケアの実践は、医師、看護師、薬剤師といった様々な職種がチームとなって関わります。密室の中で、医師の私が、苦悩する患者と一対一で向き合ってしまえば、患者から「死なせてほしい」と言われたとき、出来ることは限られてしまいます。患者から無言で逃げ出すか、「安楽死はこの国では罪になります」と患者の告白を拒絶するしかなくなってしまいます。しかし、私を支える多くの医療者、そして患者を支える家族が、私と患者の間に登場することで、また新たなケアが見えてくるのです。
終末期の患者から「死なせてほしい」と言われたとき、私は、ただその告白を受け容れ、患者とそして私の孤独をまず解消してきたのです。この世に生きている私は、患者の死を手伝う事はできません。ただ、誰もが必ず体験する、死への道程の苦痛を最小にし、最後まで生ききる手伝いしかできないのです。そしてその中でも、「薬」を駆使した医学や、「脳」を駆使した理論だけではなく、看護の原点でもある「手」を使ったケア(therapeutic touch)が重要な意味をもつのです。私の心にはこの映画を通じて、医療者の孤独の危険と、看護の「手」の大切さが残りました。皆さんの心には何が残るでしょうか?
(映画 或る終焉 の寄稿文)

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