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2013年6月

2013年6月29日 (土)

あなたの緩和ケアはどうしてうまくいかないのか 後編

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(文中に登場する患者は、モデルはありますがフィクションです)

今日も肝臓癌の男性で食欲のない方が、実は「麺類の食べ方」で悩んでいると分かりました。毎週往診するこの方は、医院まで通うことはできるかもしれませんが、交通の便が悪く、一人での移動は難しい様子です。同居しているお子さんはいらっしゃいますが、奥さんは随分前に亡くなっています。仕事に出かけるお子さんが出勤すると、家の中では昼間一人です。一人になるとマイペースに、自分で洗濯物を干したり、近くのホームセンターに買い物に行ったり、また自分で自分の身の回りのことをして、にこやかに暮らしています。身体の苦痛は食欲の軽い低下がありますが、何かしら薬を必要とする状況ではありません。その表情には抑うつはほとんどありません。化学療法も受けていません。恐らく、緩和ケアのニーズを探索する質問紙を作り、症状を中心に点数化しスクリーニングすると、緩和ケアの提供は非該当になるかもしれません。


いつものように、この1週間のよい話と悪い話をお聞きしました。よい話は自分だけで久しぶりに繁華街まで遠出した話でした。そして悪い話はありますかと聞くと何もないと答えました。「便もよく出るし、食べるものも少ないけど美味しく食べていますしねえ」と。次に「何か心配事はありますか」と聞いても、患者は「いや何も特に」と具体的な答えはありません。昨日診察した別の患者から聞いたことをこの方に話してみました。「あのね、似た病気の方から聞いたんですが、やはり夏になるとそうめんがとても美味しくて、食欲がないときにもつるつる食べれてとってもよいらしいですよ」と何気なく話してみました。するとこの患者は、実は以前小豆島に住んでいたことがあり、以降毎年時期が来るとそうめんを取り寄せているという話になりました。そして、こう話したのです。「昔治療をしてもらった先生が、『あなたはよく噛んでから飲み込まないとだめですよ』と言っていたんです。そう言われてから今まで、のどごしを楽しむことがなくなったんですよ。そうめんもそばも口の中でぐちゃぐちゃになるぐらい噛み続けています。そしてそれから飲み込むようにしているんです」そして、「こんな食べ方は美味しくないので、今年は全然そうめんを食べていないんですよ」と続きました。さらに、「だから、食べることは私にとっては『苦痛』なときもあるんです」


なるほど、消化管閉塞がない患者ですが、医者が何気なく心配りをしたその言葉が、いつまでも患者の心に留まり、あまり意味のあるとは言えない食習慣になってしまっているようです。これは助言した医者が悪いのではありません。医者は「お気を付けて = take care」の気持ちで声をかけたと思います。ある時医者から言われた一言と、その時の患者のもつ根拠のない不安が混ざり、一つの悪い玉のようなものになり心に留まり、今の患者の日常を支配し続けているのです。こういう呪いの悪い玉はすぐに取り除かなくてはいけません。

僕は、「いや、普通につるっと飲み込んで大丈夫です。僕が保証します。来週会うまでに一度そうめんのおいしさを思い出して下さい。僕もこの週末にはそうめんを食べてのどごしを楽しみます。来週は一緒に、そうめんが美味しかった、のどごしがよかったという話をしましょうね」と声をかけて、その家を後にしました。

これも苦痛の緩和ではないでしょうか。この患者はECOG Performance Status=1 (軽度の症状があり、肉体労働は制限を受けるが、歩行、軽労働、座業はできる)に相当し、再発期ですが苦痛症状はない、つまり今どきで言う、早期からの緩和ケアの対象者です。通院困難なので、往診してほしい、日中独居なので見守りもほしいと患者と家族のニーズは、在宅療養でした。緩和ケアを受けたいというニーズは彼らから語られませんでした。しかし、実際には僕は緩和ケアを中心に彼と向き合い、介入し続けています。

