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2011年7月12日 (火)

交換可能な人たち 総理大臣の退陣問題と看護師不足の問題。

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  今朝も毎日新聞を読んでいると、二つの記事が目に入ってきました。「菅総理の退陣はいつなのか」という記事と、もう一つは、日本看護協会の会長の記事でした。その記事は、大震災が発生した後の看護師派遣の事と、後半は、看護師不足についての内容でした。この二つの記事は深いところで同じ事なのかもしれないと感じました。特に後半の記事は自分の職場での実感もあり、しばし考えさせられました。

 

1年間で約10万5000人も離職し約2万人しか増えなかった。離職率は11・2%に上り、大量採用・大量退職の悪循環が続いています。長時間労働や休暇が取れないといった職場環境の問題が大きい。(毎日新聞 201179)

  とのことです。自分の職場でも毎年のように看護師が辞めます。ある部署では、1/3が同時に退職し、新卒の看護師を振り分けてもまだ足りないという状況です。少ない人数なので休みも取りにくくなり、本当に困った状況です。ついに自分の働いている緩和ケア病棟でも、今年から看護師不足のためベッドの一部を閉鎖するという事態に陥りました。この状況は自分の病院だけのことだとはとても思えません。きっとどの病院でも起こっていることだと思います。そこで考えてしまいました。なぜそんなに看護師は辞めていくのか。

  夜勤が多く激務だから、71看護 (患者さん7人に対して1人の看護師を振り分けると病院の収入が多くなる。保険点数上の施策) のため、以前よりもより多くの看護師が必要になった、やはり今でも看護師は女性が大部分で結婚、出産、家族の転勤など家庭生活の影響をうける、など、誰もが指摘することは確かに現状を正しく指摘しています。世の中には色んな仕事があります。他の業種でも同じように多くの人が仕事を辞め、そして再び就職していきます。特に看護師だけが辞めているわけではないと思うのですが、どうして看護師に限って特にこんなに職場を「辞めやすい」環境になっているのかと考えなくては、物事の本質は見えない気がします。

  「辞めやすい」環境とは、「あなたがいなくてもこの職場は大丈夫」というメッセージが病院の中で絶えず発信されているような環境ではないかと思われます。 

 ある一人の人にしかその仕事はできないので交代はできない。だからその人は、休みなく絶えず自分を差し出さなくてはならない。これは、特に医師が過剰な労働になりやすいという現実です。私が休んだ時には、私の責任は誰かが引き継いでくれる。私の責任が過剰にならないように、仕事を同僚や上司と分け合うしくみになっている。ライフワークバランスとか、ワークシェアリングといった発想はもちろん大切です。医師も看護師も人間ですので、自分の生活もあれば、家庭生活もあります。病院にいる時間以外にも、自分の時間を過ごすのは当たり前のことです。医師や看護師が、弱きものを支えるという心(惻隠の情)を持って働いているのを知ってか知らずか、それを利用して、不眠不休で働くことを求める職場も多くあることでしょう。

  しかし、ここで僕の言う「あなたがいなくてもこの職場は大丈夫」というのは、この過剰労働を防止するために、誰かがあなたの代わりができるように普段から準備するという話ではありません。

 世間を見渡せば病院以外の職場では、派遣労働者が交換可能な労働単位として働いています。彼らは労働価値として何ができるのか、例えば電話オペレーターができる、PCでエクセルの表をものすごいスピードで作れる、接遇マナーが身についており接客ができるというスペックがまず職場に提示されます。そして、派遣先の職場から最も求められることは、仕事の成果を上げることです。そこでは、職場の仕事の手順やルールを教わることはあっても、よい社会人になるためとか、よい市民の振るまいができるようになるためとか、この企業を背負っていく新たな理念を作り出すためという創造的な思想を討論する機会はほとんどないでしょう。工場の派遣社員であれば、いかに不良品をださずに正確に何度も反復作業ができるのか、そしてその作業が時間単位あたりどれだけ可能なのかが査定の基準です。そして、派遣労働者が退職してもすぐに同じスペックの労働者がその職場をカバーする。こうして交換可能な労働者を安い賃金で雇用することで、企業は生産力を増したのでしょうか。企業の正社員は、派遣社員の働きにより、より創造的な仕事を担えるようになったのでしょうか。

