今どきの在宅医療10 「医療を助けるITとは?」 Mac, iPhone, iPad, iCloudを活用した方法。
今年の8月に開業して、はや4ヶ月が過ぎました。毎日4軒から8軒のお宅を訪問しています。連携している訪問看護ステーションは2つ、薬局は1つ(系列の薬局があるので正確には2つ)です。今まで緩和ケア、ホスピスで働いていたので、紹介されてくる患者さんはがんで状態が悪い方が多いということもあり、患者さんの変化の速さにどう対応するかが課題と開業前から予想していました。
開業までにいくつかの診療所を実際に取材し、色んな工夫と問題点をそれぞれの現場を観察し、静かに分析していました。まず気がついたことは、在宅医療は、多職種連携ということです。しかし、勤務医時代のように同じ職場内の他部門ではないので、別事業所のチームをまとめるにはどう工夫するかが在宅医療の質を高く保つために大事な要素になることがわかりました。さらに、紙のカルテだと夜中に緊急の往診に出かけるときにも、わざわざ診療所に寄ってカルテを持ち出す必要があり、とても時間のロスです。電話が鳴ってから、できるだけ出先からでも早く到着するには電子カルテがどうしても必要です。つまり、ITの力が在宅医療の実践には不可欠です。
ITの活用については、他のクリニックの色んなスタイルを見てきました。これは問題だと気になったのは、ハンズフリーのイヤホンを耳に突っ込み電話の応対に追われる、ノートパソコンを患者さんの家で開き記事や処方を入力する、事務員、時には看護師を同行させて電子カルテの入力をさせる医師の姿でした。端から見ていても、診療やコミュニケーションよりも、ノートパソコンでのカルテ作成業務を上位においているのではと誤解するほどです。どこの診療所でも電子カルテもモバイルも活用しているのですが、何かちがうという違和感を感じました。ITは本当に医療を助けているのでしょうか。同じ事は勤務医時代にも感じていました。業務の中心に居座っているITに振り回される。手で書いた方が早く、口でしゃべった方が楽。当たり前だと思います。開業してからは、診察中パソコンをずっと操作して自分を診察していない、そんな思いを患者さんに感じさせたくないと考えていました。
医療に関するITについていつも思っていたのは、いかに高機能にするか、多機能にするかではなく、いかにデバイスに触る時間を減らすか、クリックを減らすかが重要だということでした。ITの話を熱弁する医師や電子カルテのベンダーの営業マンは、どれだけPCをいじって楽しいかを話しているみたいにだんだんと聞こえてくる。どう工夫してもITの存在感を最小化できない。逆に存在感を最大化するような機能や設計がほとんどだと感じました。僕ももちろん、MacやiPhoneを触る時間は長いのですが、診療の場面からはできるだけ排除したいと思っていました。
とにかく、他の人がやっていない新しい方法を開発しないと、だめだと直感しました。
そして、考えました。まず僕はiPhoneと往診用のMac Book Air、しんじょう医院の事務では、Macを、さらに連携する訪問看護ステーションと、薬局にiPadとiPhoneを用意してもらいました(・・・プレゼントしました)。そして、iCloudのアカウントを(Apple ID)それぞれ作りました。何回かリハーサルした後に、今はこんな方法で仕事を進めています。その方法について紹介します。
僕は診療の内容を患者さんの家から、iPhoneのグループメッセージで訪問看護ステーションと薬局に送ります。まさに診察の実況中継です。話した事、ここが大事なんですが考えている事、感じている事をメッセージ (iMessage) で送ります。話しながらわずかなスキにiPhoneで素早くフリック入力する能力と訓練が必要です。訪問看護師も訪問薬剤師もその場で(または帰ってきてから)その時の様子、感じたこと、問題点をメッセージに送ります。そのメッセージは当院の事務員も含めて全てのチームメンバーで共有されます。
そして、どの在宅の診療所でも悩んでいる処方です。どのようにして処方箋を薬局に伝えるか、薬の残数をチェックしてその日の処方をするか。毎回毎回きちんと薬を服用している患者さんばかりではありません。また、僕の場合は緩和ケアの患者さんが多く、状態の急速な変化に合わせてよく処方が変わります。予め患者さん状況はグループメッセージで共有しています。処方箋は、状況を予測して診察前に医院で作り印刷し、患者さんのお宅に伺います。そして、実際の診察で話しながら処方箋にボールペンで上書きし、その場でiPhoneで写真を撮りまた全体のグループメッセージに送ります。処方箋は患者さんの家に残され、訪問薬剤師が薬と引き換えて持ち帰ります。薬剤師の疑義照会、看護師の新規薬剤や処置の要望も、思いついた時にどんどんグループメッセージに流します。
