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2014年10月 4日 (土)

最近の緩和ケア研究

Medium_2349630643 最近の緩和ケア研究は大きく変化してきたように思います。 日本でも世界でも90年代から2000年の頃には、単一の薬剤が何らかの症状緩和を検証した臨床研究が多く、結果の解釈と臨床現場への応用は非常に平易であるものが主流でした。統計解析も非常に単純で、臨床医が取り組める程度のものでした。そして、ある論文を読み、「ああ、明日から自分の臨床にも取り入れてみよう」という研究が主流でした。(そういった研究の例)この時代には、緩和ケアのコツはジャーナルを読めば入手できるものであり、それらは非常に読みやすく、すぐ頭に記憶されるものも多くありました。
しかし、2000年以降は、evidence based medicineが主流の時代がやってきて、無作為化比較試験が治療効果を測る最も優れた方法論として位置付けられ、症例報告、エキスパートオピニオンが下位にランクされるようになりました。さらに複数の質の高い研究を比較するコクランレビューをはじめとするメタアナライス、そして、数々の臨床ガイドラインが作成されました。こうなると徐々に、厳密ではない方法論の単発的な論文はやや影を落とし、研究には多くの予算と組織力が必要となりました。こうなると既に一人の医師が思いついた臨床のコツというよりも、臨床介入を白黒決着つけるための、チームでの審判になってきました。目新しい薬の使い方や治療介入よりも、既に知っている方法の検証や、今までの方法と新しい方法の比較が増えてきました。
厳密な方法での比較は、臨床の現場には大きな影響力を持ちました。「オレ流、自分の経験」よりも、検証された方法が重んじられるような風潮が広まりました。「上司のやり方よりも、ガイドラインに記載された方法」という感じになり、徒弟制度であった医師の修行もやや変容したように思います。超人的な感覚をもった先達の医師の治療と主義を背中を見ながら盗み取っていくよりも、知識量の差、いうなれば英語論文の読書量が重んじられるようにもなりました。経験の少ない医師にとっては、短期間に大きな治療の自信をもつことができる利点もありました。「知っているか知らないか」情報が力になっているのです。身体には限界があります。医師は一つの体で一つの経験しかできません。多くの臨床現場を修行し、自分の身体で獲得する技法のみでは最早追いつかないほど、医療は細分化され専門化されています。Evidence based medicineは、世界的、地域的な、そして各医師の治療のレベルを均一化する重要な手法ではありながらも、何か治療者独特の熟練した「ひとぐすり(人薬)」(治療者の関わりそのものが治療効果であると言う意味)の効果を減弱させました。
そして、2010年頃から、さらに厳密な方法論と統計解析で、今まで効果があるかもしれないと言われてきた治療方法を再検証する研究が、緩和医療の分野でもなされています。その結果、改めて効果が確認された薬剤もありますが、実はそれほど効果がないことが分かった薬剤もあります。さらに、臨床研究の方法論の厳密性だけがエビデンスの価値を決めるのではないだろうとも考え始めています。それは、厳密な方法論で検証された臨床研究が、臨床現場に適用できない比較試験であったりするからです。また、厳密な方法論と統計解析で治療方法同士を比較したとき、計算上は差があっても、実際に患者はその差を体験できるのだろうか、という問題も生じてきました。例えば、ある治療AとBを比較し、その鎮痛効果が0から10のスケールで1と2の差だったとします。確かに統計解析では差があったとしても、その差にどれほどの意味があるでしょうか。
これからも方法論とその解釈を巡って10年単位で物事の考え方は変わっていくことと思います。今世間を席巻している考え方は、10年後にはまた変容していることでしょう。
緩和ケア研究では、90年代から2000年代にかけて、新規薬剤が上市されると、その効果を、さらに緩和医療と症状緩和の発展のために臨床に取り入れる治療医の好奇心とチャレンジが一種の旋風のように世界を席巻した時代が確かにありました。倦怠感にはやっぱりステロイドが良いぞ、吐き気にはやっぱりプリンペランがいいな、オピオイドの眠気にはアリセプトが効くらしい。結果の解釈も単純でした。
最近の緩和ケア研究は、複合的な介入を評価する研究であったり、緩和ケアを提供するシステム、仕組みについての研究が増えてきました。結果の解釈も複雑で、「さあ、明日から現場のやり方を変えてみよう」とはとても思えないものも増えてきました。「おたくの病院ではそういうのができるのですね」、「そちらの国ではよく分かりませんが、そういうことをやっているのですね」という研究も増えています。また、ヨガマインドフルネスのような介入を、今風な研究方法論で検証したものもあります。しかし、最近の研究を見て「今の自分の現場にはどういうシステムを採用したら良いのだろう、どこを改良したら良いのだろう」「無駄なことを減らし、有益なことを増やすにはどうしたらよいのだろう」「目の前の患者に適応すべき治療、介入は何であろう」ということが分かりにくくなっています。いや、分からなくなってきました。最近の新しい研究は、臨床家に新たな視線と世界観を提示する優れた研究もあります。しかし、その具現化にはしばらく時間がかかりそうだと感じています。

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