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2013年9月

2013年9月30日 (月)

今どきの在宅医療 痰と吸引の問題

Medium_94086662 がんに限らずあらゆる疾患の終末期では、痰が問題となる。吸引器を調達することが在宅でも本当に多い。痰がつまること、喉がごろごろ鳴ることは、それだけで人の不安と恐怖を増幅する。

がん、呼吸不全(特に閉塞性肺疾患)、心不全の末期患者では、痰が増えると言うよりも、自分自身の唾液や、生理的な痰を嚥下することができず、結果として、咽頭部でごろごろと音を立ててしまう。このような亡くなる前、数日にみられる典型的な死前喘鳴と、神経難病や、脳卒中の後遺症では、普段から唾液や、気道の分泌が増えて結果として、長い間痰の吸引が必要となるもう一つの病態がある。この2つは臨床の研究で区別され対応が検討されてきた。前者の死前喘鳴には薬物療法が、後者の痰の増量には、吸引が適応される。

前者の死前喘鳴には、本文でも述べたように吸引はかえって患者の苦痛につながることがある。なぜなら、患者本人は意識が混濁していることがほとんどで、患者自身は自分の咽頭部がごろごろと音を立てていることを自覚していない。そして、咳をすることもなく、呼吸のリズムも変わらないことがほとんどである。つまり、咽頭部からの音が問題で、音を気にして「もしかしたら、息が詰まるのかも」、「もしかしたら、苦しいのかも」と案じているのは家族である。また、家族の訴えに対応するべく吸引をしてみても、思ったより唾液や痰はひけず、透明な分泌液が少量ひける程度ということも多い。分泌物は量が少ない方が大きな音を立てるのかもしれない。以前、私も若かりし頃、確実な吸引をするべく気管支鏡で声門近くを直接観察した経験がある。その時は、長時間しゃべった後に口の中にたまる、泡立った唾液が、声門を出たり入ったりしているのが見えた。

また死前喘鳴の治療としては、抗コリン薬を舌下投与、または皮下投与される報告が複数ある。抗コリン薬のうち、アトロピン、ブスコパン、ハイスコが研究されている。アトロピン、ブスコパン、ハイスコを比較してもほとんど効果には差がないと報告されており、また最近ではアトロピンの舌下投与とプラセボを比較してもほとんど効果には差がないとも報告されている。治療効果として観察されている研究も実は、死前喘鳴が時間の経過と共に自然軽快したのではないかとも言われている。

それでも、死前喘鳴には何らかの対応が必要となることも臨床的には多い。輸液を減らす、抗コリン薬を投与する、寝ているポジションを変える(頭を高くする)、家族に死前喘鳴とは何かを説明して不安を取り除くといった対応がある。抗コリン薬は、できるだけ痰を吸引してからでないと効果がないとも言われている。また、在宅や施設、病院であっても抗コリン薬のアンプルを用意して、その都度投与するのは、医療者の介在がなければまずできない。そのため、アトロピン点眼薬を舌下投与する工夫もある。アトロピンの点眼薬は眼科の検査のために使う薬剤である。眼球の中をよく観察するために瞳を大きくするために使う。点眼薬を口の中、舌の下に2-3滴投与するのである。これなら、本人でも家族でも使うことができる。難点は苦いことである。よく効くということもなく、時々きちんと効くときがあるという程度だが、何もないよりずっと良い。

とにかく死前喘鳴に闇雲に吸引することは、亡くなる前の患者さんを吸引でたたき起こし、苦しめることになる。現に今までも吸引する患者さん達はみんな苦しそうに顔をしかめて、ほとんどないはずの力で、管を除けようとする。患者さんに関わる医療者、介護職の方々は死前喘鳴はよく知っておいて欲しい。

亡くなる前の現象としての死前喘鳴ですが、僕は、「もうすぐ亡くなるんですよ」と患者さんが体で教えてくれていると思っている。

参考文献

1) Wildiers, H, Menten, J, Death rattle: prevalence, prevention and treatment., J Pain Symptom Manage, 23, 4, 2002