緩和ケアを中心に考えたとき、医療者も患者も緩和ケアのニーズはいつも事後的です。後から、ああ、あの時緩和ケアが必要だったのだと分かるのです。ホスピスや緩和ケアの紹介が早い、丁度いい、遅いという評価を遺族に尋ねる研究が数多くありますが、その多くは「遅い」という結果です。2)さらに、医療者であってもコントロールできない症状のある、予後の短い患者を緩和ケアに紹介し、その紹介理由は終末期の対応であることが分かっています。3)(図2)

そこから分かることは患者、家族さらには医療者のニーズに対応していたら、緩和ケアの提供は遅れるということです。

医療コミュニケーションと接遇のテクニックとしてのラストクエスチョン「何か心配事はありますか」と優しく問いかけることだけでは、僕が紹介した方のように緩和ケアは立ち上がってきません。無目的な対話、おしゃべりをしている中に、ふと助言できる心配事が浮かび上がってくる、そんな対話と雰囲気を作るアプローチが緩和ケアなのだろうと最近は思っています。緩和ケアと言う名詞がよくないのだと、日本でもアメリカでも言われ、どのような名詞がよいのかと検討した研究もあります。しかしながら、どのような名詞で呼ぼうとも、多くの患者は「緩和ケアという言葉は知っている」「今の自分に必要かどうかと聞かれれば必要ない」と考え、多くの医療者が「やはりなんだかんだ言っても、化学療法ができない状況、退院が難しい状況から緩和ケアに紹介する」と考えているのであれば、「緩和ケア」は今のまましばらくは、晩期からの緩和ケア( late palliative care)のままでしょう。


それでももしあなたが、早期からの緩和ケアを提供したいと本当に考えているのなら、結局の所、緩和ケアという看板を外して、患者と対面するきっかけを作る仕掛けを作らない限り、本当に必要な患者には緩和ケアは提供されないのだということに、あなたも気がついていると思います。

あなたの緩和ケアがうまくいかないのは、「緩和ケア」と看板を出すからです。


2) Morita, T, Akechi, T, Ikenaga, M, Kizawa, Y, Kohara, H, Mukaiyama, T, Nakaho, T, Nakashima, N, Shima, Y, Matsubara, T, Uchitomi, Y. Late referrals to specialized palliative care service in Japan. J Clin Oncol 2005;23(12):2637-44.

3) Wentlandt, K, Krzyzanowska, MK, Swami, N, Rodin, GM, Le, LW, Zimmermann, C. Referral practices of oncologists to specialized palliative care. J Clin Oncol 2013;30(35):4380-6.

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2013年6月28日 (金)

あなたの緩和ケアはどうしてうまくいかないのか 前編

20130628_181909緩和ケアって何をしてくれるところなの? 」

以前の病院に勤務していたときにも何度も患者から聞かれました。「緩和ケアって結局何なの?何をしてくれるところなの?」と。一言でうまく答えることもできない質問でしたが、何なのか、どう説明したらよいのか、ずっと考えを巡らせていました。また、「緩和ケアチームあります」の案内を病棟に貼っておいても、「あの、私この緩和ケアチームという方々の診察を一度受けてみたいのですが」と実際に尋ねてこられる方はいらっしゃいませんでした。昨年、ある患者会の勉強会で講義の時間を持ちました。その時にも結局緩和ケアを皆さんに伝えようと思っても、言葉はよどみうまく皆さんに伝えることができず、不十分な内容になってしまいました。

自分が10年以上も取り組んできた緩和ケアを、どうして自分の言葉で相手に伝えられないのか、最近はそのことをずっと考えていました。一体、緩和ケアって何なのでしょうか。

