癌による黄疸の治療とエビデンス。医師に影響するバイアス。
診療している個々の患者に最適な治療を選ぶこと、これは本当に難しいことだと思います。決断する時間は少なく、答えを迫られます。 そのために、白(出来ることは全て治療する)、黒(何もかも治療しない)と短絡的な治療方針になりやすいことも医師にとっては宿命的なことなのです。 毎週勤務している病院でも、なかなか個別に治療を選ぶことが出来ない現実を垣間見ます。かつて私は胃瘻に関しての考えを書いたことがありますが、「できることは全てする = Do everything」を治療の信念にしたとき、食べられなくなったら胃瘻をすることは、全くもって当たり前の事なのです。 また治療の選択には各治療医の思いもかなり関与しており、「今まで一生懸命に治療してきた、今更あとにはひけない」(サンクコストバイアス)、「あの人でもうまく行ったのだから、今度もうまく行くだろう」(アベイラビリティバイアス)が、最前面に出てくることもしばしばです。複数の医師、看護師が集まるカンファレンスの場でも、声高にバイアスを多く含んだ内容を発言する医師を傍観する度に、とても複雑な気持ちになります。
例えば、黄疸特に閉塞性黄疸の処置についてです。肝臓から十二指腸へ胆汁を流す、胆管が詰まったとき黄疸になります。胆石や癌で胆管が詰まるのです。私が診察するのは、癌の方、しかも病状が進んだ方が多いので、黄疸の処置はいつも迷います。 処置は大きく分けて二つあります。内視鏡を使って詰まった胆管に管や金属のステントを入れる方法、そして皮膚から肝臓に針を刺してから、管や金属のステントを入れる方法です。どちらも合併症のある処置で、必ず成功するとも限りません。
閉塞性黄疸を治療することは、消化器を専門にする医師にとっては、「当たり前」のことで、治療の正当性に疑いの余地はありません。可能なら必ず治療をしようとします。黄疸が改善するとまず見た目が良くなります。黄色かった皮膚の色が元の顔色に戻ります。黄疸はひどいかゆみが出ることも多く、飲み薬があまり効かない時もあります。しかし、もう残った余命が限られた方にも同じ考えを当てはめるのはどうでしょうか。まずきちんと自分が行っている処置を改めて調べなくてはなりません。私も改めて検索し、教科書を調べてみました。
ベネフィット(益)のこと
もちろん閉塞性黄疸の処置により、症状や生活の質(QOL)が向上するという報告は多数あります。 しかしその報告のほとんどは「医者が患者を診て良くなった」と報告しているのであって、実際に患者が「良くなった」と体験しているかどうかという観点に欠けています。少ないながらも(4つの研究)患者の体験、QOLをきちんと評価した研究もあります。QOLと症状に重点を置いた研究(対照群のない研究)のうち、2つはQOLと症状の改善があった、1つは限られた患者のみ効果があった、1つはかゆみが大幅に低下したと報告されています。しかし、それぞれの研究には色々な問題もあり、本当に黄疸が改善したことでQOLを向上させたかどうかを見分けることが難しいという問題点があります。 また生存期間が延長するというエビデンスはありません。
もちろん閉塞性黄疸の処置により、症状や生活の質(QOL)が向上するという報告は多数あります。 しかしその報告のほとんどは「医者が患者を診て良くなった」と報告しているのであって、実際に患者が「良くなった」と体験しているかどうかという観点に欠けています。少ないながらも(4つの研究)患者の体験、QOLをきちんと評価した研究もあります。QOLと症状に重点を置いた研究(対照群のない研究)のうち、2つはQOLと症状の改善があった、1つは限られた患者のみ効果があった、1つはかゆみが大幅に低下したと報告されています。しかし、それぞれの研究には色々な問題もあり、本当に黄疸が改善したことでQOLを向上させたかどうかを見分けることが難しいという問題点があります。 また生存期間が延長するというエビデンスはありません。
リスク(危険)のこと
一方で、合併症は、10-43%と報告されています。一つの詳細な研究では、入院期間が延長するような合併症が63%、手技による死亡が2%とも報告されています。出血や感染症(敗血症)そして、膵炎の合併症は致命的になる事があります。(もちろん私も内科医の頃に自分が内視鏡処置して経験をしました)専門医は、熟練した技術があれば、リスクはもっと減らせると主張するかも知れませんが、患者側の要因、また全く予測不可能な要因もあるため、その主張も、いわゆる「自分なら大丈夫、自分に限ってはそんなことはない」というバイアス(正常性バイアス)の影響を受けます。
今までのエビデンスをまとめると、閉塞性黄疸の処置は、症状やQOLを良くする効果はあるが、合併症が多いため、利益よりも危険が上回ると判断せざるを得ません。特に病状が進んだ患者には相当な注意が必要です。