2) Wildiers, H, Dhaenekint, C, Demeulenaere, P, Clement, PM, Desmet, M, Van Nuffelen, R, Gielen, J, Van Droogenbroeck, E, Geurs, F, Lobelle, JP, Menten, J, Flemish Federation of Palliative Care, Atropine, hyoscine butylbromide, or scopolamine are equally effective for the treatment of death rattle in terminal care., J Pain Symptom Manage, 38, 1, 2009
3) Shinjo, T, Okada, M, Atropine eyedrops for death rattle in a terminal cancer patient., J Palliat Med, 16, 2, 2013
4) Heisler, M, Hamilton, G, Abbott, A, Chengalaram, A, Koceja, T, Gerkin, R, Randomized double-blind trial of sublingual atropine vs. placebo for the management of death rattle., J Pain Symptom Manage, 45, 1, 2013

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2013年9月16日 (月)

看取りのケアをさらに洗練するにはどうすればよいのか?

看取りのケアをさらに洗練するにはどうすればよいのか?

看護師C 「私たちの病棟では、いつも看取りがあるわけではない。ホスピスとはちがうこの一般病棟でどうしたら看取りのケアをよいものにできるのか。」

看護師D 「普段やっている看取りのケアに、見落としがあるんじゃないかと自信が持てないんです。」

 

看取りのケアをより洗練する目的に、統合されたケアを多職種で行うための、看取りのパスが開発され、改良されている。[26]このような試みとして、the National End of Life Care Programme[27], Gold Standards Framework in Care Homes[28]、 the Liverpool CarePathway (LCP)[8]がある。このような、看取りのパスを使用することで、実際に患者の苦痛が緩和され、QOLが高まるかが実証された質の高い研究はまだない。[26]しかし看取りのパスが患者のケアにとって有害であるという報告もなく、引き続き看取りのパスを開発、改良し、臨床現場で使用し、厳密な方法で今後比較試験を行うことが望ましい。また看取りを日常的に行っている、ホスピス・緩和ケア病棟でのケアが、一般病棟でももれなく実践できるようにという観点からも、看取りのパスは有用である。

 

さいごに

看取りのケアを実践するにあたっては、まず全ての患者に対して行うべき標準的な対応がある。この標準的な対応は、アドバンスドケアプランニング、予後予測、症状緩和、家族へのコーチング、死亡確認、死後のケアである。標準的な対応をまず医療者は習熟すべきである。

 

ところが、人を看取ることは、本来個別性の高いケアであるということも医療者は気がついている。またこの個別性の高いケアを提供したいと、本質的に献身的な心を持つ医療者は考えている。そして、個別性の高い「あなたのためだけの」ケアを通じて、 医療者とそれぞれの患者、家族との心の交流が始まる。 そしてケアと治療を通じて医療者は気がつく。悲嘆の色濃い患者の看取りと死別が喪失だけではなく、患者、家族と医療者の間に、新しい人間関係、信頼、感動を創造する体験があることを。この創造こそが、医療者が看取りのケアをさらに発展させる原動力となる。

 

患者、家族、医療者役割は違っても、いずれ等しく看取りは訪れる。医療者の役割を果たした医師や看護師も、いずれは家族の役割を体験し愛する家族を看取り、そして、自分自身がいずれかの生命を脅かす疾患に罹患し患者となる。そして、次の世代の、志のある医療者からケアを受け、自分自身の死に向かう。その時のために、今後も看取りのケアが進歩し発展することは、役割の連鎖の中で、医療を超えた死を扱う重要な課題なのである。

引用文献

1. 厚生労働省 : 平成21年 人口動態統計の年間推計 [http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suikei09/index.html]

2. Yamagishi A, Morita T, Miyashita M, et al. Palliative care inJapan: current status and a nationwide challenge to improve palliative care bythe Cancer Control Act and the Outreach Palliative Care Trial of IntegratedRegional Model (OPTIM) study. Am J Hosp Palliat Care. 2008 25(5):412-418.

3. Maltoni M, Opioids, pain, and fear. Ann Oncol, 19(1), 5-7, 2008

4. Volandes AE, Paasche-Orlow MK, Barry MJ, et al. Video decision support tool for advance care planning in dementia: randomised controlled trial. BMJ. 2009 338:b2159.

