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2018年1月29日 (月)

あなたの事例発表に、患者、家族を招待できますか?

昨年とある病院から事例発表の依頼がありました。私が診療したとある患者の治療の経過について、詳細に知り、そしてその患者に何ができたのか、どうしたらよりよかったのかを話し合う機会を作りたいという話でした。
私が日常的に診療している癌の患者は、一つだけの病院で治療やケアを受けるよりも、複数の医師が関わりそれぞれの視点、専門とする医療の力を結集した方が、ずっと質の高い治療ができるのです。しかし、多くの場合、私と病院の医師は直接話し合うことなく、それぞれが治療をしますので、お互いどのように患者を見ていたのか、その視点をそれぞれが語ることで、より多面的な患者の状態を知ろうというのは、なかなか得難い大切な機会と思ったのでした。 私は快諾し、その準備をしていました。
ところで、この事例発表というのは、自分が診療した患者の状況を他の医療者に発表することで、自分の診療の見落としや、他にできたであろう治療を指摘してもらい、さらに治療の質を上げるために行うものです。どの病院でも「カンファレンス」と呼ばれる場で日常的に行われていますし、一人の医師が狭い視野で患者を治療していないかを絶えずチェックするために、必要な事です。経験ある医師が、経験の浅い医師の診療を監査し、教育する大切な機会です。患者の検査結果を元に病気の状態を把握し、適切な治療を決めていくための、必須な機会であることは間違いありません。
複数の診療科たとえば、内科と外科の医師が同じ場所に集まり、検査の結果を見ながら、どのような手術を行うのが良いか討論したり、複数の病気を同時にもつ患者の治療についてはそれぞれの診療科がどのような治療をするのか、話し合ったりします。話し合いの中では、病気の状態だけではなく、患者の年齢、今までの病気、家族背景といったいわゆる個人情報も合わせて発表されます。しかし、通常の話し合いの場では、個人情報はそれ程大きな治療の選択に反映することはありません。
患者に「リウマチ」と「心筋梗塞」が同時にある場合には、それぞれの治療について吟味されますが、患者が「独り暮らし」で「離婚歴」があることは、ほとんど治療には反映されません。つまり患者の情報には順位ができ、下位の情報についてはさほど関心はもたれません。
しかし、私の専門である緩和ケアはそういうわけにはいきません。患者の生きてきた道程、家族一人一人の状況は上位の情報になります。「リウマチ」と「心筋梗塞」の問題よりも、「独り暮らし」で「離婚歴」があることのほうが、今後の生活の支援を考える上では重視されるのです。どのような治療を今行うかよりも、今後生きて行くにはどのような人達の手助けが必要なのか、家族からの助けはどれぐらい得られるのかといった観点をより重視するのです。
当然、カンファレンスでは、患者の個人情報、プライバシーがかなり詳細に語られます。しかし、医師を含め医療者には守秘義務がありますので、その内容が外部に漏れることは、建前としてはありません。しかし、本当に患者の情報は守られているのでしょうか。誰のことかは話さないまでも、つい身近な人に話してしまうことは私を含めて誰にでも起こりうることです。私が大学病院で働いていた頃、昼休みになると白衣を脱いで周囲の飲食店に昼食を食べに行くことがありました。リラックスした気分と、そして白衣を脱いだ途端に、たがが緩むこともありました。食事をしながら、周囲の客、店の従業員に聞こえるかもしれない状況で、患者の話をしていることもありました。時に話の内容は他人から聞いていれば下品で不快な内容だったと思うのです。
最近は、患者の事例発表を学会や研究会で行う場合には、患者や家族の承諾を得ることになっています。しかし、緩和ケアの事例発表では特に感じるのですが、本当に私生活の赤裸々な内容まで発表されることを承諾しているとは到底思えないほど、患者の個人情報、プライバシーが語られています。いくら匿名でも、その妻と交わした会話、子供達一人一人の進学状況、患者本人が医療者を信頼して語った言葉が、事例発表の場では語られています。
「ご本人は人に頼ることをせず、自分一人で全てを決める人でした。また家族もそんなご本人と毎回衝突し、子供達はご本人と距離を置いていました」
「奥様は5年前に離婚したのですが、ご本人が病気したため、看病を始めたとのことです。以前のことを今も許せないと思っていますが、やはり情が憎しみを上回ったと話していらっしゃいました」
「長男は、患者である母親のことを過剰なくらい大切にしていていました。そのため、医療者の言動一つ一つに神経質となり衝突してしまうことが度々でした」
など、病気の内容よりも、一人一人の人間洞察を深めて行くのが、緩和ケアの事例発表の特徴です。今まで私も疑問を持たず、もちろん匿名ですが事例発表をおこなってきました。しかし、昨年の事例発表の依頼を受けたとき、いつもよりも心の中で色々と思うところがありました。
私は今まで疑問を感じず、「個人情報を明かさない」と患者、家族から承諾を得て、事例発表をしてきました。もちろん自分の診療の質を高めるためにです。しかし、私の診療する緩和ケアを受けている患者の多くは、亡くなっていきます。既に亡くなったあと生前に承諾していていたとはいえ、故人の発表をすることに違和感を感じるようになりました。また、私もメディアを含め患者について書く事が増えてきました。例えば「あの医者に診療を受けると、あちこちに書かれてしまう」と患者、家族に思われてしまえば、私自身の医師としての信用がなくなり、患者は心の悩みを打ち明けてくれなくなるかもしれません。
そこで、私は決めました。メディアに原稿を書くときは、自分の心に残っている患者の断片を集めて、架空の人物を作るようにします。架空であってももちろん私の中では現実として生き続けている患者を書くようにします。 そして、治療、ケアに関わっていない人達を対象とした場では一切の事例発表をしないことにしました。
例えば、「死の臨床研究会」という事例発表を恒例とする会が毎年行われています。私も終末期医療を志すにあたり大きな影響を受けた会で、過去に2回事例発表をしました。もちろん事例発表の意義、目的、重要性は理解していますが、それぞれの患者、家族は自分達の治療、ケアに一生懸命尽くしてくれた医療者のために、自分達が発表されることに承諾しているはずです。しかし、患者、家族はどのような発表をされているのかどのような内容なのかを知ることはできません。本当に、当事者を前に発表できる内容なのでしょうか。
「あなたの事例発表に、患者、家族を招待できますか?」
医療者の良識は、一般の人達からみれば非常識であるかもしれません。時代と共に良識、非常識も移り変わっていくと思いますが、今現在の(2018年の)バランスから考えて、私たちは本当に良識ある事例発表をしているのでしょうか。私は大きな疑問を感じています。そして、私はあらゆる事例発表を今後はしないと決めるに至ったのです。

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