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2013年5月

2013年5月25日 (土)

がんの痛みを征圧する その3 まだまだ足らないことは?

3.世界中のガイドラインの限界 ~まだまだ研究が必要な分野

がん疼痛の中でも特に難治性の神経障害性疼痛の治療については、 日本のガイドラインでも海外のガイドラインでも、 明確な治療指針が提示できていない。例えば、がんの腕神経叢浸潤に伴う痛み、脊椎転移に伴う背部や下肢のしびれを伴う痛み、化学療法後の手・足のしびれや痛みに対する治療はまだ臨床研究も不十分である。このような痛みには、抗けいれん薬、抗不整脈薬、抗うつ薬といった鎮痛補助薬が単独投与、またはオピオイドと併用される。個々の患者に治療が奏効することはあっても、どのような神経障害性疼痛にはどの薬物が適しているのかという知見は乏しく、また多くの患者に一般化できる知見も乏しい。

また、硬膜外ブロックやくも膜下ブロックに代表される神経ブロックについても、どのような病態の患者にどのブロックが適しているかを一般化できる知見はまだ十分とは言えない。

4.日本と海外のがん疼痛に対する治療の違い ~日本が追いつけていない分野

メサドンは、 2013年よりようやく日本でも使用可能となった。海外では、既にメサドンの知見が集積され、ほとんどのガイドラインで言及されている。メサドンは、主に経口モルヒネを投与中の患者に鎮痛が不十分な時に投与されている。しかし、薬物動態が特殊で半減期も非常に長く予測しにくい。またモルヒネと換算した投与量にも十分な注意が必要である[2]。まだ国内の使用経験が十分とは言えない状況である。

また、日本では使用できないフェンタニル舌下錠・頚部噴霧による突出痛の対応、オピオイドの副作用である便秘に対するメチルナルトレキソンについての使用経験は全くない。また、オピオイドの副作用である眠気に対するメチルフェニデートは、使用規制があるため一般臨床医には処方ができない現状となった[1]。

基本的ながん疼痛の対応は日本も海外もほとんど相違はない。しかし、速放性経口薬のレスキュードーズの効果よりも早く、30分以内に強い突出痛を緩和したいと望む患者や[2]、オピオイドの変更では緩和されない便秘、眠気のある患者への対応はまだ日本ではできない。

文献

1) 日本緩和医療学会 緩和医療ガイドライン作成委員会(編): がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン2010年版、 金原出版、2010.

2)Caraceni A, et al : Use of opioid analgesics in the treatment of cancer pain: evidence-based recommendations from the EAPC. Lancet Oncol. 2012 Feb;13(2):e58-68.

3) Guyatt GH,  et al. GRADE: an emerging consensus on rating quality of evidence and strength of recommendations. BMJ 2008; 336: 924–26.

4) National Comprehensive Cancer Network: NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology, Adult cancer pain. http://www.nccn.org/professionals/physician_gls/PDF/pain.pdf, 2013

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がんの痛みを征圧する その2 がん疼痛治療の基本

2.がん疼痛の基本的な対応

Q1.鎮痛薬が投与されていない軽度の痛みのあるがん患者に対して、有効な治療は何か?

推奨[1]

1.痛みの原因の評価と痛みの評価を行う。

2.アセトアミノフェン または NSAIDs(Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs) を使用する。 (強い推奨)

3.NSAIDsが投与されているがん患者において、消化性潰瘍の予防をする。(強い推奨)

解説

痛みのあるがん患者を診察したとき、まず原因の評価と痛みの評価をガイドラインは求めている。がん患者にみられる痛み(表2)と、疼痛の種類を(表3)それぞれの患者において検討する。

表2 がん患者にみられる痛み (文献1 p.20)

1 がんによる痛み

内臓痛

体性痛(骨転移痛、筋膜の圧迫、浸潤、炎症による痛み)

神経障害性疼痛

脊髄圧迫症候群

腕神経叢浸潤症候群

腰仙部神経叢浸潤症候群・悪性腸腰筋症候群

2 がん治療による痛み

術後痛症候群

開胸術後疼痛症候群

乳房切除後疼痛症候群

化学療法後神経障害性疼痛

放射線照射後疼痛症候群

3  がん・がん治療と直接関連のない痛み

もともと患者が有していた疾患による痛み(脊柱管狭窄症など)

