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2012年9月22日 (土)

医師と患者の対話 第3話 呪いの時代

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2005年(平成17年) 呪いの時代

充実した内科医時代でしたが、ターミナル・ケア、終末期医療という言葉も徐々に目にするようになりました。また、次々にお会いする末期癌患者さんとの付き合いを通じて、人の死、看取りがもっと誇りあるそして実りあるものにならないのかと奮闘し始めました。それでも30を過ぎたばかりの、まだ好奇心と向学心の塊だった自分は、地方の病院で本を片手に見よう見まねで緩和ケアの実践をするのに耐えられなくなり、家族を連れて神戸のホスピスに就職しました。

ホスピスでは、毎週外来で新しく紹介になった患者さんや家族の話しを30-60分聞き、その方々の思いに耳を傾けていました。患者さん自身がホスピスを探してきて外来に来ると言うことは、ほとんどなく紹介の多くは、市内の大きな総合病院から主治医や、地域連携室の看護師、ソーシャル・ワーカーから助言されて来る方がほとんどでした。

そして、ある日初老の女性の患者さんが外来にやってきました。「今日はそういういきさつで、この病院に紹介になりましたか?」といつものように尋ねました。すると患者さんは、「担当している主治医の先生が、『もうあなたは3ヶ月も余命がない』『突然、血を吐いて急変することもある』と説明を受け、その後にここのホスピスを紹介すると言われました」と。そして、まだ十分自分の足で歩ける、毎日の暮らしにそれほど困難のない患者さんは、こういう説明を主治医に受けてから、毎日恐ろしくて、不安になると。かえって気持ちはふさぎ込み、外出を控えていると話していました。そして、まだ十分身の回りのことが自分でできるにも関わらず、「できるだけ早くホスピスに入院したい。家で過ごしていても『何か悪いことが起きるのではないか』と不安で仕方がない」と話してました。

最近は、病気のリスク説明、起こりうる悪い状況を、特に手術や処置の前に話すことは、インフォームドコンセント(説明と同意)の観点から当然行われるべき医師の行為とされています。またリスクの説明なく患者の診療を行った場合、不幸にも急に状態が悪化し死亡に至った場合にも、事前にその説明がなければ、民事裁判では不利になることも知られています。こういう状況で、医師は患者が「聞きたいか、聞きたくないか」という観点ではなく、自分自身の免責のために強く警告をするようになりました。「この病気で突然死ぬこともあります」「血を吐いて急変すれば、処置が間に合わず死ぬこともあります」「あと数ヶ月しか生きられないでしょう」そして、いつも患者、家族が聞かれる最も記憶に残る医師からの警告は、「いつどうなってもおかしくない」です。具体的な説明なく、ただ警告だけ受ければ、患者や家族の心的負担は非常に高まります[Shinjo T, J Clin Oncol, 2010]。いつも私が外来で耳にした、この医師によるリスクの説明、警告は、正しい病気の説明であるのか疑問に感じてきました。リスクをもっと具体的に丁寧に話すのが大事なのか、時間をかけて分かりやすく医療用語避けて、図を書いて説明するのがよいのかとも考えましたが、どうやら患者、家族の理解を促す説明のスキルの問題ではないとぼんやり考えていました。この患者、家族の心に深く突き刺さる、医師の正しいリスク説明はかえって、患者、家族を生きづらくさせている。何かがおかしいと思ったときに、ある本に出会います[田口ランディ、キュア]。この本の中で主人公の外科医がある患者に、膵臓がんの末期であることを告げます。そのとき患者は医師が勧める手術を拒絶します。そして医師に、「私の余命はどのくらいですかね?」と尋ねると、医師は迷いながら、「知りたいのですか?」と問い直す。うなずく患者。「手術をしなかった場合は、・・・・・・悪くて半年です」と医師は話す。余命の告知です。すると患者はこう言います。「呪いですね」「先生は、たったいま私に死ぬという予言を与えた。半年後にオマエは死ぬぞ。それを昔の人は呪いと言いました」

この医師が考えている、正しい病状説明は、一般の人達には呪いとして作用するのです。呪われた患者さん達に日々お会いする中で、私の仕事はその呪いを解くことに専念していました。まだ十分に生きる力がある患者に、呪いを解きどう生きていく支えをするのか。コミュニケーションの基盤は呪いを解くことに専念していきました。悪意のない呪いは、これからも従順な医師達により続くことと暗澹たる気持ちになるのです。

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