外来通院している患者、入院中であってもいつも退屈してあちこち病院内を歩いている患者であれば、良い処置になる事もあるでしょう。しかし、一日のほとんどをベッドで過ごしている患者、病室内を動くにも手助けがいる患者には、危険がはるかに上回ると考えざるを得ません。
さて、限られた予後の患者に閉塞性黄疸の処置をすることは、本当に患者にとって良いことなのでしょうか。医師は今一度立ち止まって考える必要があります。 「黄疸は治療する方が良いに決まっている」、「黄疸を処置することで患者のQOLは必ず向上する」、「黄疸を処置することで、生存期間は延びる(処置しなければ早く亡くなってしまう)」と思い込んでいるに過ぎないのではないでしょうか。 これだけ高いリスクのある治療方法です。本当に個々の患者に治療が必要かを今一度立ち止まって考える必要があると、緩和ケアの専門家としていつも考えています。
参考文献 Dy SM, Harman SM, Braun UK, Howie LJ, Harris PF, Jayes RL. To stent or not to stent: an evidence-based approach to palliative procedures at the end of life. J Pain Symptom Manage. 2012;43(4):795–801. PMID 22464354
医療者のために
(参考文献より)
閉塞性黄疸に対するステント留置を、QOLと症状の観点から検証した研究。
対照群の無い、観察研究のみ。(ステント留置の治療の前後でQOLなどを測定している)
・ 47名の患者(肝外胆管の狭窄、手術不適例)を対象に、ステント留置後48時間以内と1ヶ月後にQOLをEORTC QLQ-C30で測定し、黄疸とかゆみに関する二つの質問をした。28名の患者が調査に参加できた。9名は1ヶ月以内に死亡した。感情、認知、全般的な健康状態の項目が改善した。黄疸と痒みは改善した。
Luman W, Cull A, Palmer KR. Quality of life in patients stented for malignant biliary obstructions. Eur J Gastroenterol Hepatol. 1997;9:481–484.
・ 40名の患者(悪性胆管閉塞)を対象に、内視鏡でステントを留置後2週間後にEORTC QLQ-C30で測定した。全般的な健康状態の項目、痛み、痒みが改善した。
Larssen L, Medhus AW, Hjermstad MJ, et al. Patient-reported outcomes in palliative gastrointestinal stenting: a Norwegian multicenter study. Surg Endosc. 2011;25:3162–3169.
・ 109名(94%が進行がん)の患者(悪性胆管閉塞)を対象に、経皮的胆管ドレナージ後(PTCD)1ヶ月後に評価した。VASを用いた痒みは改善したが、QOL(FACT-Hep; Functional Assessment of Cancer Therapy-Hepatobiliary instrument)は低下した。
Robson PC, Heffernan N, Gonen M, et al. Prospective study of outcomes after percutaneous biliary drainage for malignant biliary obstruction. Ann Surg Oncol. 2010;17:2303–2311.
・ 50名の患者(悪性胆管狭窄、手術不適例、明らかな肝転移なし)を対象に、内視鏡でステント留置直後、1ヶ月後にSF-36でQOLを測定した。51%の患者が調査できた。6名の患者は1ヶ月以内に死亡した。6名の患者はステント閉塞のため調査しなかった。1名はステントの逸脱、2名は調査の拒否、3名は外科手術が追加され調査対象から除外された。78%の患者の黄疸は改善し(処置の7日後に20%以上ビリルビンが低下)社会、メンタルヘルスの項目でQOLは改善した。痛み、身体機能の改善はなかった。
Abraham NS, Barkun JS, Barkun AN. Palliation of malignant biliary obstruction: a prospective trial examining impact on quality of life. Gastrointest Endosc. 2002;56:835–841.
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