新しく合併した疾患による痛み(帯状疱疹など)

がんにより二次的に生じた痛み(廃用症候群による筋肉痛など)

表3 疼痛の種類 (文献1 p14 改変)

種類

特徴

侵害受容性疼痛

体性痛

皮膚、骨、関節、筋肉、結合組織などの部位より発生。

局在が明瞭な持続痛が体動に伴って増悪する。

骨転移

術後の創部痛

筋膜や筋骨格の炎症に伴う筋攣縮

内臓痛

管腔臓器、臓器皮膜、臓器局所や周囲組織から発生。

局在が不明瞭な深く押されるような痛み。

消化管閉塞に伴う腹痛

肝臓腫瘍による肝皮膜の伸展

膵臓がんに伴う上腹部痛、背部痛

神経障害性疼痛

末梢神経、脊髄神経、視床、大脳などの痛みの伝達路の、神経が圧迫、断裂された時に発生。

知覚低下、知覚異常を伴うこともあり、しびれ、電撃痛になることもある。

腕神経叢浸潤による、上肢のしびれを伴う痛み

脊椎転移による、背部、下肢のしびれを伴う痛み

化学療法後の手・足のしびれ、痛み

痛みの強さだけではなく、その原因を加味した治療が求められる。例えば、がん患者に合併した帯状疱疹の痛みであれば、がん疼痛の薬物療法は優先されない。

次に、痛みの評価については、日常生活への影響、痛みのパターン、痛みの強さ、部位、経過、性状などを確認する。

薬物療法のポイントとして、腎機能障害、消化性潰瘍、出血傾向があれば、アセトアミノフェンを投与する。日本で使用可能なNSAIDsを含む、質の高い比較研究がないため、どのNSAIDsを投与するかについての推奨はない。海外のガイドラインではNSAIDsの鎮痛効果よりも、副作用を懸念し投与は強く推奨されない。またNSAIDsを投与する場合には、プロスタグランジン製剤、プロトンポンプ阻害薬、H2受容体拮抗薬の併用し消化性潰瘍の予防が推奨されている。

Q2 非オピオイド鎮痛薬で十分な鎮痛効果が得られない、または中等度以上の痛みのある患者に対して、有効な治療は何か?

推奨[1]

1. オピオイドを使用する。(強い推奨)

2.患者の状態(可能な投与経路、合併症、併存症状、痛みの強さなど)からここの患者に合わせたオピオイドを選択する。(強い推奨)

3.オピオイドの開始に伴って生じる可能性のある嘔気・嘔吐および便秘の対策を行う。(強い推奨)

4.オピオイドを開始する時には、非オピオイド鎮痛薬と併用する。(弱い推奨)

解説

アセトアミノフェンまたはNSAIDs投与中の患者に痛みがある場合には、まず痛みの原因を再評価する。合併症の痛みではなく、がん疼痛が痛みの原因あることが判明した場合には、オピオイドの投与を行う。オピオイドにはいわゆるWHO step IIの弱オピオイドと、step IIIの強オピオイドがある。日本のガイドラインでは、弱オピオイド、強オピオイドを含めて、どのオピオイドを第一選択薬とするかは推奨していない。欧州のガイドラインでは、コデイン、トラマドール、少量のオキシコドン、少量のモルヒネをWHO step IIとして位置づけているが、エビデンスの不足から、step IIの投与は弱い推奨となっている。またエビデンスの根拠はないが、「長年使い慣れている」という理由から、WHO step IIIの薬剤としてモルヒネがエビデンスよりも専門家の合意を優先し、第一選択薬と推奨されている。オキシコドン、フェンタニル、モルヒネといった強オピオイドのうちどのオピオイドが優れているかを直接比較し実証した臨床研究はない。そのため、オピオイドを選択する根拠として、投与経路(経口投与を優先)、合併症(腎障害があればモルヒネとコデインは避ける)、併存する症状(強い便秘ならフェンタニルを、呼吸困難があればモルヒネを)、痛みの強さ(強度の痛みに、弱オピオイドやフェンタニル貼付剤を第一選択としない)があげられる。また、NCCNのガイドラインでは、フェンタニル貼付剤は、オピオイド治療により痛みが安定している場合の代替薬と位置づけられ、EAPCのガイドラインでは、経皮オピオイド(フェンタニル、ブプレノルフィン)は、経口投与のオピオイドの代替薬で、内服ができない患者に投与すると述べられている。

