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2014年3月 9日 (日)

がんの痛みはなくなるのか

結季さんは、聡明な60代後半の大腸がん患者だ。独り暮らしのため家では過ごせなくなり、私が勤めるホスピスに入院して暮らしていた。初めての診察から、2ヶ月が経とうとしていた。毎日のように30分近く話し込む診察は、結季さんの人柄もあって私には1日の楽しみになっていた。毎朝挨拶と状態の確認のために診察し、1日の終わり、夕方にもう一度じっくりと話をするために病室へ足を運んでいた。「今日はどんな1日でしたか」、「今日は友人が来てくれました。以前ここで作った切り絵を、仲間のサークルの集まりに持って行ってくれました。自分としても会心の出来でした」静かな病室で自分の趣味に没頭する結季さんの姿は、主治医としても安心できるものだった。その日も最後に結季さんに聞かれた。「もう私時間は残っていないのかな」私はいつものとおり答えた。「まだ生きる力は残っていると思いますよ」

よく患者や家族から、ホスピスではどんな治療をするのかと尋ねられる。「治療をせずに死を待つところでしょ」と言われる。私は、ただ「がんの苦しさを最小限にすることで、あなたの力が最大限になるよう治療します。ここは治療の場であると同時に、がんをもって暮らすための場所です」と答えるようにしていた。「死」「不治の病」「何もしないところ」というネガティブなイメージを持つ言葉をできるだけ避けて、「生」「病気と共存」「生活を支える」というポジティブなイメージの言葉を使うように心がけていた。しかし、生も死もコインの裏と表なのだ。どちらを見せるかによって全く意味が変わってしまう。このように物事は必ず二面性があり、どちらを強調するかはこちらの裁量次第だ。「99%助からない治療」と「1%助かる治療」、「死亡率が40%」と「生存率が60%」は同じなのだ。
嘘で患者を欺きたくない、しかし真実の残酷さ患者を傷つけたくない。だからこそ、このフレーミング効果を駆使しながら、慎重に毎日の対話に努めていた。
「あいたた・・・またお腹の痛みが出てきたわ・・・」結季さんは、話している間に、最近出てきている痛みに顔を歪ませた。私は、痛みのあるお腹を手でさすりつつ、ナースコールを押して看護師を呼び、痛み止めを持ってくるように指示した。結季さんはいつも通り麻薬の粉薬を服用すると、おおよそ30分もすると痛みは弱まっていった。「痛みは時々出てくるけど、ちゃんと薬が効くから大丈夫よ」
先週始めて、飲み薬の麻薬を処方した。度々出てくる腹痛に、結季さんはいつも「これはいつものことなのよ、大丈夫しばらくすれば自然と消えていくのよ。先生少しだけ待って・・・」と、それ以上の治療を拒んでいた。私も緩和ケアの専門医として、「この痛みはちゃんと薬で抑えることが出来ますよ」と話しても、「私、まだ麻薬を使うには早いと思うの。あれは最後に使う薬なんでしょ。今使ってしまっては、将来本当に苦しくなったときに困るじゃないの」
そんな押し問答を毎日繰り返した後に、「もしも不具合があれば他に方法を考えますから、一度麻薬を使ってみましょう。できるだけ痛みを抑えて暮らしていく方が、身体の力も奪われませんから」と説得し、「先生がそこまで言うのなら・・・」とホスピスに来たときと同じように、渋々麻薬の服用が始まった。最初の数日は軽い吐き気があり、「確かに痛みは軽くなったけど、こんなかえって調子が悪くなる薬は、やっぱり嫌だわ」と結季さんは不服そうな顔をしていたが、「しばらくしたら、吐き気もなくなるはずですから」と半ば、私からお願いするような形でどうにか痛みの治療を続けること出来た。
多くの患者、家族が、ホスピスに来る理由として、「将来強い痛みがあった時に心配だから」と話す。まだ痛みがないか、深刻ではない時期から将来の苦痛に備えているのだ。私はいつも「今までにがんの方を看病したことはありますか?」と、患者や家族に尋ねるようにしていた。半分くらいの患者は、「あります」と答える。そしてその時の体験を語ってもらうようにしてきた。「痛みに苦しんでいました」とか、「血を吐いたときにどうしようかと思いました」といった、苦痛の恐怖を語る方や、「最期は苦しそうでした」と死を目撃したときの恐怖を語る方に出会いました。さらには、「先生はとてもよくしてくれたのですが、治療を説明するときにこんな風に言ったのが、嫌だなと思いました」とか、「看護師さんはとても親切にしてくれたのですが、いつも忙しそうでじっくり話すことができませんでした」など、医療者とのやりとりの中で長く時間が経っても「嫌な体験」として残っていることを敢えて語ってもらっていました。
