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2013年12月31日 (火)

2013年十大ニュース

今年も残すところあと数時間。恒例なので、今年の僕のニュースをまとめておこうと思います。これまた恒例なのですが、長男の机を借りて書いています。
1. 子供たちの成長についていくのが大変
長男は中学2年、体のことを心配していましたが何のことはない、明るく水泳部で暑い夏を泳ぎ切りました。学校の仲間もよいのか、楽しそうに遊んでいます。しかし、僕の頃とは遊び方が変わりました。各自の自宅でネットゲームを立ち上げて、通信しながらゲームをしています。時代は変わりました。僕が彼の年の頃は、パソコン(当時はNEC PC-8801) を持っている友人の家に集まり、ブラックオニキスというダンジョン型のロールプレイングゲームで楽しんでいました。友人とコミュニケートしながらゲームという事で、結局今も昔も変わらないのかもしれません。
次男は小学6年、今年は中学受験です。一昨年長男の時も本当に大変でしたが、彼もさらに大変です。なかなか集中力が続かないのか気を取られやすく親も必死です。あと20日もすれば全てが終わります。この大晦日もテレビをみせずです。ゲームもかれこれ1年位我慢させてます。しかし、この「やらなきゃならないときに、自分の気持ちを抑える」訓練はとても重要です。僕も振り返ると、受験勉強の内容はとてもばかばかしいのですが、自分の心を調節する訓練、瞬時に切り替えて遊びと勉強を両立するための訓練は今でも役に立っています。家族にもとても大きな負荷のかかる受験ですが、解放感も格別です。あと少し、親子でがんばろうと思います。
三男は年長。これまたすくすくと腕白に育ちました。幼稚園ではとても先生に誉められる優等生で友達も多いようです。来年小学校に入学するのですが、早いものです。三男はいつも甘やかせてしまいますが、一番家族の様子を見ています。
妻はこんな僕ら4人の男を、太陽のような笑顔で支えてくれました。ここに感謝を記します。ありがとう。
そんなこんなで、次男の受験に必死な我が家は、今年は年賀状を欠礼することにしました。本当にすみません。
2. 仕事の仲間が増えた
在宅医療を展開するにはチームの力が不可欠です。4月から看護師のTさんが加わりました、7月からはYさんも加わりました。また、昨年8月の開業からずっと一緒にがんばってくれる若いMさんも知らないうちに風格がオーラのように漂い、鍼灸師の資格を取得したTさんも大活躍しています。看護師の方々は患者さん、家族への愛が看護の下支えになっています。「人が好き」ということが体中からあふれている、世界に誇れる看護師の方々と自負しています。開業するときに考えていたのですが、医師である僕は看護師を束ねることはできないと痛感していました。お金で束ねることはできるかもしれませんが、信念で束ねることが出来ません。看護師を精神的も束ねることが出来るのは、看護師だけと確信しています。その看護師を束ねていたのは、家族と仕事とそして認定看護師の取得を全て成し遂げた原田さんでした。認定看護師はとても取得が大変で、多くの時間と労力を必要とします。成し遂げたこと心から尊敬しています。盟友の原田さんがいるからこそ、僕も開業して自分の活動が出来てきます。感謝しています。ありがとう。
しかし、6月には開業以降力になってくれた薬剤師のMさん、Hさんがオトナの事情で職場を退職、これからどうなるのかと夏には暗澹たる気持ちでした。しかし、あっと言う間に新たな薬局で責任者となり、10月からは再合流しました。考えればわずか4ヶ月のブランクでした。最初からこうなることが分かっていたのかと思うほどの復活劇でした。
そして、10月からは、近くに開業しているK先生が在宅のチームに加わりました。今のチームには医師は僕だけだったので、大変心強く思っています。よく患者さんや家族から、「どうやって先生は休むのですか?」と聞かれます。良い仲間がいるとお互い任せ合えるのです。だから、1年に1度は必ず長い休暇を取ってリフレッシュするようにしています。来年2月に旅をします。
また平成26年も皆さんよろしくお願いします。
3. 「わたしの研究会」を始めた
かねてより、医療者自身が自分語りをする研究会をしたいと思っていました。患者や家族にとって何が最適か、どんな治療やケアが最善かを探るのではなく、「今患者と相対している自分は何を思考しているのか」を共有することは出来ないかと考えました。そして、どんな思考をしているのかをうまく話し合えるような仕掛けを作る方法を模索していました。
結局今風な、他職種のグループワークを始めたのですが、内容は「自分語り」です。主に精神疾患を抱える患者が、自分自身の問題を当事者として語り合う当事者研究に大きな影響を受けました。
