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2013年7月13日 (土)

僕が医師として考えてきたこと 2.「自分の直感を高めよ」

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直感というのはなにも特別な能力のことではない。直感とは患者、家族を目の前にした時に、一瞬自分の心の中に湧き上がるまだ言葉にならない考えであったり、自分自身の行動を規範する職業的な能力のことである。職業的な能力としての直感とは、例えば古美術商が一見で本物と贋作を見分けることである。こうした直感が礎となった特殊な能力は、医師自身が培った経験を土壌として、公平な心境になったときに最も発揮される。とりわけ直感が発揮されるのは、救急の現場で非常に短時間で、患者の生死を分かつ可能性のある重大な決断を迫られたときである。


例えばこんな経験はないだろうか。呼吸器症状と発熱のために初めて受診したある患者に対して、診察をし終わったとき、何かいつもと違ういやな感じが心に浮かぶことがある。その理由というのはうまく説明できないが、何かがいつもと違うとしか自分も認識できない。毎日同じルートで散歩していると、道ばたに咲いた小さな花が目の端に入っても、何かがいつもと違うと瞬時に分かるそんな感じである。


いやな感じを確かめるために、普段はしないような詳しい検査をしても、はっきりと特定の疾患が診断できるような所見はなく、やっぱりその正体は分からない。この時に自分の直感を棄却して「検査でも異常はなかったし、自分の直感はたまたまだった」と思い、この患者を帰すか、「自分の直感は、何か危険を察知している。念のためこの患者は入院し経過を見守ろう」と思うかという決断はどう下すか。夜中の救急外来で、少しでも早く仕事を終えたい、次の患者が待っている、入院のベッドがほとんどなくなっているといった、直感の公平さを乱す様々な要素が立ちはだかる。それでもなお、自分の直感に従うことができるかには、とても冷静な心理状態が求められる。


そして、不思議な直感に私自身も何度も助けられてきた。なぜ入院させようと思ったのか結局はうまく説明できないが、そうした方がいいと心のどこかから聞こえてくる。看護師は「何の病名で?」「個室ですが?」など本質的ではない確認事を尋ねてくる。その度に、直感の弱い声は聞こえにくくなってくるが、頑固に自分の直感を信じて最初の方針を変えずに、患者を入院させる。次の日、状態を診察すると全く昨夜とは異なり、重大な病気のサインを呈し、専門的な治療が必要な状態と分かる。こういう事例は、後から検証すれば何が自分の直感を刺激したのかは必ず分かる。必ず分かるが事後的にしか分からない。臨床とはいつも不確定な未来を見通さなくてはならない。自分の直感だけが頼りになることは緩和ケアに関わらずとても多い。

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