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2013年8月11日 (日)

僕が医師として考えてきたこと 10.「人に対する驚きを持ち続けろ」

「人に対する驚きを持ち続けろ」

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医療の中でも特に緩和ケアに長く関わる上で、一番大切だと思う事は、やはり他者に対する好奇心である。私の尊敬する医師、看護師をはじめとする医療者は、「どういう人なのかな」「この人の好きなことは何なのかな」という無垢な好奇心がとても強い。「すべての人間は、生まれつき、知ることを欲する」(形而上学、アリストテレス)紀元前から伝わる人間の本質である。現在の医療の現場でもきちんとこの言葉は生き続けている。

緩和ケアに限らず相手の初期アセスメントはとても大切なことだが、あらゆる症状のスコアをつけていき、詳細な家族関係図を書き、住所、電話番号といったプロファイルをまとめていくことで、相手を知ろうとしてはならない。また、病名の理解や、予後の理解といった情報を収集することで緩和ケアの評価としてはならない。患者や家族は、医療者の評価を通じて自分が数値化された対象物であるかのような錯覚を覚えるからである。アセスメントを通じて、自分の中にある人への好奇心を開放し、例えある程度時間がかかったとしても相手との対話を心から楽しむ心がないと結局はよい治療関係を築けない。「こんな趣味があるのか」「こんな仕事もあるのか」「こんな家族の価値観もあるのか」と驚きを持ち続けるには、自分の心がとても平静である必要がある。話が横道にそれていったときに、相手の本音と人間的な魅力があふれ出してくる。

そして、人に対する驚きは、患者への慈愛につながり、本当の意味でのオープンクエスチョンとなる。患者に答えを限定させないコミュニケーションを通じて、医師は自分が相手に何を為すべきか、そして患者も自覚していないニーズを探索することが出来る。本当に困っている人達は、自分がどうしたいのかというニーズを考える余裕はない。病気と苦難を真正面から語り合っても、苦悩がかえって深くなる事も多々ある。相手を知ろうとする医師の好奇心は、患者にとっては希望の光になることもある。

「毎日繰り返されるルーティン・ワークと『驚き続ける快感』とを両立されることは意外に難しい」(驚きの介護民俗学、六車由美)という指摘通り、医師に限らずケアの提供者だけでなく、誰しも心的疲労が強くなると好奇心を失う。医師が、患者に対しての好奇心を失えば、次々に出会う患者を符号化された対象物として扱い、自分の職務をどうにか果たそうとする。患者一人一人の人間としての多彩な深みを知ろうとすることに疲労した医師は逃避しようとする。疲労した医師は、患者とも家族ともそして他の医療者とも接触を避けて、人間同士の会話、接触を避けるようになる。当然、患者や家族に対する驚きも完全に失ってしまう。

相手に好奇心を抱くこと、驚きを感じることが出来ることは、医師自身の心的状態のバロメーターになる。相手に驚くことが出来なくなったら、自分がバーンアウトしている可能性が高い。そして、自分自身の仕事に対する取り組みを真剣に考え直す必要がある。

病気よりも人が好きであれ、そして人に驚き続ける自分を整えよ。

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