もちろん、Wikipediaのような説明や、WHOの声明のような「借り物の言葉」で説明することは僕にだってできます。例えば、「生命を脅かす疾患による問題に直面している患者およびその家族の、QOLを改善するアプローチである」とか、「疾病に伴う苦しみを和らげたりするものであり、痛みその他の身体的問題、 心理社会的問題、スピリチュアルな問題を早期に発見し、的確なアセスメントと治療を行う」といった緩和ケアの説明です。どなたの講義や、講演を聴いても思うのですが、こういう「借り物の言葉」で何かを語ると、まず聴衆は、一瞬で悟ります。この人は自分の身で体験したことを話しているのではなく、頭の表層で記憶したことを話していると。「借り物の言葉」で語るときの違和感はすぐに人に悟られるのです。話し手が自分は心から緩和ケアを理解しているつもりでも、話している言葉に身体がないことに人は敏感です。それは非専門職の患者、家族は医療職よりもより敏感であると僕は自分自身の経験から感じています。だから、自分の日常でも「緩和ケア」をうまく話せないのです。

お腹が痛いから内科、歯が痛いから歯科、怪我をしたので外科、足をくじいたので整形外科、かゆみがあるので皮膚科という患者のニーズに対応するやりかたでは、緩和ケアの提供はうまくいきません。緩和ケアの看板を外来にあげて、ただ患者が来るのを待っていても誰も来ません。それは緩和ケアが嫌われているからではありません。患者さんにとっては自分と緩和ケアの関係が分からないからです。そして、関係が分からないだけではなく、緩和ケアに対しては悪いイメージで捉えられ、「緩和ケアに紹介されるということは、自分がもう先が長くないということだ」「緩和ケアに通っている患者は自分とは違いもっと具合の悪い患者だ」と思っています。

そんな自分にとっての緩和ケアを探している最中に、最近のキーワード、早期からの緩和ケア(early palliative care)という言葉に出会いました。これは最近NEJMに掲載された論文でとても有名な言葉となりました。1) この論文では、肺癌の患者さんに定期的な緩和ケアを提供すると、QOLが向上し、うつが軽減される。無用な化学療法の中止ができそして、この論文の引用されるほとんどの記事が、この論文で判明した、緩和ケアを適切に受けると延命されるという結果でした。

僕は、繰り返し引用される生存曲線よりも、一番はっとしたのは、どういう実践を緩和ケアと呼んでいるかという事です。彼らの考えている緩和ケアとは何なのか、「借り物の言葉」ではない、臨床的な臨場感が、この論文の価値が世の中に広く認められる結果になったのだと悟りました。タイトルの「早期からの緩和ケア」を見たときには、ああまた新しい造語を作り自分たちの活動を誇張しているのかなと思いましたが、中味を読みまた実践の動画を見てはっとしました。

この論文の一番の肝は、定期的に一定時間外来でカウンセリングをすることだと思います。この研究では定期的にカウンセリングに来てもらう群と、用事があったら来てもらう群に分けているのです。そして、定期的にカウンセリングに来ていた群に、様々な面で良い効果があったという研究でした。この研究を見て最初にはっとしたのは、患者のニーズに関わらず、定期的に診察を予定することがまず緩和ケアを提供する上で重要なのだと思ったことでした。つまり、緩和ケアの提供を患者のニーズに委ねては、緩和ケアは提供できないということでした。緩和ケアの外来やチーム活動は「患者、家族にとってニーズがあってはじめて対応する」所にしないことが、緩和ケアのよい介入だいうことです。まるで緩和ケアの押し売りです。


最初の一歩は患者の意志であることには間違いありません。しかし、緩和ケアを紹介する側も、何か目的や患者の得られる益を患者に説明してから紹介しようとしても、よい緩和ケアの介入はできないかもしれません。今、僕のクリニックにも色んな方が紹介されてきます。皆さん、「家の近くにかかりつけの医者がいる方がいいって言われました」と話し半信半疑の顔をしていらっしゃいます。でも、この方法が一番よい紹介の仕方なのかもしれません。


(つづく)


1)Temel, JS, Greer, JA, Muzikansky, A, Gallagher, ER, Admane, S, Jackson, VA, Dahlin, CM, Blinderman, CD, Jacobsen, J, Pirl, WF, Billings, JA, Lynch, TJ. Early palliative care for patients with metastatic non-small-cell lung cancer. N Engl J Med 2010;363(8):733-42.)

