モルヒネを受け容れる人たち
Journal of Pain and Symptom management誌(6月13日、先行電子版)に、私の研究が掲載されました。(英文タイトル Why People Accept Opioids: Role of General Attitudes Toward Drugs, Experience as a Bereaved Family, Information From Medical Professionals, and Personal Beliefs Regarding a Good Death)この研究についてのプレスリリースをさせて頂きます。(この研究では、実際にホスピスでご家族を無くされた方々(遺族)を対象に、2010年に実施した質問紙調査です。日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団による調査です。
研究の発端は、ホスピスで定期的に行っていた遺族調査で、遺族からの様々な意見を見たことです。 「ホスピスに入院でき、麻薬で痛みはなくなりましたが、ずっと眠ってしまい、あれでよかったのかと今でも悩み続けています」 「医師から十分な説明がないまま、モルヒネの注射が始まりました。ホスピスに入院させたことでかえって早く亡くなってしまったのではないかと後悔しています」といった衝撃的な内容でした。通常、遺族調査は肯定的な内容が多く、時には、個人的に「○○先生、本当にありがとうございました」といった私信が書かれていることもあります。しかし、一方で「ありがとうございました」と病棟を去って行った遺族の方々の中には、今でもつらい思い、誰にも解消できない迷いと後悔を持ち続けている方がいることが分かりました。
私も非常に影響を受けたイギリスのインタビュー研究では、患者が「なぜモルヒネを拒否したのか」について明らかにしています。それによると、モルヒネは最後の手段で、楽に亡くなるための薬と思っていること、医療者はモルヒネを始めること以外に方法はないという態度をすることが指摘されていました。また、自分の家族であるがん患者が医療用麻薬の投与を受けた時の、否定的な体験や医師からの説明も、モルヒネを使いたくないという思いに影響することが分かりました。
そこで、私と研究チームは、ホスピスで実際に医療用麻薬(モルヒネを含む)の投与を受けた患者の遺族を対象に、医療用麻薬についてどう感じているかを調査しました。
997人の遺族を対象として、返答のあった66%のうち、解析可能な432人(43%)の調査を行いました。 ほとんどの遺族は、もしも自分が自分の家族(患者)と同じように癌の痛みに苦しむ状況になれば医療用麻薬の投与を受ける、と返答していました。(必ず使う 26%、使う 41%、どちらかといえば使う 31%) 医療用麻薬を使うかどうかについて、どのようなことが影響するかをさらに解析したところ、幾つかのことが分かりました。
まず、使わない方に関しては、薬そのものに対する価値観、もともと薬が嫌い、薬をできるだけ使わない、自分の力で病気を治したいという価値観と関係がありました。そして、使う方としては、医療用麻薬の投与を受けた自分の家族(患者)が、きちんと痛みが緩和された経験、「もしも副作用がひどければ医療用麻薬をやめることができる」という説明を医療者から受けたことが関係していました。また、身体に苦痛を感じないことが、望ましい最期にとって重要だと考えていることも関係していました。
まず、使わない方に関しては、薬そのものに対する価値観、もともと薬が嫌い、薬をできるだけ使わない、自分の力で病気を治したいという価値観と関係がありました。そして、使う方としては、医療用麻薬の投与を受けた自分の家族(患者)が、きちんと痛みが緩和された経験、「もしも副作用がひどければ医療用麻薬をやめることができる」という説明を医療者から受けたことが関係していました。また、身体に苦痛を感じないことが、望ましい最期にとって重要だと考えていることも関係していました。
この研究の結果から、医療者は医療用麻薬を使うときに何に配慮するべきか気づかされました。従来の研究では、「いつか効かなくなる」といった耐性の問題や、「早死にする」といった生命短縮の恐怖だけが注目されていましたが、最近の研究では、様々な価値観、経験、信条が関わっていることが分かりました。
私と研究チームは、臨床の現場で医療者は医療用麻薬の悪い側面、副作用だけを強調するのではなく、「痛みが緩和されることで、患者の生活が具体的にどのようによくなるのか」を説明することが大切であると考えました。(ノセボ効果を増強させない)また、医療用麻薬を受け容れない患者には、いわゆるモルヒネだけではなく、あらゆる薬が嫌いと考える方々がいることも注目すべき問題でした。実際の臨床でもこのような考えの方々にどのように薬の服用を促すかは、工夫が必要です。しかし、その基盤には、患者自身が自分の問題を自分で対処しようとする考えと、医療者への信頼がないことがあります。医療者との信頼関係の構築は重要だと感じています。「これだけ熱心に医師が勧めてくれるから」とか、「看護師は本当に自分を思って薬を勧めてくれている」と患者が感じて初めて、治療が始められると実感しています。 そして、やはり苦痛のない状態で最期の日々を過ごしたいと考えていることが明らかになりました。多くのホスピスに入院する患者や家族が、「亡くなることは分かっています。でも痛みや苦しみなく過ごしたい(過ごさせたい)」とお話しになっていました。
死に向かって状態が悪くなる中で、モルヒネをはじめとする医療用麻薬は使われます。遺族は、医療用麻薬によって亡くなったと考えてしまうこともあります。死に至る過程の中で起こる「よく眠ること」「変な言動、幻覚、混乱が起こること」を、医療用麻薬の副作用と考えてしまえば、家族には悪い印象だけが残ることとなります。 しかし、本来医療用麻薬は痛みを緩和する薬であって、患者を死に向かわせるための薬でも、眠らせる薬でも、気分の混乱を起こす薬でもありません。副作用であるのか死への過程であるのかを見抜くことは、専門家でも難しいこともあります。しかし日本のホスピスでは、そのように死に向かわせるために医療用麻薬を使うことはないと私は確信しています。
医療用麻薬をなぜ使うのか、そしてその時患者、家族はどのようなことを考えているのかに配慮しなくてはならないことがこの研究から言えます。
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