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2013年7月21日 (日)

僕が医師として考えてきたこと 4. 「特別な一日を見逃すな」

「特別な一日を見逃すな」

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直感に関して思う別の話をする。経験的に、患者と医師の間、家族と医師の間には「特別な一日」が訪れることがあると以前から感じている。この日は何かいつもと違うことが起こる。例えば、それまで落ち着いていた患者の痛みが急に強くなったり、全く別の用件で対応している間に、患者が人生におけるとても大事な話を語り始めたり、たまたま廊下で出くわした家族から、患者の重大な問題点を告白されたりと不思議なタイミングで急に「特別な一日」は訪れる。

もしかしたら、全く別の用事で看護師から電話で呼び出されることがきっかけになるかもしれない。「特別な一日」は医師と患者、家族に心と心のつながりが生まれる大切な日になることが多い。その日を境に患者や家族は医師に心を開き、治療関係を超えた新たな人間関係が生まれることが多い。医師と患者が短い時間の付き合いであっても、「特別な一日」を共有すれば、時間が熟成するだけではできない別の信頼関係が生まれる。この信頼関係が、この先患者の人生を支えていく上で、大切な基礎となる。

医師が緩和ケアを患者、家族に対して提供している時期は、しばらくの間治療の成果が得られて、信頼関係を築けたとしても、以降は何かを喪失し続ける体験を共有しなくてはならない。治療を通じての信頼関係だけでは、この喪失体験を共に過ごしていくことはできない。喪失体験の中にも患者、家族を支え続ける何かを創造するには、この「特別な一日」の訪れを医師は見逃さないようにしなくてはならない。

「特別な一日」の訪れを見失わないようにするには、結局医師の直感しか頼りにならない。「何かいつもと違う感じ」、「今日はちゃんと対応しないといけない」、「いつもと違う対応が必要な予感」という小さなシグナルを感じ取り、行動に移さなくてはならない。今日は疲れているから明日にしよう、今日は午前中の回診で十分な時間対応したら、もし何かあればきっとまた連絡があるだろう、さっきの処置でしばらくは大丈夫だろうと「特別な一日」の訪れを見過ごす誘惑は多い。とはいえ、自分に対する全てのコールが、「特別な一日」とは限らない。
それでも、自分の直感が十全に働くような自分になれるよう、毎日自分のメンテナンスを行うことが医師には求められる。

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