5. El-Jawahri A, Podgurski LM, Eichler AF, et al. Use of video to facilitate end-of-life

discussions with patients with cancer: a randomized controlled trial. J Clin

Oncol. 2010 28(2):305-10.

6. Stone PC, Lund S, Predicting prognosis in patients with advanced cancer. Ann Oncol 2007,18(6):971-976.

7. Hagerty RG, Butow PN, Ellis PM, et al. Communicating prognosis in cancer care: a systematic review of the literature. Ann Oncol 2005 16(7):1005-1053.

8. Ellershaw J, Ward C, Care of the dying patient: the last hours or days of life., BMJ 2003 326(7379):30-34

9. Morita T, Ichiki T, Tsunoda J, et al. A prospective study on the dying process in terminally ill cancer patients., Am J Hosp Palliat Care 1998 15(4):217-222.

10. Shinjo T, Okada M. Palmar petechiae (black spots on palms) in terminally ill patients with cancer: a sign of impending death. J Palliat Med. 2010;13(5):615-618.

11. Shinjo T, Morita T, Hirai K, et al. Care for imminently dying cancer patients: family members' experiences and recommendations. J Clin Oncol. 2010 Jan 1;28(1):142-148.

12. Hallenbeck J. Palliative care in the final days of life: "they were expecting it at any time". JAMA. 2005 May 11;293(18):2265-2271.

13.The Study to Understand Prognoses and Preferences for Outcomes and Risks of Treatments (SUPPORT). A controlled trial to improve care for seriously ill hospitalized patients. JAMA. 1995;274:1591-1598.

14. Lichter I, Hunt E. The last 48 hours of life. J Palliat Care. 1990;6:7-15.

15. Ellershaw J, Smith C, Overill S, et al. Care of the dying: setting standards for symptom control in the last 48 hours of life. J Pain SymptomManage. 2001;21:12-17.

16. 新城 拓也,岡田 雅邦. がん患者における終末期までの,フェンタニル貼付剤の効果と有効性の検討. ペインクリニック 2007, 28 号:3 頁:385-390

17. Herr K, Bjoro K, Decker S. Tools for assessment of pain in nonverbal olderadults with dementia: a state-of-the-science review. J Pain Symptom Manage. 2006 Feb;31(2):170-192.

18. Breitbart W, Strout D. Delirium in the terminally ill. Clin Geriatr Med. 2000;16:357-372.

19.  Morita T, Akechi T, Ikenaga M, et al. Terminal delirium: recommendations from bereaved families' experiences. J Pain Symptom Manage. 2007 ;34(6):579-589.

20. Bruera E, Bush SH, Willey J, et al. Impact of delirium and recall on the level of distress in patients with advanced cancer and their family caregivers. Cancer. 2009 1;115(9):2004-2012.

21. Wee B, Hillier R. Interventions for noisy breathing in patients near to death. Cochrane Database Syst Rev 1, CD005177, 2008.

22. Wee B, Coleman P, Hillier R, et al. The sound of death rattle II: how do relatives interpret the sound?. Palliative Medicine 2006,20:177–81.

23.Marchand L, Kushner K. Death pronouncements: using the teachable momentin end-of-life care residency training. J Palliat Med. 2004;7:80-84.

24. 吉利 和. 診断学総論. 内科診断学 改訂7版. 吉利 和編. 金芳堂,京都,1993; 14-16.

25.Shinjo T, Morita T, Miyashita M, et al. Care for the bodies of deceased cancer inpatients in Japanese palliative care units. J Palliat Med. 2010 Jan;13(1):27-31.

26. Chan R,Webster J. End-of-life care pathways for improving outcomes in caring for the dying. Cochrane Database of SystematicReviews 2010, Issue 1. Art. No.: CD008006.

27. Department of Health. End of life care strategy: promoting high quality care for all adults at the end of life. London: Department ofHealth, 2008.

28. Badger F, Thomas K, Clifford C. Raising standards for elderly people dying in care homes. European Journal of Palliative Care 2007;14(6):238–41.

