ヨミドクターのロングインタビュー
私の本や、このブログを読み、読売新聞の岩永直子さんがインタビューを基に記事を書いて下さいました。皆さんにもシェアします。毎週記事は公開され、全部で4回の予定です。
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自分や大事な人が重い病気にかかり、死に直面すると、人生は一変する。この先も当たり前に続くと思われた日常が失われ、体も心も打ちのめされて苦しむ人に、人は何ができるのだろう。終末期の心身の苦痛を和らげる「緩和ケア」に長年取り組み、その答えを探す道筋を惜しみなく明かした著書『患者から「早く死なせてほしい」と言われたらどうしますか?―本当に聞きたかった緩和ケアの講義』(金原出版)を5月に出版した医師、新城拓也さん(44)。病院から在宅医療に活動の場を移し、患者や家族と向き合う日々から何が見えてきたのだろうか。
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「治らない病気がある」という医療の限界。そして、医学的な知識を一方的に伝授するだけでは、患者や家族を支えられないということに、息子の病気を通じて、初めて意識的になった。すると、これまでの、自分の医師としての働きぶりが、急に色あせて見えてきた。
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「本人の意向が最大限反映されるのはとても大事なことです。でも、特にご家族、そして医師である自分も、患者さんといったん関わりができたならば、患者さんの命は患者さんだけの持ちものではないですね。」
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「でも最近は、医師というのは、エリートの一人として社会から負託されている役割だと感じているんですよ。いやでもやらなくてはいけない。この地域の中で、周りの人たちのために、仕事中はその役割を全うして生きなくてはいけないと感じています。だから、僕はこの社会の中で、個人として生きている部分もありますが、医師としては皆さんに選ばれて仕事をしている、役割を社会から負託されてその責任を果たしているという感覚が強くなっています。だから、僕は白衣を着ますし、『先生』と呼ばれないと困るし、そういう部分で『人間宣言』して降りていくようなことはしたくない。お坊さんが、ポロシャツやジーパンで仏壇の前でお経読んだらだめでしょう? 仕事をしている時は、公人として生きているんです。医師は、社会の中で自分の置かれている立場に自覚的でないと、やってはいけない職業だと思います」
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