時にはチームメンバーの雑談も、ツイッターの様に回ります。楽しく仕事をする、遊び心を混ぜながら仕事をするのも大切ではないでしょうか。同じ職場なら、冗談を言い合いながら仕事ができますが、それぞれが違う時間、違う職場で働いています。この方法で遊び心を仕事にうまく混合させたいと思っています。もちろん、週に1回カンファレンスを開催し、1時間、患者さんやご家族のこと、業務のことを話し合います。普段からメッセージと思いを共有していれば、チームメンバーの会話も弾みます。さらに、グループメッセージでは、その家の雰囲気やスナップ写真も回ります。往診は基本的に僕一人で行きますので、医院にずっといる事務の方にも、僕がどんな景色を見ているのか、どんな患者さんなのかある程度わかります。在宅専門のクリニックでは、事務の方は基本的に患者さんやご家族と接することはなかなかありません。電話がほとんどになってしまいます。テキストデータで医療が構成されてしまう可能性のある事務の方にもきっと良い効果を生むと思います。
メッセージを使う最大の利点は、それぞれの時間を拘束しないことです。チームメンバーが、お互い思いついた時に電話連絡するとお互いの時間を邪魔します。電話で連絡を取り合っていると、運転中や診察中に電話がかかってくることになります。診療中であれば、患者さんとの会話が妨げられます。そんな診療はしたくないと思っています。さらに、運転中いくらハンズフリーでも電話で話しながら運転はしたくありません。結局は集中力を欠いた会話となり本当に大事なことを伝えられないでしょう。
医療チームメンバーのやり取りは医院の事務の二人も見ていて、電子カルテの処方箋の書き換えや、次回の診察のスケジュールを電子カルテに入力します。またファクスで来た検査の結果、「ご家族の携帯電話は何番?」「だれだれさんの家どこ?」とグループメッセージに向かってつぶやくと瞬時に答えが返ってきます。僕が使っている電子カルテの入力はモバイルでも可能ですが(VPN接続、セコム社)、診療が終わると車にもどり、macのテキストエディットやJeditのような軽いアプリをオフラインで起動します。予め事務がその日の患者さんの前回のカルテ記事を並べてあります。必要な管理料、指導料の記載もまとまっています。そこにどんどん上書きしていきます。最後に診療が終わった時にDropboxに保存します。すると事務が内容を確認しコストを確認しながら電子カルテに入力します。僕が電子カルテを起動して入力するとクリックが増え、本当に必要な「カルテの記事を作成する」ことの何倍もの時間を電子カルテの操作に奪われます。ITに振り回されるのです。Mac Book Airを開けばすぐに記事を書き、すぐに閉じて車を発進させる。今思いつく最高の、時間を短縮する方法です。
相変わらず医療と介護の世界では連絡のほとんどをファックスでやりとりしています。グループメッセージを使えば紙は出てこないし、すぐに伝わる。そして情報が共有され、話が流れるように続いていく。メッセージを受け取るチームメンバーはそれぞれ時間がふと空いた時に読めばよいし、すぐに返事をしなくても考える時間も、他のメンバーと相談してから返答することもできる。また、40を過ぎて、iPhoneがないと自分の予定すら分からなくなってしまう僕にとって、「忘れてしまう」ことで医療の質を下げたくない。そこで、来週しなくてはならない事をつぶやけば事務の方がMacのリマインダーにいれてくれる。忘れる事もない。
電話だと思っている事をうまく話せない事もあるし、言い足りないか、言い過ぎてしまう。電話で話すことが苦手なんだと最近痛感しています。また、勤務医時代は特定の時間例えば17時頃に看護師からの指示や処方の確認のための電話が殺到して、毎日がうんざりでした。そんな気分なのでつい対応がつっけんどんになったり、不機嫌そうになったり。反対に、こちらが看護師や薬剤師に何かを伝えたくても、電話に呼び出すのが気の毒でつい遠慮してしまったり。でも、このメッセージを活用するやり方なら、機嫌良く連絡でき、そして自分の仕事が終わるとその日がすぐに終わります。
僕は、自分の考えを実況中継して、考えている事をチームメンバーに共有したいから、そして、パソコンを診療に持ち込まないためにITを活用しているのです。
診療はクラシックで保守的なスタイルで。しかし、業務はITを活用して最先端で。
補足 AppleのiMesseagは、データを暗号化しておりApple社であっても解読できないと表明している。
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