29. Furst CJ, Doyle D: The terminal phase. in Doyle D, Hanks G, Cherny N, Calman K, (ed): Oxford textbook of palliative medicine. 3rd ed. New York, Oxford University Press, 2004, pp 1119-1133.

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亡くなった後のケアはどうすればよいのか? (いわゆるエンゼルケア)

亡くなった後のケアはどうすればよいのか? (いわゆるエンゼルケア)

 

家族H 「亡くなった後、看護師さんたちが妻を一生懸命に綺麗にしてくれました。また上手にお化粧して下さったことがとてもうれしく思いました。」

看護師B 「亡くなった後のケア、エンゼルケアはとても大事なケアです。時にはご家族の一緒にすることで、新たな関係ができます。」

 

亡くなった後のケアは、宗教や文化の配慮が必要である。[12]日本で行われている、エンゼルケアは世界的にはやや特異的なケアで、看取りのケアの一部として医療者特に看護師の役割は大きい。[25]エンゼルケアは、宗教の影響よりも日本の習俗の影響を受けており、[25]地域によってもケアの方法は異なる。また「化粧や服など、生前の患者らしい姿に整えることに配慮していた」、「体をきれいにしたり着替えの時も、生前と同じように患者に声をかけたり、大切な人として接していた」といった、死後の処置や接し方に配慮することが、家族にとって望ましい対応である。[11]

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看取りの時、医療者は何をしたらよいのか? (死亡確認)

看取りの時、医療者は何をしたらよいのか? (死亡確認)

 

家族G 「主人が息を引き取ったとき、少し前から看護師さんがいてくれました。そのお陰で主人に何が起こっているのか良く理解できました。」

看護師A 「人を看取るときに、どんな風に接したらよいのか、いつ医師を呼んだらよいのかわからないんです。」

医師B 「大学では、人を看取るときに何をしたらよいのか教わりませんでした。死亡診断書の書き方は教わりました。」

医師C 「悲しみに暮れている家族を前にして、自分が何をしたらよいのか分からないんです。」

 

看取りが訪れた時、医療者が何をしたらよいのか。どのように死亡確認を行うか実践な取り組みとして、研修医を対象としたロールプレイを含む研修の取り組みもあるが、[23]実際は、そのような臨床での実践的な教育はほとんどなく、またどのような医療者の行為が家族にとって望ましいかは、医師や看護師の間で伝承された技能であるともいえる。

 

まず、死亡確認は日本では医師法で医師の業務として定められており, 脳死判定を除く、一般的な死亡は慣習的な三徴候, すなわち「呼吸の不可逆的停止」「心臓の不可逆的停止」「瞳孔散大(対光反射の消失)」で判定している. [24] これらの死の定義は, 特定の法律で定められたものではない。慣習的に日本の病院では, 死亡の徴候として, 心電図の平坦化を確認することも多いが、 心電図の平坦化は死亡確認において, 必須な条件ではない。通常の死亡確認に特殊な検査は必要ないと主張からも,[12]心電図モニターが必要である根拠はない。 また, 患者の臨終に立ち会いたいと考えている家族全員が揃ってから, 患者の死亡確認を行うことが,遺族は望ましいと考えている。[11]

 

臨終の時の家族の望む医療者の対応として、「家族の労をねぎらう」、「家族全員が揃ってから死亡確認をする」、「家族が十分に悲嘆できる時間を確保する」ことがあげられ、さらに、「病室の外から医師や看護師の声が聞こえて、不快なことがあった」、「あわただしく退院をせかされるようだった」ことが望ましくない対応であることがわかった。[11]

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家族は看取りまでの過程を知っているのか? (家族に対するコーチング)

家族は看取りまでの過程を知っているのか? (家族に対するコーチング)

 

家族D 「がんの人を看病するのはこれが初めてです。亡くなる人の傍にいるのは初めての経験で全くわかりません。」

家族E 「こんなに眠ってばかりで。何かクスリを使っているのですか?」

家族F 「モルヒネを使ってくれたおかげで確かに痛みはとれました。でもこんな風に眠ってしまっては何のための治療か分かりません。」

家族H 「以前テレビで観たように、お別れの言葉を本人が話してくれてからふっと目をつぶり、亡くなるものだと思っていたんです。」

 

