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2013年6月 7日 (金)

ガイドラインに書けなかったこと その3 消化管閉塞 そして 食事

消化管閉塞

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ちなみにイラストは、緩和ケア研修やOPTIM studyの手伝いをした時に作成した、私の妹がフランスで描いたものです。このイラストを描くために毎晩Skypeで妹と打ち合わせて作成していました。リアルでもどこか安心できて、うそっぽくない。そんなイラストになるよう何度も何度も描き直しをしてもらいました。)

・ がん患者の消化管閉塞 最新の知見

消化管閉塞とはいわゆる、イレウス、腸閉塞のことで、がん、緩和ケア領域では悪性消化管閉塞 (malignant bowel obstruction) と称され臨床研究が数多く行われている[8]。悪性消化管閉塞が腹部膨満感を引き起こす原因としては、腸管内に腸液が大量に貯留している場合と、腫瘍の実質成分が増大し腹部に充満している場合がある(図1-3)。

腸液が貯留している場合には、コルチコステロイド、腸管運動改善薬(パンテノール、メトクロプラミド、ミソプロストール)の投与で腸管運動を回復させ、オクトレオチドの投与で腸液の再吸収を促す事で[9]、腹腔内の容積を減少させられるかもしれない。このような治療を実施する時は、消化管は完全閉塞していないことが前提で、腸管運動の増強で腹痛を伴う事があることに注意が必要である。

同時に便秘の治療に準じて、下剤の投与と温罨法、の非薬物療法を組み合わせることも有効である。 また、腹部膨満感を含む、消化器症状を体験する患者には、口渇が高頻度に合併する。腹部膨満感の原因となる悪性消化管閉塞、合併する食欲不振にコルチコステロイドが投与されると、口腔カンジダ症を合併することもある。 口腔ケアが必要な患者も多く、視診でのスクリーニングは日常必要である。

そして、実際に3-7日間腸管運動の回復を目標にケア、治療を実施しても、腹腔内の容積が減少せず腹部膨満感が続く場合、腫瘍が充満している場合には、治療の目標を変更し、腹部膨満感の症状緩和を目指す。経験的にオピオイドの少量投与や、リドカインやケタミンの持続投与が症状の緩和に有効な時があるが、臨床試験で実証された方法ではないため、個々の症例で適応を検討するほかない。現実には、薬物療法の効果が乏しく有効な症状緩和が得られないことも多々ある。

また、消化管閉塞がある患者が、どのような食事をしたらよいのか臨床の現場ではよく相談を受ける。食べ過ぎれば、かえって腹部膨満感が強くなり、時には、嘔気、嘔吐が悪化する。薬物療法や、処置、ケアで腹部膨満感が改善しても、症状緩和の効果を上回る食物、水分を摂取すれば、結局症状を悪化させる。また、味覚異常を伴うことも多く、家族の味覚と患者の味覚が大きく異なることもたびたびである。酢の味付けを好む患者を多く診てきた筆者の体験からも、味付けの工夫も取り入れながら、少量でも美味しく食べられるものを患者や家族と一緒に探していく事が、医療者には求められる姿勢である。また、過去に経験した患者の体験を医療者は記憶し、うまくいった工夫を、次に出会った同じような病態の患者に助言するのも、医療者の責務と確信している。同じ病態の患者同士が、現実に出会うことはほとんどない。お互いの工夫や思いを患者、家族が伝え会う機会がないことからも、医療者は積極的に、患者や家族の工夫、体験を聞き取っていくことが求められる。具体的には、空腹感がないときにはかえって食べない方がよい、水を大量に飲むよりも、氷片で口をさっぱりさせるほうがよい、かき氷やアイスクリームを食べると良い、サイダーやレモン水で口の渇き(口渇)を緩和する方法を取り入れるといった指導を行うと良い。

患者は「家族の作ってくれた食事を食べられない、期待に応えられない」という食欲不振の苦痛を、家族は「自分の作った食事で、患者を元気づけられない、どう食事を作ったら分からない」という料理を通じた看病の苦痛を同時に体験している[10]。患者、家族それぞれ個別の対応が求められる。

  消化管閉塞の部位が、胃、十二指腸の場合には、薬物療法の効果はほとんど期待できない。例えば、胃癌による幽門狭窄や、膵癌による十二指腸狭窄がある場合には、理学所見で、心窩部の膨満があるため診断しやすい。この場合は、経鼻胃管を挿入し、まず胃内容物のドレナージを実施した上で、今後の治療を検討する。

