今どきの在宅医療 痰と吸引の問題
がんに限らずあらゆる疾患の終末期では、痰が問題となる。吸引器を調達することが在宅でも本当に多い。痰がつまること、喉がごろごろ鳴ることは、それだけで人の不安と恐怖を増幅する。
がん、呼吸不全(特に閉塞性肺疾患)、心不全の末期患者では、痰が増えると言うよりも、自分自身の唾液や、生理的な痰を嚥下することができず、結果として、咽頭部でごろごろと音を立ててしまう。このような亡くなる前、数日にみられる典型的な死前喘鳴と、神経難病や、脳卒中の後遺症では、普段から唾液や、気道の分泌が増えて結果として、長い間痰の吸引が必要となるもう一つの病態がある。この2つは臨床の研究で区別され対応が検討されてきた。前者の死前喘鳴には薬物療法が、後者の痰の増量には、吸引が適応される。
前者の死前喘鳴には、本文でも述べたように吸引はかえって患者の苦痛につながることがある。なぜなら、患者本人は意識が混濁していることがほとんどで、患者自身は自分の咽頭部がごろごろと音を立てていることを自覚していない。そして、咳をすることもなく、呼吸のリズムも変わらないことがほとんどである。つまり、咽頭部からの音が問題で、音を気にして「もしかしたら、息が詰まるのかも」、「もしかしたら、苦しいのかも」と案じているのは家族である。また、家族の訴えに対応するべく吸引をしてみても、思ったより唾液や痰はひけず、透明な分泌液が少量ひける程度ということも多い。分泌物は量が少ない方が大きな音を立てるのかもしれない。以前、私も若かりし頃、確実な吸引をするべく気管支鏡で声門近くを直接観察した経験がある。その時は、長時間しゃべった後に口の中にたまる、泡立った唾液が、声門を出たり入ったりしているのが見えた。
また死前喘鳴の治療としては、抗コリン薬を舌下投与、または皮下投与される報告が複数ある。抗コリン薬のうち、アトロピン、ブスコパン、ハイスコが研究されている。アトロピン、ブスコパン、ハイスコを比較してもほとんど効果には差がないと報告されており、また最近ではアトロピンの舌下投与とプラセボを比較してもほとんど効果には差がないとも報告されている。治療効果として観察されている研究も実は、死前喘鳴が時間の経過と共に自然軽快したのではないかとも言われている。
それでも、死前喘鳴には何らかの対応が必要となることも臨床的には多い。輸液を減らす、抗コリン薬を投与する、寝ているポジションを変える(頭を高くする)、家族に死前喘鳴とは何かを説明して不安を取り除くといった対応がある。抗コリン薬は、できるだけ痰を吸引してからでないと効果がないとも言われている。また、在宅や施設、病院であっても抗コリン薬のアンプルを用意して、その都度投与するのは、医療者の介在がなければまずできない。そのため、アトロピン点眼薬を舌下投与する工夫もある。アトロピンの点眼薬は眼科の検査のために使う薬剤である。眼球の中をよく観察するために瞳を大きくするために使う。点眼薬を口の中、舌の下に2-3滴投与するのである。これなら、本人でも家族でも使うことができる。難点は苦いことである。よく効くということもなく、時々きちんと効くときがあるという程度だが、何もないよりずっと良い。
とにかく死前喘鳴に闇雲に吸引することは、亡くなる前の患者さんを吸引でたたき起こし、苦しめることになる。現に今までも吸引する患者さん達はみんな苦しそうに顔をしかめて、ほとんどないはずの力で、管を除けようとする。患者さんに関わる医療者、介護職の方々は死前喘鳴はよく知っておいて欲しい。
亡くなる前の現象としての死前喘鳴ですが、僕は、「もうすぐ亡くなるんですよ」と患者さんが体で教えてくれていると思っている。
参考文献
1) Wildiers, H, Menten, J, Death rattle: prevalence, prevention and treatment., J Pain Symptom Manage, 23, 4, 2002
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