家族は、大切な人、患者の状態が刻々と変化するに従って、医療者の認識とは全く異なった意味づけをする。その異なった意味づけは、ケアや治療を提供する医療者に対する誤解を生む可能性もある。[12]家族に対するコーチングとは、看取りの時期の患者の変化を教えた上で、患者の看病の仕方を教え、指導することである。看取りの経験の少ない家族にとっては、「自然な亡くなり方」がどういうものなのか全く知らない。もしかすると看取りの経験の少ない医療者にとっても「自然な亡くなり方」がどういうものなのか詳細に理解できていない可能性もある。

説明にはパンフレット(図3)のような教育ツールを用いて、看取りの時期におこる患者の変化を、家族に教える必要がある。患者は1週間ぐらい前から徐々に意識が混濁し、眠る時間が長くなる。食事をすることが難しくなり、尿量が減少する。時には、せん妄(不穏)がおこり意味の分からない体の動きがある。また看取りの直前からは、死前喘鳴、下顎呼吸、四肢のチアノーゼといった身体の変化が始まる。このような具体的な変化について予め教えることが家族と医療者の誤解を少なくする。

図3

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また多くの家族は、「これから具体的に何が起こるのか」知りたいと考えていることがほとんどである。医療者が、亡くなることを診断したら、まず家族と話しあう機会を持ち「これから何が起こるか、具体的に知りたいですか」と尋ねて、家族が聞く準備があれば看取りまでの過程を説明する。日本の遺族調査でも、家族は、看取りの時期の患者に「これから起こることを具体的に知りたい」と考えていること、また「予測される具体的な説明なしに『いつどうなるかわからない』、『何があってもおかしくない』という説明だけうける」のは好ましくないと考えている。[11]

 

亡くなるまでの自然な過程を説明した上で、家族はどのように患者と接したらよいか、医療者から指導、すなわちコーチして欲しいと考えている。[11] 具体的なコーチングの方法とは、意識のない患者に、 手を握る、意識がないようにみえても患者は聞こえていると考えて声をかけることを教える、食事ができなくなった患者に綿棒や、氷片を活用して水を口にするやり方を教えることである。[11,12]また、家族の看病がうまくできていると医療者から声をかける事も大切である。

 

このように、亡くなるまでの過程を医療者が積極的に説明し、患者の付き添い方を説明しないとどのような誤解がおこるのであろうか。

 

例えば、ある患者の痛みにモルヒネが投与された後から、よく眠るようになったとする。医療者は、苦痛が緩和された結果眠っている。しかし眠っているのはモルヒネで眠っているのではなく、看取りの時期にあるから眠っていると考える。しかし、家族は十分な説明を受けていなければ、モルヒネが患者を眠らせているとしか考えない。その結果治療に不信や、後悔を感じる結果となりうる。

 

例えば、患者にせん妄が起こり夜に起きていたとする。医療者は終末期せん妄が発症し一日の時間が変調したと考える。つまり患者にとって、昼や夜と言った時間の区別はなく、患者自身の時間の流れで毎日を過ごすようになると理解する。しかし、家族は薬で患者の精神状態が悪化したとか、悩みすぎておかしくなってしまったとか、気が弱い正確のせいでおかしくなったとか、認知症になったと考える。また、ある家族は、「自分が十分な看病ができなくなったことで、患者が怒っている」と誤解しとても強い悲しみを感じてる。せん妄は医療者にも誤解が大きく、「気が弱いNさんが、がんの告知を受けたので、せん妄になった」とか、「うつ病になり無口になった」とせん妄を誤解している時もあることから、終末期せん妄に対する理解は、臨床的に非常に重要である。

 

例えば、徐々に食事ができなくなったとする。医療者は全身状態の衰弱によって食事ができなくなった、嚥下ができなくなったと考える。しかし、家族は元々のがんで亡くなるのではなく餓死してしまう。食べればもう一度元気になると考える。医療者の十分な説明がなければ、家族は過度な治療を要求する可能性もある。また医療者も何とか家族の誤解を打開し、事態を収拾しようとし、結果として死前におこる食欲低下に対して、不適切な量の輸液もしくは中心静脈栄養が開始される可能性もある。

