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2017年4月14日 (金)

患者は、以前の医師を覚えているのか? 医者離れ患者離れ 前編

(ここに書かれた内容は、私の心の中では真実ですが、実在しない患者の物語です。しかし、後編の一部には、患者、家族たっての希望で、医師の語られた言葉そのままに書いています)
とある会の席で、若い医師と対話しました。患者に対する治療を丁寧に考え、真摯に向き合う方であることは話しぶりからすぐに分りました。その彼が、「自分の病院では、診察している患者を年に数人しか看取ることがない。それぞれ別の病院に移った後どう思っているのだろう」と に呟きました。私は、「先生のことはほとんど覚えてないと思って良いですよ、そしてそれぞれの人達はそれぞれの医師と新しい出会いがあるでしょう」と答えました。その医師は少し残念そうな顔をしていました。
以前ホスピスで働いていた時も、そして今も、私はほとんどの患者をどこかしらの病院から紹介され、診療を始めます。「抗がん剤の治療を続ける事が出来なくなった」、「家での生活に困難がある」などなど理由は様々ですが、いずれにしろ以前の主治医から私が治療を引き継ぎます。実際に引き継ぎをしてから、以前の医師のことを話題にする患者や、もう一度受診したいという患者は、ほとんどいません。もちろん、今までの医者との治療関係を大切に思い、身動きのしにくい体であっても人の助けを借りながら、病院の外来に通院する方はいます。それでも、しばらくすると結局通院もやめてしまいます。最近も「入院する場所がなくなると困るから」通院すると話す方がいました。その方の場合、医師・患者関係を大切にしているのではなく、病院の機能が自分達にとって必要と感じているのです。
治療を引き継いだ私は、少しでも早く患者とその家族と慣れ親しむことが出来るように、とても気を遣います。言葉の一つ一つを吟味し、これから死に向かう道程、苦難の時間を一緒に過ごしていけるような関係になろうと努力します。自分より後には、新しい医者はいないかもしれないと、出来る限り全ての問題を引き受けるよう心掛けています。「こういう問題は、専門の先生の診察を受けに行って下さい」とか、「それは私が診ることではありません」と患者、家族の訴えを退けず、まず自分にできる所まで考え、できない部分はどこに頼ればよいか患者、家族と話し合うようにしてきました。
このような治療の過程の中で、私と患者、家族の間に治療関係が出来てくると、もう以前の医者の話は出てこなくなります。もちろん、私の前で以前の医者の話をしないようにしてくれているのかも知れません。しかし、少なくとも前の医者に恋い焦がれて、「○○先生にはとても世話になっている。もう一度会いに行く」と話す方は少数です。贔屓の医師というか、 特定の医師のファンのような方は稀にいらっしゃいます。「あの先生は私が育てた」、「私があの先生を支えないと」と、歌舞伎の贔屓筋のように粋な言葉を聞くことはごく稀にありました。(ちょっとうらやましかったです)
私は、患者と向き合う医師が、真摯にその方のことを考えて、考え抜いて、悩みながら一緒に、時を進んでいくことをとても素晴らしいことと考えています。自分もそうありたいと思っています。しかし、「この患者の治療のことは自分が一番良く知っている」と思っているうちはよいのですが、「この患者の生き方は自分が一番良く知っている」になると、とても危険だということもよく知っています。私が、ある時紹介を受けた患者の事で、紹介元の医師に相談に行くと、「ああ、あの人ね。あの人は○○のようなものの考え方をする人で、家族も××よね」とまるで、その人の人格を全て分かっているような話し方をするのです。その医師は恐らく患者を丸ごと理解し、人間として全人的な治療をしようと心掛けているのですが、子供を支配する母親のように、「○○ちゃんの事は私が一番分かっているから」と支配的になり、相手の力と機会を奪っていくような姿に見えました。そういう医師ほど、自分から患者が離れていくことが許せず、またもしも離れていったとしても、ずっと自分のことを覚えていると思いたいようです。親離れ、子離れと医者離れ、患者離れは同じ構造なのでしょうか。
がんに限らず、慢性疾患の治療に熱心な医師ほど、患者離れが出来ないようにも見えます。外科治療やカテーテル、内視鏡治療のように、医師の技能が治療成績に大きく影響を及ぼすような医師・患者関係においても、時に医師は支配的になります。患者自身も見えないような身体の内部や(内面ではなく内臓という意味)、微細な箇所まで医師は到達します。そのような体験を通じて、医師は患者の隅々まで知っているような錯覚をするのです。長時間に渡りとても苦労を伴う手術を施した患者に、医師は普通以上の強い親密感を持ちます。だからこそ、がんのように難儀な手術を乗り越え手術が成功した後、患者の病気が再発し衰弱に向かうことを受け容れにくくなるのです。
こんな方を診察したことがあります。食道癌の難しい手術の後、独り暮らしだった患者は、自分一人で生活を構築することが出来ず、ろくに食べるものも食べず、そして衰弱していました。主治医は正しく標準的な抗がん剤治療をし、患者の治療にあたっていましたが、副作用のためにかえって生活の力を奪ってしまい、状況は悪化する一方でした。
ある日、近所の人に発見され、救急車で手術をした医師の元に運ばれてきました。もう立ち上がる力も無く、自分で寝返りをうつこともできません。栄養状態は悪くとても痩せていました。医師は、点滴、そして鼻から胃までチューブを入れて、栄養剤を送り続けます。何週間かが過ぎても一向に身体は回復せず、生きていくことは出来ますが、寝たきりの状態が続いていました。本人は、小さな声で「もう治療は止めて早く楽にして欲しい」とずっと話し続けていました。治療を担当する医師から診察と助言を求められ、私もこの患者と話しました。何度も「何か望むことはあるか」と尋ねると、「早く治療を止めて楽にして欲しい」と訴え続けます。栄養の投与を止めることが正しいことなのか、治療を担当する医師のように、栄養の投与を続ける事が正しいことなのかは分かりません。少なくとも分かったのは、患者は治療を続ける事を望んでいないということです。それを治療を担当する医師に私が伝えたとき、とても不快そうな表情をし「そんなこと(=治療を中止すること)はできない」と答え、医師は会話を遮ってしまいました。そして、それ以降は、複数の医療者で話し合う機会を避けるようになってしまいました。
医師も患者の苦痛もいかほどかと心中察するに余りあるのですが、この様なときは、患者のためにどうするのが一番良いのか、もう治療を担当する医師には冷静に判断できなくなります。患者の手術にかなりの時間を費やし、成功を喜び合い、その後の回復を支えた医師にとって、現状を受け容れることは、患者と同じように苦しいことなのです。このような状況になった場合は、新しい病院、新しい医師に治療を引き継がないと、医師も患者も苦痛から解放されません。私はホスピスで働いているときも積極的にこの様な状況になった患者を、ホスピスに熱心に誘っていました。そして、治療を担当する医師には、「先生は、また病室に見舞いに来て欲しい」と、医師と患者の関係が新しい別の形、人間と人間の関係になるように努めてきました。そして、ホスピスに来た患者は、もうそれまで熱心に治療を担当していた医師のことはすっかり忘れています。もちろん恩義は覚えているのですが、今の自分にとってその医師は必要ないのです。

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