普段カンファレンスで顔を合わせるあの人が、こんな事を普段考えているのかと驚きが続きます。予想外の名言が飛び出すなど、とてもユニークな試みになっていることを主催者として喜んでいます。既に、研究会は生き物のように自分の意思を持ち成長し始めています。
既に2回終わりました。20-30人程度の小さな研究会ですが、これからも続けて行こうと思います。
4. 医院での新たなチャレンジを企画した
在宅医療、緩和ケア、看取りが自分の最も活かされる現場であろうと開業以降続けてきました。今年も60人(うち、在宅での看取り48人)の看取りに立ち会ってきました。つくづく思うのは、介護、看病は人に新たな風景を見せてくれると言うことです。此岸に残される僕を含めた在宅のチームと遺族の方々と新たな関係ができないかと考え、看護師のHさんの発案で12月23日に遺族を集め、キャンドルの光の中、バイオリンとピアノの演奏会を開きました。その一部はこれです。(ひこうき雲)
そして、神戸市医師会の在宅医療懇談会でも、また医師から相談を受けるほとんどは、在宅医療の点数がよく分からないということでした。医院の事務のMさんと企画し来年以降、診療報酬の考え方をレクチャーするWebページが作れないかとアイデアを出し合っています。さらに、医院の3人だけの忘年会で、(ちなみに当院は医師1人、事務員2人の小さな小さな職場です)Mさんがもっと人生の終末期を相談できる場所を作ろうというアイデアから、新しい外来を作ろうとしています。来年にはその形が出来上がると思います。うまくいくとよいですね。今年も色んなアイデアがでました。
ちなみに院長である僕の方針で、僕も職員も労働の総時間数の10%は、自分の好きな事に使って欲しいと要望しています。Googleが取り入れている自由な仕事をする時間のルールです。仕事のような仕事でないようなそんな仕事の時間はステキですよね。実は僕もその時間を他のクリニックの仕事に充てています。
5. ホスピスカーを導入した
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ある夏の日、自宅で苦しむ患者さんの家に少しでも早く向かおうと車を走らせていたところ、阪神高速のインター近くの下り坂でスピード違反で捕まりました。白衣姿で集団大サイン会に加わる自分を哀れに思い、やはり本当に必要なときには、早く駆けつけられるようにと、仕事用の車を緊急自動車にしようと思い立ったのです。
医院の事務のSさんは、以前自動車の仕事をしていたので、お任せしました。何度か警察で事情を説明し、そして以前お付き合いのあった自動車工場を見つけてくれました。8月に思い立ち12月24日に、兵庫県最初の緊急自動車いわゆるホスピスカーに認定されました。覆面パトカーのように、マグネットで屋根にひっつく赤色灯をつけ、救急車と同じサイレンを鳴らして走るのです。まだ一度も実働はありませんが、赤信号に突っ込む勇気もなくもしかしたら、いつまでも使わずにそのままかもしれません。Sさんのお陰で大きな到達が出来ました。ありがとうございました。また、SさんはMSW(医療ソーシャルワーカー)の通信講座も始めています。すごい方です。
6. 本の執筆をはじめた
以前、とある出版社から「単著で本を出してみませんか」というお話を頂きました。それまでは複数の人達で緩和ケアの本を作った経験は何度かありました。しかし、そのような本は一人で書くものではなく20-30人くらいの医師、看護師に内容を依頼し、その内容を編集者として僕を含む数人の医師で考えると言ったやり方でした。かねてより一人で全てを書く単著に挑戦したいと思っていたのですが、やはり一人で書けるものではないんですね。
良い編集者と協力者が伴走してくれることで本は出来上がるのです。そして仕事を通じて知り合った別の出版社のYさんと、以前から僕のブログや依頼原稿の校正の全てをになっている事務のMさんの伴走で、どうにか年内で内容を脱稿出来ました。これから本としてまとめていく作業があります。どうにか来年の6月までには本として出版できたらと思っています。
自分の中にある全てを書き記すことが出来ました。これ以上は今の僕にはどこを叩いても言葉は出てこないという程に書き続けてきました。種は植えたので、どうにか成長するよう祈るばかりです。編集のYさんと、校正のMさんにはまだ苦労をかけそうです。
7. 新たな研究をはじめた
以前から仲良くさせてもらっている、医師の佐藤先生と研究をはじめました。今の職場になって最初の研究です。やはり臨床研究は開業医では難しいので得意としている遺族調査をしようとアンケートを夏から作成しました。