 

例えば、死前喘鳴が起こったとする。医療者は亡くなる前の自然な現象で、症状というよりも亡くなる前の徴候であると考える。痰ではなく飲み込めない唾液や気道分泌物が音を立てていると考える。しかし、家族は痰で息が苦しくなっている、窒息しそうになっていると考える。死前喘鳴を初めて経験する家族は、呼吸の不自然さに心配や恐怖を感じていることため、医療者は、気道への分泌物の蓄積が原因と推測されること、亡くなる前にみられる現象で、本人は苦痛を感じていないであろうと適切な時期にすぐ説明することが重要である。[22]

 

このように、家族への説明、コーチングが不足することで起こる誤解は多い。誤解に対処しさらに、家族の力を強めることは、医療者の重要な役割である。

このような、まず家族への説明、コーチングを経て、初めて家族の悲嘆に対処する家族へのケアを始めることができる。

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痛み、苦しみは緩和できるのか? (症状緩和)

痛み、苦しみは緩和できるのか? (症状緩和)

家族C 「がんの最期はとっても苦しむって聞いています。それを聞いてから毎日が恐ろしく、不安なんです。」

患者B 「これから苦しむんだろ。今は大丈夫でもやっぱりこれから苦しむんだろ。」

 

過去の研究から、最後の3日間に中等度から強度の痛みが半数の患者が経験したことが遺族調査で分かっている。[13]しかし、自験例も含め、適切な緩和ケアを受けている患者には、ほとんど苦痛なく最期を迎えるとも報告されている。[14-16] 苦痛なく穏やかに亡くなることが、家族の求める看取りのケアである。[11]医療者は、症状の緩和に習熟する必要がある。

看取りの時期になってからよくみられる症状は、疼痛、呼吸困難、せん妄(不穏)、気道分泌過剰(死前喘鳴)である。[12]看取りの時期の患者の多くは、内服ができない状態であるため、薬物の投与は経静脈的か、持続皮下注射で行われる。静脈ルートの持続的な確保が困難な患者が難しい患者がほとんどであることから、海外でも日本でも小型の電池式携帯型シリンジポンプで持続皮下注射が行われる。[12]

 

疼痛や呼吸困難にはオピオイド、モルヒネが投与されることが多い。一方で、意識が低下しつつある患者の疼痛や苦痛をどのように医療者が評価するかという課題もあり、表情、仕草から苦痛を評価する方法が提案されている。[17]呼吸困難に対しては、酸素投与が行われることもある。しかし、看取りの時期の患者は、筋力低下、るいそうから、胸郭の呼吸運動が低下し、その結果として酸素飽和度が低下する。またこのような状況の患者は、呼吸困難を自覚し苦しんでいないことも多い。従って、酸素飽和度を上昇させる目的のみに酸素投与を行うことはすすめられない。

 

せん妄(不穏)は、終末期がん患者の85%とほとんどの患者でみられる。[18]本来、せん妄というのは、身体疾患が原因となる、精神状態の変化を指す。外科手術後や、集中治療室で状態の悪い患者が一過性の不穏状態となることが、臨床的には一般的である。そして、身体の状態が回復するにつれて、せん妄も回復する。(可逆)

しかし、がん患者が看取りの時期に体験する終末期せん妄は、がんの進行により発症するため、回復する見込みはほとんどない。[18]精神医学的にはせん妄と称されても、本来臨床現場でよく遭遇するせん妄とはまた異なる考え方が必要で、回復しないことを前提に治療や家族ケアを行う必要がある。[19]終末期せん妄には、興奮、幻覚が特徴的な、過活動型と眠っている時間が長い、意識の抑制された低活動型に区別される。臨床的にはその両者が時間と共にみられる混合型が多い。[20]そして、意識が抑制される、終末期せん妄とは亡くなる自然な過程の一部である。[19]よって、興奮が目立つ過活動型せん妄への対処が必要である。[19]