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2013年6月27日 (木)

あなたの疑問をお寄せください

いつもお世話になっております。新城拓也です。

この度、とある出版社から本を作ろうと企画しております。
読者対象は若手の医師、看護師で、がん診療一般に関する疑問にQ and Aで答えていくという内容です。実際に臨床に取り組んでいらっしゃる方々の声を集めさせて頂きたいと思っております。

1. 「がんの患者さんに、『毎日どんなものを食べたらよいのでしょうか』と聞かれたとき、どんな風に答えたらよいでしょうか」
2. 痛みがあるのに、麻薬を使ってくれない患者にどう話しかけたらよいでしょうか。
3. 何度も息苦しくなり、どう対応してもおさまらない患者にどう対応したらよいでしょうか。
このようなイメージで、普段の疑問を教えて頂けると幸いです。「先輩医師に聞きたいこと」「医局とかでざっくばらんに相談するようなこと」という質問を是非ともお寄せ頂けると、大変ありがたいです。
それでは、何卒よろしくお願いいたします。コメント欄に匿名で書いて頂くか、実名をご希望なら是非私宛にメールをお寄せくださいませ。

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2013年6月 7日 (金)

ガイドラインに書けなかったこと その3 消化管閉塞 そして 食事

消化管閉塞

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ちなみにイラストは、緩和ケア研修やOPTIM studyの手伝いをした時に作成した、私の妹がフランスで描いたものです。このイラストを描くために毎晩Skypeで妹と打ち合わせて作成していました。リアルでもどこか安心できて、うそっぽくない。そんなイラストになるよう何度も何度も描き直しをしてもらいました。)

・ がん患者の消化管閉塞 最新の知見

消化管閉塞とはいわゆる、イレウス、腸閉塞のことで、がん、緩和ケア領域では悪性消化管閉塞 (malignant bowel obstruction) と称され臨床研究が数多く行われている[8]。悪性消化管閉塞が腹部膨満感を引き起こす原因としては、腸管内に腸液が大量に貯留している場合と、腫瘍の実質成分が増大し腹部に充満している場合がある(図1-3)。

腸液が貯留している場合には、コルチコステロイド、腸管運動改善薬(パンテノール、メトクロプラミド、ミソプロストール)の投与で腸管運動を回復させ、オクトレオチドの投与で腸液の再吸収を促す事で[9]、腹腔内の容積を減少させられるかもしれない。このような治療を実施する時は、消化管は完全閉塞していないことが前提で、腸管運動の増強で腹痛を伴う事があることに注意が必要である。

同時に便秘の治療に準じて、下剤の投与と温罨法、の非薬物療法を組み合わせることも有効である。 また、腹部膨満感を含む、消化器症状を体験する患者には、口渇が高頻度に合併する。腹部膨満感の原因となる悪性消化管閉塞、合併する食欲不振にコルチコステロイドが投与されると、口腔カンジダ症を合併することもある。 口腔ケアが必要な患者も多く、視診でのスクリーニングは日常必要である。

そして、実際に3-7日間腸管運動の回復を目標にケア、治療を実施しても、腹腔内の容積が減少せず腹部膨満感が続く場合、腫瘍が充満している場合には、治療の目標を変更し、腹部膨満感の症状緩和を目指す。経験的にオピオイドの少量投与や、リドカインやケタミンの持続投与が症状の緩和に有効な時があるが、臨床試験で実証された方法ではないため、個々の症例で適応を検討するほかない。現実には、薬物療法の効果が乏しく有効な症状緩和が得られないことも多々ある。

