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2012年12月31日 (月)

2012年 10大ニュース

今年も残すところ、あと数時間。年末は、新城家恒例の家族良好のため不在だったので、残ったわずかな時間に今年1年を振り返ってみます。

1. 本厄をほぼ無事に過ごせた

僕は昔から、ジンクスやしきたりを信じる方です。昭和46年生まれだと今年は本厄。どんな厄が待っているかと正月早々から不安でした。地元の神社で無事厄払いを終えて、この1年大きな変動のある自分をみつめながら、おそるおそるすり足で毎日を暮らしました。しかし、11月20日過ぎから急に首が痛くなり全く下を向けなくなりました。あれやこれやと原因を考えたのですが全く分からず。がんの痛みに関しては専門だと自負していたのですが自分の痛みは全く緩和できず、ロキソニンを飲み続けだましだまし仕事を続けました。スタッドレスタイヤに変えた途端、運転中の振動にも耐えられない程の痛みとなり、とうとうギブアップ。そして、佐藤先生に紹介して頂き、三宅接骨院に出かけました。医者の考える身体イメージとは全く違う世界観を教えて頂き、視野が広がりました。自分の身体の歪みは昔からのこと、左肩が下がるのです。三宅先生はバイオリンが原因とおっしゃいましたが、そんなに練習しているかと反省。クリスマスを過ぎる頃から急に痛みが治まり、三宅先生の治療に感服。ロキソニンと自己回復力には頼れないと痛感しました。2013年は生まれて久しくできなかった、「まっすぐに立つ」ことができるようこれからも治療を受けようと思います。

2. しんじょう医院を開業した

8月ついに「しんじょう医院」を開業しました。以前より実家の名古屋へいつか戻るのかもしれないとぼんやり考えつつもなかなか転機もなく、また子供達も成長するに従い、徐々に神戸での生活にも慣れてきました。また神戸は居心地の良い町でここで暮らしを続けていきたいと考えていた頃でした。色んな方の助けと励ましで無事開業することができました。素晴らしい事務員のお二人と、訪問看護ステーションすまぁと、訪問看護ほすぴすそして、連携する診療所の先生方に心からの感謝。

3. 在宅医療に10年ぶりに関わった

三重県で働いていた頃、介護保険が始まり、訪問看護ステーションの立ち上げがありました。その時もすでに看取りや、慢性疾患の患者さんを見始めていました。「自分の外来に来れなくなったら往診」、「どうしても家に帰りたい人のために往診」の伝統的な在宅医療とちがい、今どきの在宅医療は医療費の問題やら、在宅医療のすばらしさを強調することで、家で過ごすことを医療者は扇動しますが、とどのつまり「入院するベッドが足りなくなってきた」ということが一番現実的なんだと思います。今どきの在宅医療についてほそぼそとブログに連載しています。

4. ホスピスを退職した

開業すると言うことは、当然それまでの職場は退職すると言うことです。10年勤めた病院で愛着もあり、そして何の不満もなく、国の大きな仕事にも関われる幸せな環境でした。また同僚や上司にも恵まれ、何の邪魔もされずいつも応援してくれていました。そんな職場でしたが、急な転機の訪れに退職を余儀なくされました。その時の心境はブログにもまとめました。人気ブログに紹介された縁もあり、月に1000人くらいの方が読んで下さっているようです。その時と同じく「完全燃焼し満足し尽くしてしまった。目的を果たし、旅を終え燃焼終了(burnout)の状態になりました。ある一定の目的を果たし行程を無事推進することができました。心に残るものは灰ではなく満足と感謝です。」と同じ事を感じています。

5. 女子大で講義デビューをした

当時大阪大学、現在松蔭女子学院大学の佐藤 友亮先生からのお誘いで、神戸女学院の夏休みに1日だけ小さなコマの講義をしました。医療に関わっていない大学生の方のまっすぐな目がとても印象的でした。あんな風なきらきらした目で僕は大学の時に講義を聞いていただろうかと思い出していました。「全く自分には縁がないかもしれない大人の話」を聞く若者達にとても感動しました。また来年も7月に伺います。

6. 全国を取材して回った

開業の準備期間を4月から7月末までとりました。その間、開業準備と称して、全国を取材して歩きました。4月の松戸のあおぞら診療所を皮切りに熊本のひまわりクリニック、鹿児島のナカノ在宅医療クリニック、また神戸のセレンクリニック、今も連携する関本クリニック、また石川脳神経外科クリニック、訪問看護ほすぴす、森本医院、ホームケアクリニックこうべには実際一緒に仕事をする機会を得ました。「連携」といっても飲み会や会議で仲良くしているだけではダメだとはっきりわかりました。一緒に仕事をして汗を流さないと本当の連携はできないんだとつくづく感じました。また今の仕事に色んな示唆を得ました。

7. なかなか会えない人達に会えた

以前から少し交流はあってもなかなか会えなかった、葉加瀬太郎さん、江原啓之さん、田口ランディそれぞれお会いする機会がありました。お二人ともとても魅力的な方で話しはつきませんでした。また話題は多岐にわたり自分も色んなチャンネルを開発しなくてはと思いました。これからも個人的に細く長くお付き合いできたらと思います。「新城拓也」は医師であるからこそこのお二人とお付き合いができます。医師というのは、医療の担い手というだけではなく、人格を高めて個人の力量を公のために捧げないと、社会の公器にはなれないとつくづく感じました。

8. 長男の中学受験が無事終了した

家族のことは後回しにしましたがこれはとても大きい出来事でした。身体の事情がある長男にとっては受験は高すぎるハードルなのかと思っていましたがお見事でした。また僕は名古屋で中学受験に臨んだレベルよりも遙かに高くその難しさと量には舌を巻きました。1年前の自分と妻、長男に(大丈夫だから)とささやいてあげたいとつくづく思います。そして、来年は次男です。うまくいきますように。

9. 両親が大過なく過ごせた

開業してからも月に1-4人に看取りが続いています。そして当然ですが医者を生業にしている以上、健康な人達よりも病人と過ごす時間が長くなります。大過なく過ごすと言うことの奇跡的な意義をずっと感じていました。僕と妻の両親が大過なくそれぞれの人生を楽しんでいる様子を見ていると本当に幸せを実感します。

10. 1年間ジョギングを続けた

昨年夏から始めたジョギングですが「開業するには、自分の身体を資本に」と言うことと考えたこと、また開業の不安をかき消すために毎日の日課としました。太りやすい僕が、毎晩9-10時に5kmジョギングすることで体重はぐっと落ちて大学生の頃と同じ体重となり、食事を「太る・・・」とネガティブな気持ちではなく食べられるようになり幸せです。ジョギングは自分の気を鎮める大切な時間になりました。12月31日の今日も、家族旅行のシンガポールでも、取材旅行先でも走り続けました。これからも続けようと思います。

2013年はどんなことが待っているかと思うと今からわくわくします。今年一年お世話になった方々本当に感謝しています。大切な家族と両親が笑って過ごせた1年だったことが何よりもうれしいです。さて、夕食の時間です。

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