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2013年1月27日 (日)

今どきの在宅医療12 がん患者さんは家でどんな風に過ごしているのかその2

2. ずっと家にいるつもりはないけど・・・

(症例にはモデルはありますが、フィクションです)

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55歳、男性、膵臓がんのため市民病院で治療中。通院が困難となってきたため当院に紹介された。経口抗がん剤と鎮痛薬が継続投与中の状況で、胆管の閉塞による黄疸があったため胆管ドレナージが留置されていた。事前にご家族が当院に相談にお越しになり、今後自宅療養している間の治療の対応をして欲しい、市民病院まで通うのが大変になってきたと相談を受けた。もしも、状態が悪くなったときには、すぐに市民病院に入院することにしているため、それまでの間だけ治療をして欲しいというのが家族の意向であった。

最初の往診時、ベッドに寝たまま話してはいたが、しっかりと自分の意見を話され、「今は大丈夫だが、いずれは妻に迷惑をかけないように入院しなきゃなあ」と話していた。妻は、慣れない看病に不安な表情で、本人の落ち着いた人なつっこい表情と対照的であった。

毎週数回往診し状況を見守った。毎回往診に行くと、いつも本人が昔取り組んでいた仕事の話をするのが常であった。病気や今後の療養方針といった事よりもずっと、日常的な会話を求めていらっしゃった。こうして、私と本人の信頼関係が徐々に形成されていく実感があった。一般に病院に入院中の時と違い、家族ケアとして介護者だけの不安に対応しようと思っても、本人に話が聞こえる場所では難しく、どうしても帰り際の玄関先や、庭先で小声でということが多い。それでも毎回、妻の今感じている不安を玄関先で聞きとり、小声で今後の事を話すように心がけた。訪問看護師も、同じくケアの比重を本人と妻の半々になるような配慮を続けた。それでも、妻の不安は高まり何かに怯えているかのような状況であった。

そんなある雨の日の朝、胆管ドレナージのカテーテルが抜けてしまったと電話があった。緊急往診で駆けつけると、完全に抜けており、家で再度挿入することは不可能であった。もう残った時間から考えれば、苦痛のある胆管ドレナージを入院してやり直すのも負担があると感じたが、最近不安が高まる妻の表情を見ているとこれをきっかけに一度入院することで、何かしらよい心理的な効果が得られるはずと直感し、自宅から近い総合病院へ連絡し緊急入院となった。

やはり、入院後も胆管ドレナージカテーテルの再挿入はされず、しばらく経過を見守っていた。入院後も私が訪問すると、患者さんといつものように他愛のない会話をし、帰り際には妻の不安のない表情をみて入院がうまくいっていることを実感した。予期しなかったレスパイト・ケアで妻も感情的に落ち着きを取り戻し、2週間足らずで再び退院となった。いずれは最期の時を病院で過ごすという、本人、妻の意向は変わらず、退院前に緩和ケア病棟への申し込みを済ませていた。

再度自宅に戻ってからは、ほとんど寝たきりとなったが、「入院するきっかけ」のような瞬間がなく、毎日少しずつ身体状況が悪化していく状態が続いた。妻は、服薬の管理、毎日の食事、おむつの交換、着替えといった看病に、以前よりも不安のない表情で毎日過ごしていることがありありと分かった。「こうして、夫のおむつをかえていると何だか愛おしくなってくるんです。2回目の新婚だって周りには笑われます」と話していた。こうした自宅療養が1ヶ月続いたある日、急に痛みが強くなった。すぐに緊急往診すると、残った時間がほとんどないことがすぐに理解できた。痛みというよりも、終末期の不穏、知覚の過敏で落ち着きがない様子であった。即座に持続皮下注射で鎮痛剤、鎮静剤を始めた。その後も内容にまとまりのない会話ではあったが、色んな事を話したと、この日の翌日看取りの後に教えてもらった。「結局最期まで家にいたわ。最初は病院と思っていたけど、ずっと見続けて本当に良かった。みんなにもこうするといいって教えてあげたい」と涙を浮かべながら話していた。