また、消化管閉塞がある患者が、どのような食事をしたらよいのか臨床の現場ではよく相談を受ける。食べ過ぎれば、かえって腹部膨満感が強くなり、時には、嘔気、嘔吐が悪化する。薬物療法や、処置、ケアで腹部膨満感が改善しても、症状緩和の効果を上回る食物、水分を摂取すれば、結局症状を悪化させる。また、味覚異常を伴うことも多く、家族の味覚と患者の味覚が大きく異なることもたびたびである。酢の味付けを好む患者を多く診てきた筆者の体験からも、味付けの工夫も取り入れながら、少量でも美味しく食べられるものを患者や家族と一緒に探していく事が、医療者には求められる姿勢である。また、過去に経験した患者の体験を医療者は記憶し、うまくいった工夫を、次に出会った同じような病態の患者に助言するのも、医療者の責務と確信している。同じ病態の患者同士が、現実に出会うことはほとんどない。お互いの工夫や思いを患者、家族が伝え会う機会がないことからも、医療者は積極的に、患者や家族の工夫、体験を聞き取っていくことが求められる。具体的には、空腹感がないときにはかえって食べない方がよい、水を大量に飲むよりも、氷片で口をさっぱりさせるほうがよい、かき氷やアイスクリームを食べると良い、サイダーやレモン水で口の渇き(口渇)を緩和する方法を取り入れるといった指導を行うと良い。

患者は「家族の作ってくれた食事を食べられない、期待に応えられない」という食欲不振の苦痛を、家族は「自分の作った食事で、患者を元気づけられない、どう食事を作ったら分からない」という料理を通じた看病の苦痛を同時に体験している[10]。患者、家族それぞれ個別の対応が求められる。

  消化管閉塞の部位が、胃、十二指腸の場合には、薬物療法の効果はほとんど期待できない。例えば、胃癌による幽門狭窄や、膵癌による十二指腸狭窄がある場合には、理学所見で、心窩部の膨満があるため診断しやすい。この場合は、経鼻胃管を挿入し、まず胃内容物のドレナージを実施した上で、今後の治療を検討する。

悪性消化管閉塞の治療においては、内視鏡によるステント留置術が近年さかんに行われている。狭窄部位が単一の場合には良い適応となる。食道癌による食道狭窄、胃癌による幽門狭窄、膵癌による十二指腸狭窄、大腸癌による大腸狭窄が主な適応である。消化管ステントは、術者の力量に適応、成否が依存する。また、ステント留置後も、造影検査では狭窄が改善されているにも関わらず、消化管の機能的運動低下が持続し、経口摂取困難が続く時や、嘔気、嘔吐、腹部膨満感が持続する場合もある。

人工肛門造設術、消化管バイパス術といった外科的治療も広く実施されている。しかし、予後が3ヶ月以上見込める患者が適応とおおむね考えられており[8]、また実際に術中癌性腹膜炎が診断され、試験開腹のみで手術を終えることも多い。術前に、画像所見で微少かつ広範な腹膜播種を診断することが困難であることもある。

現実と知識の乖離。その限界

がん患者の訴える腹部膨満感の原因が悪性消化管閉塞の場合、適切な薬物療法、処置を実施して劇的な症状緩和が得られても、ある時期がくると病状の悪化と共に症状が再燃することがほとんどである。したがって、医療者は治療やケアにはいつか限界が訪れることを念頭において対応することが肝要である。

また悪性消化管閉塞は、内科的にも外科的にも様々な対応があるため、臨床医それぞれの専門分野で治療方針に対立が生まれることも多い。例えば、「できるだけ腸管の動きを強めることで、消化管閉塞の解除を目的とする」として病態の改善を目標とすると、合併する疼痛に対して、腸管運動を抑制するからという理由で、オピオイドが投与されなかったり、腹部蠕動を刺激し疼痛や嘔吐の悪化を来したりする。反対に、「できるだけ腸管の動きを止めることで、疼痛の緩和を目的とする」という症状の緩和を目標とすると、合併する疼痛に対して、腸管運動をより強く抑制する目的にモルヒネの持続皮下注射が投与されたり、絶飲食が指示されたりする。このように、病態と症状に対する治療は反目しやすいのが、消化管閉塞の分野と言える。患者の病態、全身状態、病期、嗜好、専門家の見解、家族の意見を総合的に加味した上での治療立案が求められる。そして、今実施している治療でどの位の期間、症状が緩和されるのかという時間軸を予めもち、今の治療がうまくいかなくなったら、次にどのような治療方針を立てるかをいつも事前に検討しておく必要がある。