経験的に癌患者の方々は、十分な食事の指導を受けていないのではないかというのが臨床疑問です。来年1月以降発送作業をしたいと準備をしています。どんな結果になるのか楽しみです。また佐藤先生とは今年も、神戸女学院大学で夏休みに医療コミュニケーションの講座で講師をしました。毎年学生の熱心さに感心します。来年もまた工夫を凝らして臨もうと思います。
また、神戸市医師会で今年一年間在宅医療懇談会という会に毎月参加しました。そこでも神戸市全ての医療機関を対象にアンケートを実施しました。この内容も自分で論文にまとめて投稿しています。来年には発表されると思います。どの先生方もかなり苦労をしながらそれでも自分の患者のために往診をしていることがよく分かりました。
8. 今までの研究を全て論文にした
社会保険神戸中央病院時代の最後の遺族調査を論文として書き上げて投稿しました。2年ほど心の余裕のなさを自分の言い訳にして、塩漬けにしていましたがやはり、成仏させなくてはと思い立ち、6月に学会発表し、8月に書き上げました。丁度本の執筆をしているときだったので、ホントやろうと思えば色んな事出来るなとつくづく自分でもパワーの源はどこに?という感じでした。
どうにか書き上げて、拙い英語も業者に直させて、投稿をはじめたのが10月、今までにいくつものジャーナルに落とされ12月現在、緩和ケア系のジャーナルに投稿中です。2010年に、ビギナーズラックで腫瘍系の世界的なジャーナルに論文が通りいい気になっていたので、どうしても高望みしてしまいました。やはり論文は読者のもの、一番関心が持たれるジャーナルに掲載されるのが常です。
それでも、研究テーマが世界的に共有されればちゃんと一流誌でも掲載される可能性はあります。自分の目の前にもきっと世界に繋がる悩みがあるはずです。これからも探し続けようと思います。
9. 大過なく一年が過ぎた
昨年は厄年、首が痛くなり動けないほどとなりましたが、接骨院の三宅先生のお陰で随分と良くなりました。今年も引き続き心身の状態を保つ主治医として、本当に一年支えて頂きました。ありがとうございました。高校以来もしかしたら始めてかもしれません、まっすぐの立ち姿勢になりました。いつも左肩が下がっていると人に言われ自分でも直せず諦めていました。これが僕だと開き直っていたのですが、最近鏡を見ると真っ直ぐに立てているではないですか!そして、以前よりも体の軸が良くなったのか、バイオリンを弾くのがとても楽になりました。無理をしなくても音が出るというか、思った音がきちんと出てくる感触がとても心地よいです。
12月の最後の治療のあと、三宅先生からは卒業と言われました。一旦治療は終わりました。ずっと続くものだとばかり思っていました。何だか治ってしまいとても残念なおかしな気分です。本当に不思議な治療です。自分の中から、何かがシューシューと音を立てて蒸発していくような感触があります。今年も一年お世話になりました。またバイオリンを弾いていれば、首か肩が痛くなるはずです。
また、家族も両親も大病なく無病息災過ごすことができました。神にも仏にも、犬にも猫にも感謝しています。
10. 自分の目指す方向が分からなくなってきた
今までは、緩和ケア、医師-患者関係、コミュニケーションを自分の中で模索し新たに開発することをライフワークと考えてやってきました。しかし、段々と自分の目指す方向が分からなくなってきました。それがなぜかと考えてみると、いつも何か対象があってその対象の欠点を探し、自分の価値を高めていると気がついたからです。例えば、緩和ケアが実践されない病院で、痛みを放置された患者に、適切に緩和ケアを提供し患者の痛みを治療する。そして患者の生活を取り戻す。さらに、どうしてその病院で緩和ケアが実践できないかを考えて、その病院で緩和ケアが実践できる仕組みを考える。こういう活動をずっとやってきたのです。
何か欠損した所を見つけ出し、その欠損を埋める。そこには、実は新たな概念の開発はなくまるで布教活動のようなものなのです。自分の言葉ではなく、自分が惚れ込んだ教義の言葉を広めるために自分の身を差し出しているのです。しかし、緩和ケア、医師-患者関係、コミュニケーションも宗教や信仰の対象ではありません。当然、壁にぶつかりアイデンティティを再構築する必要が出てくるのです。今年はその第一歩目でした。新たな道の尻尾くらいはつかめた気がします。まだ言葉にはなりそうにないのですが、まずは自分の捕まえた旧い言葉はまとめなくてはと思い、本の執筆に取り組んだのです。また来年以降模索しなくてはなりません。
今年もお付き合い頂きありがとうございました。皆さんにとって来年が良い年になりますように。

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