オピオイドの投与を開始する時、便秘、嘔気・嘔吐、眠気の副作用が出現する可能性がある。従来の治療マニュアルでは、オピオイドの開始と共に、下剤、制吐薬の併用が明記されていた。しかし、オピオイドの開始と下剤や制吐薬の併用が、患者の副作用を軽減するという臨床研究が全くないため、現時点では副作用予防の推奨が困難である。日本のガイドラインでは、エビデンスレベルは非常に低いが、ガイドラインの作成に関わった専門家の合意により、副作用予防を強く推奨している。

Q3 オピオイドが投与されても十分な鎮痛効果が得られない痛みのある患者に対して、有効な治療は何か?

推奨

A.持続痛が緩和されていない場合 パターン3,4

1. 非オピオイド鎮痛薬を併用する。(強い推奨)

2.オピオイドの定期投与量を増量する。(強い推奨)

3.十分に増量しても鎮痛効果がみられない、または痛みがあるにも関わらず副作用のためにオピオイドが増量できない時は、他のオピオイドに変更する。(強い推奨)

B.突出痛が緩和されていない場合 パターン 2 (臨床的にはほとんどこのケース)

1.オピオイドのレスキュー・ドーズを投与する。(強い推奨)

解説

がんの進展により、がん疼痛の患者の痛みは経過と共に悪化することがほとんどである。オピオイドが投与されても十分な鎮痛効果が得られない痛みには、持続痛と突出痛があり、痛みのパターン(図1)から鑑別可能である。それぞれに対応が異なる。

図1 痛みのパターン (文献1 p18、解説は筆者)

002

アセトアミノフェンやNSAIDsと強オピオイドの併用が、痛みをより軽減する複数の臨床研究がある。日本のガイドラインでは併用を強く推奨しているが、EAPCのガイドラインではNSAIDsの副作用を避けるため、根拠とするエビデンスは同じ研究だが弱い推奨となっている。

原則として、持続痛が緩和されていない場合には、オピオイドの定時投与量の30-50%を増量する。増量の間隔は、速放性製剤、持続静注・持続皮下注では24時間、徐放性製剤では48時間、フェンタニル貼付剤では72時間を原則とする。オピオイドの急速な増量は、過量投与による呼吸抑制や意識低下と言った重篤な副作用が発生する可能性があるからである。

さらに一つのオピオイドを投与中に増量しても、十分な鎮痛効果が得られない場合には、オピオイドの耐性を考慮する。その場合には、他のオピオイドに変更することで鎮痛できることがある。(例; フェンタニルからモルヒネに変更、モルヒネ・フェンタニルからメサドンに変更)

  突出痛(breakthrough/episodic pain) は、がん疼痛の患者のほとんどに発生する、短い時間で出現する強い痛みで、持続痛の一過性増悪と考えられている。突出痛にはサブタイプがあり、予測できる突出痛、予測できない突出痛、定時鎮痛薬の切れ目の痛み(end-of-dose failure)に分類される。オピオイド治療を行う上で、突出痛の対応は臨床的には、きわめて重要である。定時投与のオピオイドに加えて、突出痛に対して、経口投与では1日投与量の10-20%の速放性製剤を、持続静注・持続皮下注の場合には1時間量を急速投与する。

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がんの痛みを征圧する その1 今がん疼痛のガイドラインはどうなっているのか