悪性消化管閉塞の治療においては、内視鏡によるステント留置術が近年さかんに行われている。狭窄部位が単一の場合には良い適応となる。食道癌による食道狭窄、胃癌による幽門狭窄、膵癌による十二指腸狭窄、大腸癌による大腸狭窄が主な適応である。消化管ステントは、術者の力量に適応、成否が依存する。また、ステント留置後も、造影検査では狭窄が改善されているにも関わらず、消化管の機能的運動低下が持続し、経口摂取困難が続く時や、嘔気、嘔吐、腹部膨満感が持続する場合もある。

人工肛門造設術、消化管バイパス術といった外科的治療も広く実施されている。しかし、予後が3ヶ月以上見込める患者が適応とおおむね考えられており[8]、また実際に術中癌性腹膜炎が診断され、試験開腹のみで手術を終えることも多い。術前に、画像所見で微少かつ広範な腹膜播種を診断することが困難であることもある。

現実と知識の乖離。その限界

がん患者の訴える腹部膨満感の原因が悪性消化管閉塞の場合、適切な薬物療法、処置を実施して劇的な症状緩和が得られても、ある時期がくると病状の悪化と共に症状が再燃することがほとんどである。したがって、医療者は治療やケアにはいつか限界が訪れることを念頭において対応することが肝要である。

また悪性消化管閉塞は、内科的にも外科的にも様々な対応があるため、臨床医それぞれの専門分野で治療方針に対立が生まれることも多い。例えば、「できるだけ腸管の動きを強めることで、消化管閉塞の解除を目的とする」として病態の改善を目標とすると、合併する疼痛に対して、腸管運動を抑制するからという理由で、オピオイドが投与されなかったり、腹部蠕動を刺激し疼痛や嘔吐の悪化を来したりする。反対に、「できるだけ腸管の動きを止めることで、疼痛の緩和を目的とする」という症状の緩和を目標とすると、合併する疼痛に対して、腸管運動をより強く抑制する目的にモルヒネの持続皮下注射が投与されたり、絶飲食が指示されたりする。このように、病態と症状に対する治療は反目しやすいのが、消化管閉塞の分野と言える。患者の病態、全身状態、病期、嗜好、専門家の見解、家族の意見を総合的に加味した上での治療立案が求められる。そして、今実施している治療でどの位の期間、症状が緩和されるのかという時間軸を予めもち、今の治療がうまくいかなくなったら、次にどのような治療方針を立てるかをいつも事前に検討しておく必要がある。

・ 腹部膨満感がある患者、家族への食事指導を超えて。

「身体(からだ)は賢い」

「どんなものでも、食べたいものを食べたらいいですよ」

こう患者や家族に話すと、(そうかもう行く末短いから何を食べても良いということか・・・)と邪推されることも多い。また家族も、「食べなければ力を失ってしまう、何とかして食べさせて元気になってほしい」と考えている。そして現実には、患者は家族の料理を食べることができず残してしまい、家族はどんな料理を作ったらよいのか悩み、すっかり落ち込んでしまう。

私は経験から、患者が食べたいと思うものが今の身体に必要で、うまく食べることができるものである、という臨床知を重視している。医療者や家族があれこれとその頭脳で計算した食べ物よりも、患者の身体の声に耳をすます事が肝要である。食べるべきもの、食べられるものはいつも患者が教えてくれる。

以上、腹部膨満感を来す3つの症状について述べた。患者の多くはこれらの症状の複数の問題を抱えることも多い。特にがん患者における、腹部膨満感の緩和はまだ発展途上の分野で、特に症状緩和の観点からの薬物療法、処置については今後の臨床研究がまだまだ必要である。

 

8) 日本緩和医療学会 緩和医療ガイドライン作成委員会、がん患者の消化器症状の緩和に関するガイドライン2011年版、金原出版、東京、2011

9) Shinjo T, Kagami R. Radiological imaging change in a malignant bowel

obstruction patient treated with octreotide. Support Care Cancer. 2009

Jun;17(6):753-5.

10) Strasser F, Binswanger J, Cerny T, Kesselring A. Fighting a losing battle:

eating-related distress of men with advanced cancer and their female partners. A mixed-methods study. Palliat Med. 2007 Mar;21(2):129-37.

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