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2011年10月11日 (火)

絶滅危惧種の緩和ケア医

Istock_000015431219xsmall 先月、職場の上司に開業したい旨話し退職を告げた後、自分が一番長い時間を過ごした病棟の看護師全員の前で6ヶ月先の退職を明かしました。その後、目に触れやすいネット上で自分の退職を告示しました。
こうして自分から早めに話を拡散していくのには理由があるのです。まず一つは感謝の気持ちを表明したいこと、そして不満や職場での不仲が退職の原因と誤解されたくないことです。僕は今の職場に10年、自分が飛躍する大きなチャンスをもらいました。良い仲間に恵まれており、何の不満もありません。現状に満足した状態でありながら、その場所を去るのです。そのわかりにくい行動の理由については、前回のエントリーで書きました。もう一つの理由は、去る職場の新たな船出を祝したいという思いなのですが、自分が去った後、一日も早く誰かにこの場所に新たな仲間として参加して欲しいと思ったからです。そこには、緩和ケア病棟、ホスピスで働く医師が少ないという深刻な問題があるのですが、少しでも早く新たな人を探す時間を作るには、早く自分が辞めることを公開した方がよい、そう思ったわけです。
8月に、ホスピス協会の20周年記念大会という催しが東京で開かれました。その時に、ありがたくもシンポジストして、若手(と呼んでもらえるぎりぎりだと思いますが)の専門医として意見を述べる機会を得ました。祝祭ムードの中、専門医としての考えを無難に話そうと直前まで考えていたのですが、もう本音で自分の思うとおりに話してしまおうと思い、次のような事をお話ししました。
「一人の医者が辞めるだけで病棟の運営が不確定になるような状況が、全国のホスピスの現実です。緩和ケアの専門性を考える前に、まず同僚を増やす実効的な方法を考える必要があると思います。現状では、緩和ケアの医師は、ある時急に「キミ緩和ケアの医師を担当してくれたまえ」と任命される『やらされ医師』と、僕のように急に思い立って緩和ケア医になる、『突然変異医師』のどちらかです」と発言しました。この発言で、一部の先達には皮肉のこもった小言や、反対にいたずらっぽい賛辞を頂きました。しかしある意味本質だと自分には思えるのです。これはなにも緩和ケア医に限ったことではありません。また他の職種にも相通ずるものだと思います。

医師も含めて人間の転機は分かりません。案外自分が考えもしなかったような仕事をある時与えられ、大きな力を発揮し、振り返ればこれが最善の道だったんだと思えることもあるでしょう。自分自身だって自分の特性を理解していることはほとんどないのです。好みや行動の規範はあっても、「自分がどういう医師に向いているか」といった切実な内向きな問いに、自分も含めて誰も答えてはくれません。しかし、おおむねほとんどの医師は、自分の専門分野を自分で決めます。自分の事を自分で決める、これがプロフェッションの自覚であり特権でしょう。それはつまり、外科医として活躍していた医師があるとき急に院長に呼び出され、「あ、キミ悪いだけどね、来月から眼科で力を発揮してくれないか。キミならできると思うんだよね」ということは決してない、ということです。臨床でプロフェッションを発揮するときには、明日からの生活を変えてしまうほどの偶有性は、仕事の内容の変化としては少ないと言えます。それでも急に転勤させられることもありますが、転勤先でもほぼ同じ仕事を続けることを期待されていることがほとんどです。
医師でも基礎研究の期間は、偶有性の不思議に出会う機会が多くあります。基礎研究とは、病気の正体や新薬の開発といった、細胞や動物で実験をしながら未来の医療を切り開く分野です。ある研究をしていても、別の研究の手伝いをしているうちに、最初の目的とは全く違った研究内容や、研究所に移ることも稀ではありません。思いもよらない不確実性に、どこかで不安を感じ、どこかで期待を感じながら過ごしていることでしょう。