・ 腹部膨満感がある患者、家族への食事指導を超えて。

「身体(からだ)は賢い」

「どんなものでも、食べたいものを食べたらいいですよ」

こう患者や家族に話すと、(そうかもう行く末短いから何を食べても良いということか・・・)と邪推されることも多い。また家族も、「食べなければ力を失ってしまう、何とかして食べさせて元気になってほしい」と考えている。そして現実には、患者は家族の料理を食べることができず残してしまい、家族はどんな料理を作ったらよいのか悩み、すっかり落ち込んでしまう。

私は経験から、患者が食べたいと思うものが今の身体に必要で、うまく食べることができるものである、という臨床知を重視している。医療者や家族があれこれとその頭脳で計算した食べ物よりも、患者の身体の声に耳をすます事が肝要である。食べるべきもの、食べられるものはいつも患者が教えてくれる。

以上、腹部膨満感を来す3つの症状について述べた。患者の多くはこれらの症状の複数の問題を抱えることも多い。特にがん患者における、腹部膨満感の緩和はまだ発展途上の分野で、特に症状緩和の観点からの薬物療法、処置については今後の臨床研究がまだまだ必要である。

 

8) 日本緩和医療学会 緩和医療ガイドライン作成委員会、がん患者の消化器症状の緩和に関するガイドライン2011年版、金原出版、東京、2011

9) Shinjo T, Kagami R. Radiological imaging change in a malignant bowel

obstruction patient treated with octreotide. Support Care Cancer. 2009

Jun;17(6):753-5.

10) Strasser F, Binswanger J, Cerny T, Kesselring A. Fighting a losing battle:

eating-related distress of men with advanced cancer and their female partners. A mixed-methods study. Palliat Med. 2007 Mar;21(2):129-37.

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ガイドラインに書けなかったこと その2 がん患者の腹水

腹水

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・がん患者の腹水 最新の知見

腹部膨満感の原因となる腹水には主に、がん性腹膜炎に合併する腹水と、肝硬変に合併する腹水の2つがある。がん性腹膜炎に合併する腹水は、腹部の理学所見(触診、波動の有無の確認)に加えて、必ず腹部超音波での確認が必要である(図1-3)。腹囲が増大していても、腹膜播種による腫瘤が、無数に腸間膜や腹膜に増殖している場合があるからである(図1)。このような状況の時には、腹水の量は少なく、腹水に対する対処を行っても、腹部膨満感はほとんど改善しない。また卵巣癌の患者に発生する腹部の巨大腫瘤内に漿液成分を認めることもある(図3)。このような腫瘤の内溶液をドレナージすることは、出血の合併症があること、腫瘍の容積を減少させない可能性もあることから実施しない。

腹水に対する対処としては、利尿薬、腹水穿刺、腹腔静脈シャント、腹水濾過濃縮再静注法がある[5]。現在までに、腹水の治療の実施、無実施や、薬物同士の効果、腹水穿刺の方法を比較検討した臨床試験は皆無である。しかし、ほとんどの医師が臨床現場で腹水の処置を行っているのが現状である。 経験的には、肝硬変に合併した腹水には利尿薬(スピロノラクトン、フロセミド)、がん性腹膜炎に合併した腹水には腹水穿刺を実施することが多い。今までの臨床研究では、腹水穿刺を繰り返し実施する時の苦痛を軽減する目的で、カテーテル留置を実施した報告が多い[5]。腹腔静脈シャントは、状態の悪化した緩和ケア領域の患者では合併症のリスクから実施しにくい。また、腹水濾過濃縮再静注法については、日本以外の発表がほとんどなく、腹水穿刺を繰り返す方法と、QOL(quality of life)や生命予後、コストの観点から比較検討した研究がない。

