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2013年6月29日 (土)

あなたの緩和ケアはどうしてうまくいかないのか 後編

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(文中に登場する患者は、モデルはありますがフィクションです)

今日も肝臓癌の男性で食欲のない方が、実は「麺類の食べ方」で悩んでいると分かりました。毎週往診するこの方は、医院まで通うことはできるかもしれませんが、交通の便が悪く、一人での移動は難しい様子です。同居しているお子さんはいらっしゃいますが、奥さんは随分前に亡くなっています。仕事に出かけるお子さんが出勤すると、家の中では昼間一人です。一人になるとマイペースに、自分で洗濯物を干したり、近くのホームセンターに買い物に行ったり、また自分で自分の身の回りのことをして、にこやかに暮らしています。身体の苦痛は食欲の軽い低下がありますが、何かしら薬を必要とする状況ではありません。その表情には抑うつはほとんどありません。化学療法も受けていません。恐らく、緩和ケアのニーズを探索する質問紙を作り、症状を中心に点数化しスクリーニングすると、緩和ケアの提供は非該当になるかもしれません。


いつものように、この1週間のよい話と悪い話をお聞きしました。よい話は自分だけで久しぶりに繁華街まで遠出した話でした。そして悪い話はありますかと聞くと何もないと答えました。「便もよく出るし、食べるものも少ないけど美味しく食べていますしねえ」と。次に「何か心配事はありますか」と聞いても、患者は「いや何も特に」と具体的な答えはありません。昨日診察した別の患者から聞いたことをこの方に話してみました。「あのね、似た病気の方から聞いたんですが、やはり夏になるとそうめんがとても美味しくて、食欲がないときにもつるつる食べれてとってもよいらしいですよ」と何気なく話してみました。するとこの患者は、実は以前小豆島に住んでいたことがあり、以降毎年時期が来るとそうめんを取り寄せているという話になりました。そして、こう話したのです。「昔治療をしてもらった先生が、『あなたはよく噛んでから飲み込まないとだめですよ』と言っていたんです。そう言われてから今まで、のどごしを楽しむことがなくなったんですよ。そうめんもそばも口の中でぐちゃぐちゃになるぐらい噛み続けています。そしてそれから飲み込むようにしているんです」そして、「こんな食べ方は美味しくないので、今年は全然そうめんを食べていないんですよ」と続きました。さらに、「だから、食べることは私にとっては『苦痛』なときもあるんです」


なるほど、消化管閉塞がない患者ですが、医者が何気なく心配りをしたその言葉が、いつまでも患者の心に留まり、あまり意味のあるとは言えない食習慣になってしまっているようです。これは助言した医者が悪いのではありません。医者は「お気を付けて = take care」の気持ちで声をかけたと思います。ある時医者から言われた一言と、その時の患者のもつ根拠のない不安が混ざり、一つの悪い玉のようなものになり心に留まり、今の患者の日常を支配し続けているのです。こういう呪いの悪い玉はすぐに取り除かなくてはいけません。

僕は、「いや、普通につるっと飲み込んで大丈夫です。僕が保証します。来週会うまでに一度そうめんのおいしさを思い出して下さい。僕もこの週末にはそうめんを食べてのどごしを楽しみます。来週は一緒に、そうめんが美味しかった、のどごしがよかったという話をしましょうね」と声をかけて、その家を後にしました。

これも苦痛の緩和ではないでしょうか。この患者はECOG Performance Status=1 (軽度の症状があり、肉体労働は制限を受けるが、歩行、軽労働、座業はできる)に相当し、再発期ですが苦痛症状はない、つまり今どきで言う、早期からの緩和ケアの対象者です。通院困難なので、往診してほしい、日中独居なので見守りもほしいと患者と家族のニーズは、在宅療養でした。緩和ケアを受けたいというニーズは彼らから語られませんでした。しかし、実際には僕は緩和ケアを中心に彼と向き合い、介入し続けています。

緩和ケアを中心に考えたとき、医療者も患者も緩和ケアのニーズはいつも事後的です。後から、ああ、あの時緩和ケアが必要だったのだと分かるのです。ホスピスや緩和ケアの紹介が早い、丁度いい、遅いという評価を遺族に尋ねる研究が数多くありますが、その多くは「遅い」という結果です。2)さらに、医療者であってもコントロールできない症状のある、予後の短い患者を緩和ケアに紹介し、その紹介理由は終末期の対応であることが分かっています。3)(図2)

そこから分かることは患者、家族さらには医療者のニーズに対応していたら、緩和ケアの提供は遅れるということです。

医療コミュニケーションと接遇のテクニックとしてのラストクエスチョン「何か心配事はありますか」と優しく問いかけることだけでは、僕が紹介した方のように緩和ケアは立ち上がってきません。無目的な対話、おしゃべりをしている中に、ふと助言できる心配事が浮かび上がってくる、そんな対話と雰囲気を作るアプローチが緩和ケアなのだろうと最近は思っています。緩和ケアと言う名詞がよくないのだと、日本でもアメリカでも言われ、どのような名詞がよいのかと検討した研究もあります。しかしながら、どのような名詞で呼ぼうとも、多くの患者は「緩和ケアという言葉は知っている」「今の自分に必要かどうかと聞かれれば必要ない」と考え、多くの医療者が「やはりなんだかんだ言っても、化学療法ができない状況、退院が難しい状況から緩和ケアに紹介する」と考えているのであれば、「緩和ケア」は今のまましばらくは、晩期からの緩和ケア( late palliative care)のままでしょう。


それでももしあなたが、早期からの緩和ケアを提供したいと本当に考えているのなら、結局の所、緩和ケアという看板を外して、患者と対面するきっかけを作る仕掛けを作らない限り、本当に必要な患者には緩和ケアは提供されないのだということに、あなたも気がついていると思います。

あなたの緩和ケアがうまくいかないのは、「緩和ケア」と看板を出すからです。


2) Morita, T, Akechi, T, Ikenaga, M, Kizawa, Y, Kohara, H, Mukaiyama, T, Nakaho, T, Nakashima, N, Shima, Y, Matsubara, T, Uchitomi, Y. Late referrals to specialized palliative care service in Japan. J Clin Oncol 2005;23(12):2637-44.

3) Wentlandt, K, Krzyzanowska, MK, Swami, N, Rodin, GM, Le, LW, Zimmermann, C. Referral practices of oncologists to specialized palliative care. J Clin Oncol 2013;30(35):4380-6.

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