 

気道分泌過剰(死前喘鳴)は、「死が迫った患者において聞かれる、呼吸に伴う不快な音」で、唾液や気道に蓄積した分泌物によっておこる。「意識が低下して、自分自身の唾液が飲み込めない」ことが関連すると言われている。その診断と、治療が重要となる。[21]死前喘鳴を観察した医療者が知っているかどうかにより、患者の苦痛が反映される。医療者が死前喘鳴の存在を知らなければ、不用意に喀痰吸引をくり返す結果となる。そして、吸引は看取りの時期にある患者に最も強い苦痛を与える。治療としては、抗コリン薬である、ブスコパン®、ハイスコ®が投与される。

 

  看取りの時期には他にも様々な治療内容の変更が必要となる。(表3、表4)穏やかで苦痛がない看取りがケアと治療のゴールであることから、それまでに行ってきた治療、ケアの内容を見直す必要がある。

 

表3 看取りの時期にみられる主な症状[12]

・疼痛

・呼吸困難

・口渇

・せん妄(不穏)

・気道分泌過剰(死前喘鳴)


 

表4 看取りの時期に再検討する薬剤 [29](文献29より改変引用)

 

                     
   

必要だが

   

投与経路の 1)

   

変更を考慮する薬剤

   
   

以前は必要だったが

   

中止を検討する薬剤

   
   

すでに必要ではなく

   

中止が勧められる薬剤

   
 

鎮痛薬

 

制吐薬

 

鎮静薬(鎮静を目的とした薬剤,

 

もしくは睡眠の確保を目的とした薬剤)

 

抗不安薬

 
 

ステロイド剤 2)

 

ホルモン補充療法

 

血糖降下薬

 

利尿薬

 

抗不整脈薬

 

抗けいれん薬

 
 

降圧薬

 

抗うつ薬

 

下剤

 

抗潰瘍薬

 

抗凝固薬

 

長期投与の抗生物質

 

鉄剤

 

ビタミン剤

 

1)経口投与から,持続静注,持続皮下注射への変更など

2)ステロイド剤は徐々に減量すること。特に高用量のステロイド剤を脳浮腫に対して投与しているときには注意が必要である

 

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あとどのくらい生きられるか? (予後予測)

あとどのくらい生きられるか? (予後予測)

家族B 「あと妻はどのくらい生きられますか?本当は聞くのは怖いんですが、やっぱりこれから考えなくてはならないことがあります。どうか教えて下さい。」

患者A 「僕はあとどのくらい生きられますか?最期に家族に伝えなくてはならないことがあるんです。」

 

予後予測はケアや治療の内容、患者、家族への助言の根本となる重要な作業である。 予後予測に関する現在までの研究は主に、「どのように医療者は予後を予測するか」と、 [6]「どのように予後を患者と医療者は話しあうか」[7]という研究に大別される。しかし、看取りのケアで要求される予後予測とは、「いつから看取りを前提としたケアを始めるか」わかることで、特に最後の1週間が判断できることである。

リバプールケアパスウェイでも、「亡くなることを診断する」事の重要性が強調されている。[8]またその方法としては、特殊な検査を要する方法ではなく、身体所見や日常活動を参考にする。[9,10](表1,2)また予後は人によって差があることから、医療者は、家族に幅をもって説明した方がよい。[11,12](例: 「今までの経験では、この状態だと1-2週間です。でも人によってずいぶん時間には差があります。」)予後予測は、看取りに間に合いたい、立ち会いたいと考える家族にとっても非常に重要な情報で、医療者は患者の状態から判断して家族に助言を与えるべきである。[12] (例: 「今晩は病院にとどまっている方がよいと思います。」、「今週のうちに会いたい方に会わせてあげて下さい。」)

表1 亡くなることを診断する所見 [8]

 下記の2項目以上を満たし、かつ予後が1週間前後と予測される

・寝たきり状態

・半昏睡/意識低下

・ごく少量の水分しか口にできない

・錠剤の内服ができない

表2 亡くなる直前にあらわれる身体所見[9](文献9より改変引用)

 

                             
 

徴候

 
 