何を恐怖に感じたのか、何が嫌だと感じたのか、聞き届けることでその患者、家族への対応に配慮するようにしてきた。
現実に多くの患者、家族はがんの痛みに恐怖を感じている。10年前に比べると随分とがんの痛みの治療は進歩した。がんの痛みは、麻薬を使うことでかなり抑えることができる。飲み薬、坐薬、注射だけではなく、小さなフィルムを貼るだけで長い時間痛みを抑えることができる薬もできた。しかし、麻薬の取扱には知識とコツ、そして経験を必要とする。折角使える麻薬があっても、麻薬を扱う医師、看護師、薬剤師が使うのを躊躇すれば、結局患者の痛みは放置されてしまう。また麻薬には副作用もあり、痛みを抑えると同時に、眠気、吐き気、便秘といった副作用を上手く治療することが要求される。がんの治療で難しいのは、手術も抗がん剤もそして麻薬も、良い作用と悪い作用どちらも出てしまう、つまり副作用が必ず出てしまう事だ。他の病気の治療なら副作用が出てくることは、許容されない事が多いのに、がんの治療ではなぜか悪い作用を引き受けなくてはならない。
さらに、麻薬は患者からも家族からもホスピスと同じように忌避される。死を連想させるからである。今までに、「私の痛みに麻薬を使って下さい」と患者や家族から頼まれた事は一度もない。麻薬の使用に慣れている私でも、患者に麻薬を使いましょうと最初に話す時、本心は躊躇している。なぜなら、麻薬を使い始める時、患者とは信頼関係が必要だからである。ただでさえ患者が嫌い恐れる麻薬を、「あなたに必要だから使いましょう」と話し、患者が受け容れる素地が必要なのだ。私の肩書や業績では患者は納得しない。さらに、麻薬はいつも上手くいくとは限らず、副作用のため使えなくなったり、思ったより痛みが取れない事もままある。上手くいく事が多いのなら信頼関係は必要ないかもしれない、治療が上手くいかない場面に遭遇し、それでもなお医者と患者が最善を探しながら治療を続けていくには、相当な信頼関係が必要なのだ。
それでも以前より麻薬を使いこなす医者は増え、がんの痛みを放置される患者は少なくなった。10年前には、「今通っている病院では痛みの治療も麻薬を使うことも出来ないから、入院させて欲しい」とホスピスに紹介される、比較的状態の良い患者もたくさんいた。しかし、今は町の開業医でも普通に麻薬を処方するようになり、痛みの治療を目的にホスピスに入院する患者はいなくなった。こんな状況になったのも、各地域で粘り強く麻薬の使用方法を教育し、様々な教本を整備してきた、緩和ケアの先達のお陰だ。私も数年前までは、製薬会社がスポンサーとなった研修で話をする機会が多々あった。ので「がんの痛みを征圧する」「麻薬の使用方法を教育する」ためには、手段を選ばずこのような機会を利用した。
今でもがんの痛みは、専門医が治療しても完全に消し去ることはできないが、結季さんのように一日のほとんどは痛みなく過ごす事ができ、また痛みが出てきても、結季さんのように頓服の麻薬を使うことでわずかな時間の間に痛みを感じなくすることが出来るようになった。がんの痛みを治療する時にはいつも、「ああ、がんは確かにこの患者の身体の中で生きているんだな。そして、がんも大人しく眠っているときと、元気に目を覚まして活動するときがあるんだな」と思ってきた。痛みは、がんが生きている証だ。
がんの痛みはとることはできるのか。確かに麻薬はがんの痛みから患者を救ってくれる。がんの痛みは、患者の体力を消耗させ、気力を奪い、生きていく力、生命力を破壊する。がんの痛みは、がんの生きている証で、何かしら人間の身体にとって深い意味があるのかもしれない。しかし、その余りにも圧倒的に不快な痛みには、到底人生における示唆や教訓があるとは私には思えないのだ。だから、これからも痛みを抱えるがんの患者には、心から声をかけ続けるだろう。「あなたの痛みを少しでも軽くしたい」と。

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