某所に原稿を書きました。皆さんで共有した方がよいと思い、再編集してこちらにも掲載しました。

001
がんの痛みに苦しんでいる間は、自立した生活を送ることも、ましてや人生を振り返ることも、毎日を感謝して送ることも、家族と言葉を交わし合うこともできません。
しかし、がんの痛みが緩和されると、患者さんは深く悩むことも増えてきます。痛みに苦しんでいる時には、考えることもできなかった患者さんも、これからの不安や、今の生活の困窮、家族への負担感を深く悩むことになっていきます。がんの痛みがなくなることで、次の痛みが出てきます。痛みの緩和は次の痛みの入り口です。そして、そんな痛みの次には、また新たな苦しみが待っています。それでも、医療者は次々に遭遇する痛みと苦しみを目の当たりにし、聞き届けて、対処していく忍耐強さと寛容さを持たなくてはなりません。
全ての苦しみが昇華することはないのかもしれません。それでもせめて、がんの痛み、身体の痛みは、必ず緩和できなくては、がん診療を担うことはできないと僕は考えています。もしも、患者さんの間近にいる医療者自身が対応できないのであれば、対応できる誰かに引き合わせる人脈と、苦しみに対応する仕組みを作る努力が必要です。
がんの治療の基本と、国内外のガイドラインの状況について解説します。

1.国内外のガイドライン

がん疼痛の診療ガイドラインは、痛みの強さに応じてオピオイドを含む鎮痛薬を使用する、いわゆる3ステップラダーが有名な、 WHOが1996年に発表したものが最初である。当時の世界的ながん疼痛に対する治療の不備を重大な人類的問題と考えていたWHOは、わずかなエビデンスと世界各国の専門家の合意により、がん疼痛のガイドラインを作成した。このガイドラインは、「Cancer Pain Relief(がん疼痛からの解放)」というタイトルの通り世界中の臨床家に対する強いメッセージを含む一種の宣言となった。

その後、WHOガイドラインの臨床的な検証や、新たなオピオイドの開発と共に、様々な臨床研究が実施され、日本、米国、欧州の学会や団体から新たなガイドラインが発表されている(表1)。

表1 最近のガイドライン [1,2,4]

名称

公表年

出典

がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン2010年版

2010

日本緩和医療学会 緩和医療ガイドライン作成委員会(編): がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン2010年版、 金原出版、2010.

緩和医療学会のホームページでも無償で公表されている。

Use of opioid analgesics in the treatment of cancer pain: evidence-based recommendations from the EAPC.

2012

Use of opioid analgesics in the treatment of cancer pain: evidence-based recommendations from the EAPC. Lancet Oncol. 2012 Feb;13(2):e58-68.

Webで公表(無償でメンバー登録しアクセスできる)

NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology, Adult cancer pain.

2013

Webで公表(無償でメンバー登録しアクセスできる)

特に、 日本緩和医療学会[1]とEAPC(European Association of Palliative Care)[2]から発表されたガイドラインは、エビデンスに基づいた知見を元に専門家で合意された推奨(ステートメント)で構成されている。

緩和医療の分野は、日常診療の臨床疑問に対応する臨床研究が乏しく、まだ確固たるガイドラインの作成に必要な十分なエビデンスが不足している。さらに、特にオピオイドの臨床研究は、出版バイアスが大きく、新薬を開発した製薬会社がスポンサーの臨床研究も多く、臨床疑問に密接に関連する例えばオピオイド同士の治療効果を直接比較した臨床研究も少ない[2]。加えて、緩和医療の臨床研究が少ない背景として、全身状態の悪化した患者を対象とする臨床研究の倫理的な問題や、多施設共同研究を管理する組織の不在、また研究費の不足がある。特にエビデンスレベルの高い、プラセボを対照薬とした無作為化比較試験の実施は甚だ倫理的問題が大きく、実施は終末期がん患者を対象とする限り現実的ではない。

がん疼痛に関しては、メタアナリシスや無作為化比較試験が高く評価される、エビデンスレベルを中心に推奨度を決定する通常の方法論では、ガイドラインの作成が困難である。またそれぞれの臨床試験が、日常の診療の臨床疑問と直接関連がないことも多く、このような方法論に関する問題を解決するために、日本とEAPCのガイドラインでは推奨の強さを、強い、弱いの2段階に設定し、研究デザインの厳密性によるエビデンスレベルは、推奨の強さを決定する一つの因子である。

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