しかし、緩和ケア医の場合は、決して全員がそうだとは言えませんが、自分で望んで手を挙げて緩和ケア医になりますと志願した人ばかりではありません。病棟を作ることが先に決まり、次に責任者を誰にするか病院内で決めるときに、誠実で人当たりが良く患者に優しい医師が、科を問わず院長に呼び出され、「あ、キミ悪いんだけどね、来月からオープンするこの緩和ケア病棟で働いてはくれないかね」とそういう話になることも多いのです。なぜこんな状況になっているかというと、緩和ケアに従事する医師を安定して供給する場所が日本にはないからです。僕も元々は脳外科に1年、その後は内科の修行をしました。大学の医局というところに入りますと、例えば内科の医局に入れば、そこでは内科医としての教育を受けて訓練されます。また、市中の大きな病院で研修をしながら、自分の目指す科を決めて、修行を積む医師も居ます。
緩和ケア医には、この二つの大事な要素がありません。一つは大学や市中の病院に組織がありません。せいぜい数人、僕の職場では2人の医師が緩和ケアを担当しています。大学の医局のように何十人と人が居るいわば「緩和ケア医の巣」のような場所がどこにもないのです。もう一つは、教育が受けられる体制が整っていません。緩和ケアに限らず、どのような医師であっても、先輩医師について訓練を受ける必要があります。そのように訓練を受ける場所が非常に限られているのです。緩和ケア医はどこでも不足していますが、どの病院でも運営は厳しいものがあると思います。今すぐ緩和ケア医として働いて欲しいという病院はあっても、まだ未熟なあなたのためにちゃんと教育するから、うちの病院にいらっしゃいというところはほとんどありません。

こういう事情ですので、自分が今の職場を離れた時点で、すぐ次の新たな志をもった医師がどこかから派遣されたり、公募に応じて医師がやってきたりことはなかなかないと思われます。緩和ケアを「やってみたい」医師はいても、緩和ケアを「できる」医師がなかなかいない。まさに、緩和ケア医が一人いなくなれば、病棟の状況が大きく変わってしまう、そんな現状です。僕も退職を決意するまで、その事が一番気がかりでした。自分が辞めた後、自分が情熱を注いできたこの病棟はどうなるのかと考えると、心から悩みました。

最近では、産科医は激務であることと訴訟リスクが高い故に、若い医師は産科を敬遠するといわれています。そしてそれによって、各地の分娩、出産の環境に大きな影響がありそうだという、いわゆる医師不足の深刻さが繰り返しレポートされてきました。しかし、全国の医大には産婦人科の医局はあるので、まだ「巣」があるだけ緩和ケアの現状よりもましではないかと思えてしまいます。「出産」と、「がんをはじめとする苦痛な症状への対処と全ての看取り」、どちらが社会的に重要かという議論に参加する気はありません。ゆりかごも墓場もどちらも大切な医療の分野です。産科に医局があるのに緩和ケアにないのは、どこかに“ゆりかごを重んじて墓場を軽んずる”人々の本心があるのかもしれません。未来のある者に力を注ぎ、治る見込みのない未来のない者には、無関心にふるまう。弱者を選別し始めれば、棄民される人々の悲しみが今よりもいっそう深くなる事は目に見えています。そんな社会にしないためにもこの絶滅危惧種である緩和ケア医の厳しい現状について知って頂きたいのです。

この絶滅危惧種を保護しながら、将来のひなを育てる、親鳥と巣がまず必要だということです。絶滅危惧種の保護は、緩和ケアを担う医師同士の友好的な連帯で。将来のひなを育てることには医学生や若い研修医に対する緩和ケアの教育で。ひなを育てる親鳥の教育は専門的な緩和ケア研修と地域の交流で。そして、ひなと親鳥が保護されながらもすくすくと成長する職場として、人の集まりとしての巣つまり病院がこれからも温かく活動できますように。僕の育った巣もこれからもひなを育てる温かい巣でありますように。

(参考: 医師不足として社会問題となった、小児科医は14,677人、産婦人科、産科医は10,594人 (産婦人科10,163人、産科431人) [1]、一方で緩和ケア医は、1施設の平均が2.0人 [2] 現在ホスピスは日本全国で、228施設 他の科との兼業ではなく、在宅も含めて緩和ケアのみをほぼ仕事としている医師は恐らく400-500人程度と推測される。これに比較的規模の大きい病院で、例えば外科と緩和ケアといった兼業している医師を含めても1000人には満たないと推測される)

1.    厚生労働省 医師・歯科医師・薬剤師調査の概況 2004. (available at http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/04/kekka1-2-3.html accessed on 11, Oct, 2011)
2.    Miyashita M, Morita T, Tsuneto S, Sato K, Shima Y. The Japan HOspice and Palliative Care Evaluation study (J-HOPE study): study design and characteristics of participating institutions. Am J Hosp Palliat Care. 25(3):223-32,2008.

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