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2016年8月

2016年8月 9日 (火)

嫉妬増幅器

人は他人を妬む「嫉妬」から自由になれるのだろうか。幼少期から、誰々ちゃんはいいなあと嫉妬を続けながら成長していくのだ。この年になっても嫉妬から自由になれずに、自分に呆れながらも嫉妬を消滅させるべく日々の鍛錬を続けているのだ。

嫉妬というのは、「今私はこういう境遇にあるが、誰々ちゃんとして生きていくこともできたはず」と言うのが根源で、生きていく上での可能性が嫉妬の根源とも言えるのだ。未来は変えられる、今の自分は自分が選択した(=自分として生まれ、生きることを自分は選択した)という、自分の心の嫉妬を飼い慣らすためのあらゆる言葉は、かえって嫉妬を強化していく事になるのだ。
「自分にだって、あいつのポジションで生きる可能性があったのだ」、「自分も努力をすれば、あいつよりもよいポジションにいられるはずだ」、「自分も生まれ変われば、・・・」と未来に限らず過去の可能性の追求は自分を追い詰めていく。

今の自分を肯定する事ができなくなる「嫉妬」は自分の心を蝕み、そして、あらゆる他人の可能性にアクセスしてしまうSNSやFacebookは、自分の「嫉妬」を強化する、依存度の高いツールとも言えるのだ。そして、わざわざ他人の幸せそうな時間の過ごし方、美味そうな食べ物、最高の笑顔と団らんに暴露される、このFacebookの閲覧は、自分の「嫉妬」を乗り越えるための修行とも言えるのだ。どのようなハッピーな風景であっても、それを一笑に吹き飛ばす余裕こそが、嫉妬を乗り越える、消滅させる鍛錬の境地なのだ。

さて、自分にとっての今一番の「嫉妬」は、この非常に暑い毎日を、サウナのような車で移動しながら、汗だく、どろどろになりながらかけずり回る中、涼しげな空間で、冷え冷えとした投稿を見ることだ。そして、今日そんな投稿についに遭遇した。しかし全く嫉妬はわかなかった。ついに自分に勝ったと思った。

なぜならその投稿とは「4年前の今日は」というお節介なFacebookの機能だったから。過去の自分に向き合うと不思議と「嫉妬」は湧かないものなのだ。過去の自分は恥ずかしい。例えそれが5分前であっても。当然この投稿も5分後には冷え冷えとして恥ずかしい。これで今夜はクーラー無しで眠れるであろう。

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2016年8月 3日 (水)

悪い「癖」

人間誰しも自分の悪い「癖」というものがある。ほとんどの人は自分で気が付いている。悪い「癖」だと分かっていてもなかなか手放せないものなのだ。
酒も然り、煙草も然り。他人に期待できないと苛立つのも然り。少し何かができるようになると世界を支配したような気分になるのも然り。できないことに少しも挑戦しない臆病さも然り。

あらゆる習慣の中に悪い「癖」が入り込んでくる。この悪い「癖」は定期的に自分を脅かし、そして周囲を落胆させる。
人生に何度かこの「癖」を手放す気持ちになれる時が来る。その時に手放せると次に行けるようになる。心の隙ともいえる、このチャンスは滅多にやってこない。今の障害の一部は意外にも悪い「癖」を手放した瞬間に消えてしまうのだ。そして自分の周囲の評価も変わっていく。

あなたも自分の悪い「癖」と、そして手放すべき時期が来ていること何度も気が付いてきたのではないだろうか。今手放すのだ。勇気を持って。手放さない理由を散々並び立て、自分を正当化するのは、悪い「癖」の証拠だ。

僕にとってこの夏手放そうと努力しているのは、トイレを借りるためにコンビニに寄ったときついつい買ってしまう駄菓子とスイーツをやめることだ。駄菓子は何と言ってもぼんち揚げがうまい。スイーツは黒豆大福だ。この癖をやめて再度身体を絞りこむことに取り組んでいる。
そんな45歳の夏だ。コンビニ断ちするぞ。

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