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2013年3月

2013年3月28日 (木)

今どきの在宅医療13 近況報告

Medium_6104068209 お陰様で、開業して9ヶ月、順調に活動しております。

今、しんじょう医院は、地域医療を在宅で支援する診療所と言うよりも、がん患者さんの外来対応、訪問診療を中心としたクリニックになっていく流れを受けているようです。がんに強い地域のクリニックとしての活動が主になりそうです。
多くの cancer survivor*(がんと関わって生きている方々) を、うまく外来診療で対応できていないのは専門病院で会っても事実です。私も外来診療の強化を考えています。また、外来は15-30分の予約制で、カウンセリング(生活、暮らしの話し合い)が増えています。海外にはモデルがあります。
自分自身の診療時間、能力といった人的リソースの限界、在宅チーム(訪問看護師、薬剤師)の連携と強みを考えれば、しばらくはがん診療を中心にシフトしていこうと考えています。これは院長としての僕の思いや欲望ではなく、開業以降自分の周りに展開される潮目を読んでのことです。
恐らく、地域(というよりも、天の方々)は僕に、そのような役割を期待していると勝手に思い込んでいます。通常の開業医が対応しない cancer survivorと状態の悪いがん患者さんを中心に対応していこうと思います。つまり、専門的緩和ケアの提供が主になっていきそうです。

開業して一番感じたことは、「院長が決めれることは開院日だけ」ということです。後はその地域で何を求められているのか、どのような診療をしていくのかは、周囲の人達いうなれば、当院に縁のある皆さんが決定していくと言うことです。その天命のような潮目を公平に見つめていくのが、院長の資質なんだと感じています。

クリニック経営を収入や、周囲のクリニックとの競合から戦略を考えていくのは、医療の消費者主義を結果として増長していきます。また、「地域への貢献」「患者さんの笑顔のために」「患者さんの満足のために」といった医療者の内的満足を満たす美辞麗句で理念を掲げれば、結局は具体性に欠いた運営に、在宅チームの力量が低下します。

連日発生する、診療上のあらゆるハードルから、自分への挑戦を読み取りそして次の課題を考える。こんな風に毎日自分の心に浮かぶ言葉を、勝手に天からのメッセージを受信したと喜びながら、また来月に臨みたいと思います。

これからもよろしくお願いいたします。

(*A cancer survivor is a person with cancer of any type, current or past, who is still living. )

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2013年3月23日 (土)

今日、医師に叱られたあなたへ

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僕がとある病院で働いていたとき、心臓が専門の上司がいました。その上司はとても怒りっぽく、隣で外来をしていると大きな声で患者を叱っているのがよく聞こえてきました。

「もっとやせなきゃダメだ!こんなことではいつか目が見えなくなるぞ!

「くすりだけ飲んでいても意味がない!自分で病気を治そうという気はないのか!

まるで思春期の子供をどやしつける親父のよう。特に生活を見直すことができない糖尿病の患者には、一段大きな声と、一段きつい内容での怒鳴り声が聞こえた。

 僕は性格的に患者を叱ることはできないので、隣の外来で(何であんなに真剣に怒れるんだろう)と本当に不思議に思っていました。他人の人生にあれだけ真剣になれるということは、相手に真剣に向き合っている証しなのではないか。僕は穏やかに話しかけて説明をしているけど、本当は患者の事をどうでもよいと思っているのではないか。まだ若かった僕は、自分の診療スタイルを見直す必要があるのではないかと、そんな風に単純に思ってしまうこともありました。僕より一年上の先輩は、上司と同じ専門分野を選んでからは、そこまで似なくてもよいのに、その上司と同じように叱りつける医師になってしまいました。その上司と先輩の手厳しいハード外来から逃げだした患者が、僕のやや放任主義的なソフト外来に逃げ込んでくるようにまでなりました。

「ねえ、○○さん、今回の検査でもまた数値が上がっているから、もうちょっとがんばれる?そうだよね、糖尿病って言われてもどこも痛くもかゆくもない、それなのに運動しろ、やせろ、食べるなって言われてしまうとつらいよね」

「タバコもおいしいけどさ、何とかやめてみようと思わない?」

 

そんな風に話しかけていました。そう、ソフト外来は耳当たりはいいけど、相手の行動は全く変わらない日々でした。上司と先輩のハード外来の患者は、ひりひりするような緊張感のせいか、待合室の患者の表情も心なしか引き締まっているようでした。10年以上前の事を思い出して、日本のいや世界中の外来で、医師はどんな芸風で患者と向き合っているのか、そしてその芸風はどのように確立していくのか好奇心が湧いてきました。

 