治療の内容や療養の場所というのは、この方のように、事前に考えていても実際に状態が悪くなるとその考えが変わっていくのは一般的なことである[7]。また、その時々の感情に応じて、本人の意向も変わっていくことが自明である[8]。このように事前の意向が経過と共に変わっていくことがACPの重大な問題点でもある[5]。この症例のように、疼痛、動けなくなることといった癌患者に生じうる苦痛があり、妻の不安、本人のいずれは入院するというはっきりした意向もある中で、最期まで在宅療養を続けた一番の理由は、やはり臨床経過言い換えれば「成り行き」であろうと思う。最期の1ヶ月ははっきりとした入院のきっかけがないまま、自宅で過ごし続けた結果、在宅での看取りになった。「在宅療養の良さと在宅チームのサポートに安心して、在宅での看取りを決断した」ということとは今思い返しても考えにくい。理性的な療養場所の判断よりも、毎日の連続する時間の中での「成り行き」が経過に一番影響したと思われる。この症例でも「成り行き」に合わせて瞬時に対応するには、すぐに緊急往診ができる体制、その都度思いを把握する姿勢、そして入院可能な病院との連携が大切であると考えた。

考察

以上、最近診療した在宅医療の症例を呈示した。呈示した症例のように、当院での診療の開始は、紹介元病院の地域連携室からの連絡があってからとなる。また、その連絡のほとんどは、診療情報提供書を中心とした書類であるため、治療の引き継ぎはできても、紹介元病院と患者、家族の間で何が話しあわれたのか、またどのような医師-患者関係であったのかまでは全く想像ができないこともある。診療情報提供書に記載されていない、行間、言外の情報が私にとっては最も重要であるが、そのような情報を得る機会がないことが、連携の問題点であると実感している。

さらに、一旦在宅療養を開始しても、様々な局面で紹介元病院や連携病院へ入院する必要が生じてくる。在宅療養を一旦中止、または断念する際にも、私のような在宅医師と患者、家族の間で何が話しあわれ、どのような状況であったのか、行間、言外の情報を紹介先の医師に伝えるには、医療者間のコミュニケーションが重要となる。結局、がん患者の連携医療において重要なのは、「顔の見える関係」であるというのが私の現時点での結論である。[6]そして「顔の見える関係」をその地域で形成するような企画、試みがなされなければ、医療情報を正確に伝える連携パスを作成しても無意味だろうと推測している。[9]

在宅緩和ケアへの移行は、患者、家族にとっては退院し自宅に戻る在宅療養への移行として理解され体験されている。緩和ケアを受けるために在宅療養へ移行するわけではない。従って、在宅チームは患者の状態を正しく評価し、適切な緩和ケアを提供する必要がある。つまり、緩和ケアの提供は在宅療養の過程の中で自ずと始まっており、患者、家族が求めて初めて提供されるものではないと私は考えている。

5) Sudore RL, Fried TR. Redefining the "planning" in advance care planning:

preparing for end-of-life decision making. Ann Intern Med. 153(4):256-61,2010

6) 森田 達也, 野末 よし子, 井村 千鶴 地域緩和ケアにおける「顔の見える関係」とは何か? Palliative Care Research 7(1), 323-333, 2012

7) Fried TR, O'Leary J, Van Ness P, Fraenkel L. Inconsistency over time in the preferences of older persons with advanced illness for life-sustaining treatment. J Am Geriatr Soc. 55(7):10071014,2007

8) Halpern J, Arnold RM. Affective forecasting: an unrecognized challenge in making serious health decisions. J Gen Intern Med. 23(10):17081712,2008

9) がんの地域連携クリティカルパスについて 兵庫県がん診療連携協議会, 2012 ( http://www.hyogo-ganshinryo.jp/critical_path/index.html; 2013年1月26日アクセス)

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