臨床的に良く実施される腹水穿刺の時間や排液量には標準的な方法はなく、過去の報告では、30-90分から24時間持続排液まで幅があり、0.8-15L(平均 5.3L、中央値 4.9L)の腹水穿刺で症状は軽快している[5]。報告では、輸液、血液製剤の投与を実施しなくても、5L以下の腹水穿刺では合併症が発生しなかった[6]。腹水にカテーテル留置を実施した研究については表1にまとめた[7]。

また過剰な輸液は、腹水が増量する原因となり得るので、食欲が低下している場合にも、浮腫や腹水、胸水を合併する患者には、1日1000ml以下に輸液を制限する方がよい。

現実と知識の乖離。その限界

腹水に関しては、臨床の現場でも言い伝え (anecdotal story) が多い分野で、「腹水は抜けば抜くほど衰弱する。できるだけ抜かない方が良い」、「腹水の中にはタンパク質が多く含まれている。抜けば抜くほど身体の栄養がなくなる」、「腹水を繰り返し抜くと、早く亡くなる」という、経験者の偏よった観察から伝承されている臨床観が蔓延している。また、そのような言い伝えを裏付ける根拠も、反対に明確な指針を提唱できるほどの根拠もない。腹水に関する研究のほとんどは、「どのように腹水を除去すれば臨床的に効果的か」という観点からなされたものがほとんどで、患者のQOLや当事者の体験、実際の予後との関連を検証した臨床研究はほとんどない。「腹水がないと食事が摂れる」、「腹水がないと移動が楽になる」「痛みや呼吸困難が緩和した」というポジティブな体験と[7]、「(特に在宅医療の現場では)腹水を繰り返し抜くことは、手間が掛かる」という医療者の業務的な思惑と、前述の根拠のない言い伝えが、腹水を巡る問題を複雑にしている。

5) Becker G, Galandi D, Blum HE. Malignant ascites: systematic review and guideline for treatment. Eur J Cancer. 2006 Mar;42(5):589-97.

6) Stephenson J, Gilbert J. The development of clinical guidelines on paracentesis for ascites related to malignancy. Palliat Med. 2002 May;16(3):213-8.

7) Day R, Mitchell T, Keen A, Perkins P. The experiences of patients with ascites

secondary to cancer: A qualitative study. Palliat Med. 2013 Apr 4. [Online first]

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ガイドラインに書けなかったこと その1 がん患者の便秘

まえがき

某所に書いた腹部膨満感についての原稿を、3つに分けてお知らせします。いつも書きますが、こうして検索可能で無料の状態で保管しないと、結局僕の小さな頭で考えたことも、誰の役にも立たなくなってしまいます。僕の原稿は人の受け売りです。つまり多くの人達の意志の集合です。僕の名前や、原稿を読んで欲しいから広めたり、オープンアクセスにするのではありません。僕自身からの誰かに対するメッセージと贈与で、また過去の研究者への敬意なんです。
2011年に緩和医療学会から「がん患者の消化器症状に緩和に関するガイドライン」を多くの信頼できる同僚とまとめました。過去の研究の知見から、提言できることをまとめましたが、経験と私見からの内容は当然エビデンスベースドのガイドラインなので省略しました。でも実際は経験から考えていることの方が、ずっと役に立つ時もあります。また2010年以降の研究の成果もある程度まとまり、その内容も書きました。
ちなみにイラストは、緩和ケア研修OPTIM studyの手伝いをした時に作成した、私の妹がフランスで描いたものです。このイラストを描くために毎晩Skypeで妹と打ち合わせて作成していました。リアルでもどこか安心できて、うそっぽくない。そんなイラストになるよう何度も何度も描き直しをしてもらいました。そんな家内工業の成果です。
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ガイドラインに書けなかったこと