特徴

 
 

死亡前に徴候が現れた時間

 

 平均/中央値 (標準偏差)

 
 

死前喘鳴

 
 

咽頭部でごろごろと音を立てながら呼吸をすること。吸引しても痰や唾液が多くひけるとは限らず、かえって吸引が患者の苦痛を高める。

 
 

57 /23 時間前 (82)

 
 

下顎呼吸

 
 

呼吸と共に,下顎が動く呼吸の仕方。聴診では胸部から呼吸音がほとんど聴取されないことが多い。

 
 

7.6/2.5 時間前 (18)

 
 

四肢のチアノーゼ

 
 

四肢末端から,循環不全を示す色調の変化がみられること。

 
 

5.1/1.0 時間前 (11)

 
 

橈骨動脈の脈拍が触知できない

 
 

循環不全の結果,血圧が低下し,手関節部での脈を触知できなくなること。このような時でも頚部や鼠径部の脈拍を触知できることもある。

 
 

2.6/1.0 時間前 (4.2)

 


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看取りのケアの現状と課題 はじめに、ACP

はじめに

看取りのケアは海外では、end-of-life careとかterminal careと呼ばれ、緩和ケアの一分野である。 看取りのケアと緩和ケアのちがいは対象の患者の病期である。両者のちがいに明確な定義はないが、がん患者を例にすると、前者は特に死亡前1ヶ月程度から死亡までの患者で、後者は全ての病期の患者を対象としていると思われる。

 

現時点で日本の緩和ケアは、主にがん患者を対象として提供されており、海外のように心不全、腎不全、呼吸不全、神経難病といった慢性疾患の患者を対象とした緩和ケアはまだ十分な体制が整っているとはいえない。 また現在、日本ではがんによる死亡がもっとも多く、がん患者の病院での死亡が大多数である。[1,2] 従って本稿では、がん患者を対象とした、死亡前1ヶ月から死亡までの看取りのケアを様々な観点から検討する。

 

これからどう過ごすか? (アドバンスドケアプランニング、Advance care planning; ACP)

家族A 「今の主人の状態で、これからどこで過ごすのが一番よいのでしょうか。」

医師A 「ご主人は、これからどこで過ごしたいと考えていらっしゃいますか。」

 

がん患者の病院での看取りが多い背景には、抗がん治療(手術、化学療法、放射線療法)を主体として行ってきたがん医療の特徴が反映されている可能性が高い。ケアよりも治療を、症状よりも病態に注目してきた研究、教育、臨床の歴史の結果とも言える。[3]しかし近年の緩和ケアの普及で、患者自身が「これからどの様な治療を受けたいか」を考える援助を行う、アドバンスドケアプランニングの研究がいくつか行われている。[4,5]

 

最近の研究では、口頭での説明だけでなく、ビデオを活用して患者により分かりやすく、予め今後の治療内容を考えるきっかけを与える内容が紹介されている。心肺蘇生、機械式人工呼吸、症状緩和に関する内容が含まれている。日本での現状は、患者自身が正しい知識を教育され、心肺蘇生を行わないDo not resuscitate (DNR)オーダーを医療者に伝えることはそれほど多くはない。現実は、死亡の直前に家族とのみ話しあいDNRオーダーを確認することも多いのではないだろうか。また「がん患者に心肺蘇生はかわいそう」、「がん患者の心肺蘇生は無意味だ」という一方的な医療者の観念、死生観の押しつけも望ましくない。患者にとって必要な時期に、患者の心の準備を確かめながら、今後の治療や生活の相談を始める取り組みがもっと行われるべきである。日本においても、アドバンスドケアプランニングの充実を目的とした研究が望まれる。

 

またどこで生活したいか、暮らしていきたいか、最期を迎えたいかという療養場所に関する話し合いも重要である。療養場所は、在宅、療養施設、病院、ホスピス・緩和ケア病棟に大きく分類される。患者の居住する地域によって、療養の場所や受けられる医療の差がある現状だが、緩和ケアを普及することでより患者、家族の個別性と考えを重視し、看取りの場所が選択できるように国内でも研究が進行中である。[2]

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