 僕の言う、病院に蔓延する、「あなたがいなくてもこの職場は大丈夫」というメッセージは、一人一人の仕事の負担を軽減するために聞こえてくるメッセージではありません。だって、仕事の負担を軽減するためのメッセージは「何か手伝いましょうか?」です。でも、そんなメッセージは管理職からは発せられません。医師や看護師の管理職が (もちろん全てではありませんよ) 発するメッセージの多くは、交換可能な、安価な労働力を得るために開発された、そんなビジネスマネジメントの影響を受けたものばかりです。成果主義、目標シート、自己達成シート、労働時間管理。こうしたマネジメントにはいつも提出物がセットです。その提出物にある程度の時間を費やし記入していくことを看護師はどう感じるのでしょうか。「ああ、この職場はこうやって私の本心をきちんと把握しようと、機会あるごとに色んな事を調べてくれるんだな」なんて思うのでしょうか。用紙に記入していくことで、自分という労働単位を査定され、とある部署の看護師Aと記号化されていく自分に対して、何を感じるのでしょうか。そのメタメッセージが「あなたがいなくてもこの職場は大丈夫」になるのではないでしょうか。さらに、自分の仕事を査定されているうちに看護師は、「果たしてこの紙に書かれている物事で、私が大事にしている看護観をきちんと測定できるのか」と問えば、全くできないことに気がつくはずです。看護診断も然りです。患者との心の交流、ふと思った自分の大事に感じたことは、診断という操作にはなじまず、患者の現象にだけ肥大化した関心を持つように強いられる。そして、一つの診断に対してあらかじめ用意された定式化した行動で対応する。こうして、仕事がモジュール化し定式化すればするほど、「あなたがいなくてもこの職場は大丈夫」というメッセージがさらに強くなると僕には思えるのです。

 もちろん、医師や看護師が皆、このように考えているわけではないと思います。忙しい最中でも、人を大事にする何かを日々実践しているはずです。そして、その実践として「あなたの代わりはいない」「あなたがいるから私たちはやっていける」という強いメッセージを送って (贈って) いるはずです。一人一人それぞれの仕事を他人が認めると言うことは、ただ、その人の仕事を人前でほめたり、働く人それぞれの承認願望を満たすような挙動ではありません。そしてまた、仕事量を減らしたり、休暇を取りやすくしたり、給与を増やしたり、福利厚生を充実させても、看護師不足の問題は恐らく解決しないと僕は考えています。こういった対応は、恐らく看護師という労働者の一時の欲望を満たすことはできても、また次の職場や別の環境に移っていく誘惑の歯止めにはならないと思います。なぜなら、病院の経営者や管理職がこんなに仕事量も給料も福利厚生も申し分ない職場なら、「きっとあなたがやめても、この職場には誰か別の看護師をすぐに雇用できる」と考えるからです。そして相変わらず「あなたがいなくても、他に看護師が来るからこの職場は大丈夫」というメッセージを出し続けるからです。

 今の病院で問題となっている、看護師不足は、様々な会議とマネジメントを重ねて、みんなで、ある一定の成果を上げることができればよい「交換可能な人」を作ることに専念してきた結果であるということだと思うのです。さらに、「あなたがいなくても、この職場は大丈夫」という職場作りを自ら目指してきてのだと、自分の職場をふりかえってもつくづく思うのです。だから、皮肉にもこの現状は、今までみんなで努力してやってきた事の成果なんです。そして今、努力の成果が実り、収穫の時期を迎えているんです。出来栄えはいかがですか?僕は、今のこの看護師不足に苦しむ病院という職場に大いに疑問を感じています。

 今からでも遅くありません。この現状は何とか変えて行かなくてはなりません。さて、「あなたの代わりはいない」「あなたがいるから私たちはやっていける」そんな職場を創るにはどうしたらよいのでしょうか。

 まず、今まで述べたような「交換可能な人」を作るマネジメントや紙、評価を放棄することです。その上で、一人一人がかけがえのない存在である、という気持ちを常に持てばいいのではないでしょうか。どうすればそんなことがお互い伝えられる職場になるのでしょうか。僕は、「あなたにしかできない仕事をお互いが作ること」だと思っています。「ありがとう、これはあなたにしかできない仕事だよ」と、仕事の成果のあるなしに関わらず、まずは相手の仕事をきちんと認めて、「ありがとう」と一言伝える。看護師として良い仕事をしたではなくて、この仕事は○○さんでないとできないと伝える。そうすれば「あなたの代わりはいない」「あなたがいるから私たちはやっていける」という自分の気持ちを相手に伝えることもできるはずと思います。

 あなたにもし子供がいるのなら、たとえあなたからみれば不完全でもかけがえのない存在である子供にも、家庭の中で「あなたの代わりはいない」「あなたがいるから私たちはやっていける」という役割を探してあげて下さい。自分の身の回りの出来事が、職場、そして大きく日本の医療いや、世界の医療の問題と相似形だと想像してみてください。看護師不足の職場をどう改善するかの鍵は、あなたのすぐ足元に落ちているのかもしれません。

 

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