腹部膨満感は、「お腹の張った感じ」「お腹がふくれた感じ」という自覚的な訴えの症状である。他覚的にも腹囲が増大した状態であることがほとんどである。緩和ケアの臨床現場ではよく遭遇する症状であるにも関わらず、主要な症状としての系統的な記述がほとんどない。

腹部膨満感は、がん患者に多く、悪心・嘔吐、呼吸困難を合併しやすく[1]、その原因として主に便秘、腹水、消化管閉塞がある。それぞれの原因に応じた対処と、現実と知見とのギャップ、限界について述べる。

便秘

・がん患者の便秘 最新の知見

がん患者に限らず、様々な疾患において便秘は合併しやすく、ほとんどの患者が下剤を併用しており、半数以上は2剤以上の併用である[2]。便秘は、腹痛、腹部膨満感、食欲不振、悪心、嘔吐とさらに別の症状の引き金となりうる。

緩和ケア領域において、便秘にどう対処するかは、通常の消化器疾患のアプローチとは相違点が多く[2]、病歴、理学所見(腹部触診、直腸診)は重要だが、腹部レントゲン所見と便秘の自覚的な重症度が全く相関しないこと[3]、併用する薬剤の影響を強く受けること[4]が指摘されている。腹部レントゲンでは、便秘の重症度の判定よりも、消化管閉塞との鑑別を主目的とする。

特にがん患者では、癌性疼痛に処方されるオピオイドの投与量が多いほど便秘も強く、また抗コリン作用のある薬も便秘と関連している[4]。

便秘の治療として、腸管運動が低下している場合には刺激性下剤を、便の水分がなく固い場合には、浸透圧下剤が投与される。薬物療法の指針には、緩和ケアが必要な患者に特異的な指針についてほとんど言及されていない。長期臥床で、排便に十分な腹圧がなく、トイレへの移動も困難な患者にとっては、薬物療法だけでは排便は得られないことも度々である。浣腸や摘便といった経肛門的な処置が必要となる。衰弱した患者にとっては、便秘に対する処置が最も侵襲的になりかねないため、腹部のマッサージや温罨といった非薬物療法も組み合わせていく必要がある。

・現実と知識の乖離。その限界

原疾患に関わらず、患者が衰弱する過程において、寝たきりになり、食事を徐々に食べなくなることは自然なことである。このような自然な姿で亡くなりゆく過程の中で、便秘の治療をいつまで、どのように実施するかは、医学的な観点からも看護的な観点からも明確な指針は提唱されていない。衰弱した患者に実施する便秘の治療が、患者の体験できるどのような生活の質(QOL)の改善に寄与できるのかを科学的に検証した研究はほとんどない。

衰弱した患者にとって、便秘薬を内服し続けること、経肛門的な処置を日常的に受け続けることを、当事者のQOLの観点から評価し続けることが現時点での最善な対応と考えられる。亡くなるまで便を出し続けることを目的化し、ケアの質や患者のQOL低下に単純に置き換えてはならない。

1) Tsai JS, Wu CH, Chiu TY, Chen CY. Significance of symptom clustering in palliative care of advanced cancer patients. J Pain Symptom Manage. 2010 Apr;39(4):655-62.

2) Clark K, Currow DC. Assessing constipation in palliative care within a gastroenterology framework. Palliat Med. 2012 Sep;26(6):834-41.

3)  Nagaviroj K, Yong WC, Fassbender K, Zhu G, Oneschuk D. Comparison of theConstipation Assessment Scale and plain abdominal radiography in the assessment of constipation in advanced cancer patients. J Pain Symptom Manage. 2011 Aug;42(2):222-8.

4) Clark K, Lam LT, Agar M, Chye R, Currow DC. The impact of opioids, anticholinergic medications and disease progression on the prescription of laxatives in hospitalized palliative care patients: a retrospective analysis. Palliat Med. 2010 Jun;24(4):410-8.

 

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