怒り芸の医師はとにかく信念を持っています。病気には原因があり、また病気の悪化にも原因がある。この病気の原因と結果は絶えず呼応し人の人生を支配していく。

「好きなだけ食べている」から、「太ってくる」

「太ってくる」から、「糖尿病」になる

「食べ過ぎる」から、「糖尿病」が悪化する

「糖尿病」が悪化するから、「心臓病」になる

だから、この段階のどこかで原因と結果を断てば必ずや病気に打ち勝てる。そんな至って単純な信念を持っています。でも太っている人の全てが糖尿病になるわけでもなく、好きなだけ食べているから糖尿病になるわけでもないと、改めて問われればそれは違うかもしれないなときちんとわかってはいるのです。医学は、複雑な人間の仕組みと世の中の仕組みを単純化していく働きを持ち合わせています。科学は、複雑な仕組みを、ある程度普遍性を持った単純な世界観で切り取っていくのです。単純な世界観で患者と向き合わないと、短時間で診療を完了していくことは出来ません。息継ぎする暇も、ましてや昼食をとる暇もないほどの外来では、物事を複雑にしてはいけません。

 こうして、単純化された世界観でできあがった小さな診察室で、患者を叱る医師ができあがります。

 かつて、僕の祖母も医師に叱られていました。

「コーヒーを飲んでいたら胃潰瘍になる。健康でいたいならコーヒーはやめなさい!」

粘膜を防御する薬しかなかった時代、胃潰瘍や胃炎がピロリ菌で発症することがあるなんて誰も知らなかった時代、単純化された叱り方で医師は診察を乗り切っていました。今や、抗生剤で除菌療法を行い、内視鏡や呼気テストで評価します。コーヒーを飲むなと叱る医師はいなくなりました。

 かつて、夜尿症の子供を持った親は(実は僕も)躾、育て方が悪いと医師に叱れていました。

「おねしょは、子供の心の涙です。お父さん、もう一度この子の育て方を考え直しなさい!」

たまたま効くことがある古い抗うつ薬しかなかった時代、尿浸透圧が低くなることで夜間の尿量が増えて夜尿症になることもあるなんて誰も知らなかった時代、やはり、単純化された親への叱咤で医師は診察を乗り切っていました。今や、飲み薬でホルモンを補充することもできるようになりました。親に躾のせいだと思わないようにと指導する医師も現れました。

 かつて手術の執刀前には、手指に消毒液をすりこみ、たわしで何十分もこすり続けました。洗い方が悪いと医師は部下を叱りました。

「清潔が外科の基本だ。手洗いが一人前にできないうちは、手術室に入る資格はない!」

誰もが「よい」と思う方法であっても、再検証して正否を確かめてみるという研究がなかった時代、たわしで手指を傷つけることでかえって患者を感染させてしまうなんて誰も知らなかった時代、やはり単純化された部下への叱責で医師は教育をしていました。今や、アルコール製剤で手指を傷つけないように洗っています。たわしでの手洗いを外科医の儀式と主張する医師はいなくなりました。

 

医学においては、今やっていることが本当に最適か、よいことなのかそれはわからない。時代と共に進歩し、正しい対応は変わっていく。そう言われればどの医師もその通りだと考えます。今日と明日、明日と明後日、連続していく惰性の中で、物事はそれほど大きく変わらないように感じているのですが、通り過ぎた道を振り返れば、180度物事の考え方が変わり、病気の対応、治療の方法も変化してきたことに気付きます。そして、かつて「叱っていたこと」がいつのまにか恥辱の思い出に変化していく。いくらあの時はあれで正しかったと自分に言い聞かせても、かつて患者を叱っていた自分をやはり恥ずかしく思っています。

実は、患者を叱り続けることが出来るのは、新しい知識と方法を会得していない医師である証拠です。研鑽を続けなくてはなりません。そしてまた、逆説的ではありますが、患者を叱るという行為は、医学が発展途上であること、そして自分自身も発展途上で不完全であることを医師が自覚している証しです。今日医師に叱られたあなた、その医師もまた発展途上で不完全な医学と自分に苛立っています。あなたに苛立っているわけではありません。

「もっとよい治療方法はないのか。きっとどこかにあるはずだ。でもそれを私は知らない」

あなたを叱る以外に解決を見いだせないこの医師の哀れさに同情して下さい。しばらくすれば、今日あなたを叱っていたことが、医師の心の中で恥ずかしい行為に変わります。それはきっと、医師が自分の態度を改めたときではなく、新しい知識や考え方に触れたときです。叱り続ける医師が優しくなったとき、医学は確かに一歩前に進歩したと、いつもと変わらない景色の小さな診察室であなたも実感できることでしょう。それを楽しみにしてみて下さい。その日はきっともうすぐです。

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