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2011年5月12日 (木)

「全部つながっているのよ」

「全部つながっているのよ」

ホスピスに入院している方々から時々聞く言葉です。
最近ある女性患者さんから聞きました。唐突に。
「全部つながっているのよ」

僕が患者さんとの時間を過ごすのも、患者さんの人生の中ではきっとほんの短い時間です。それまで皆さんそれぞれの人生を歩んでいらっしゃいます。
対話を重ねるとわかります。どなたにも幼少の頃から心に残る忘れられないことがたくさんあります。ホスピスの場の力でしょうか、それとも僕に何か力が備わっているのでしょうか。患者さんの中には、そういうここに残る忘れられないことを前ぶれなく、そう何かの波長が合うある日語り始めます。

あの日もそんな日でした。いつもの日常的な診察の会話の流れを断ち切って、「あのね、先生。今まで分からなかったこと、何でかなと思っていたこと、それが今になって全部つながるのよ」と、この女性の話が始まりました。いつも始まりは唐突です。

断片的に思い出す人生の節目節目にあったできごと。その時には意味が分からなかったこと、不条理に思ったこと、やりきれない気持ちになったこと、つらかったこと、よかったこと、うれしかったこと。一つ一つの出来事には何のつながりもないと思っていた事が、ある瞬間線で結ばれるかのようにつながる時があるようなのです。まるで推理小説の結末のように。最後まで読まないと犯人もトリックも登場人物の本当の役割も分からないが、すべてを読んだ後に細部にわたり色んな伏線や意味が見えてくる。本当にうまくできているもんだ、と彼女自身がいちばん感激しています。

こうしてある日唐突に僕が受け取った、色んな患者さんからお聞きした言葉たち。
「先生、無病息災という言葉の本当の意味がやっと今日わかりました」
「先生、時間には始まりも終わりもない。だけどいま自分がここにいる。この事の意味が分かりました」
「先生、すごいよな、最後は何もかも自分でわかるんだよな」
それぞれの意味はとってもプライベートで、僕には何のことかさっぱり分かりません。それでもずっとこういう言葉は覚えているんです。大きな謎かけのように。

自分も含めて例外なく、人は毎日どうしたらよいのかと迷い悩みながら生きています。彼女は色んな家族の深い闇(やみ)を背負っていました。一部は僕にも語ってくれました。でも心に秘める闇のすべてを他人には語りません。僕も彼女が話す事以上に知ろうとしません。自分で語る以上には、好奇心で患者さんの事は詮索しないのがホスピスの流儀です。3ヶ月前、彼女に初めてお会いした日、その表情はとても暗い顔でした。抱える病気のつらさ以上に、自分の心に確かにある深い闇をもてあましていることを僕は直感しました。時が経ち彼女は、あの日と変わらない暗い顔のまま入院されることになりました。それでもある日、ある瞬間から急につきものがとれたように「鮮やかな」顔に変わったのです。「全部つながっているのよ」その時の表情はまるで白黒だった顔に色彩が現れるようでした。その瞬間、僕は本当に驚き、神秘的ですらあるその表情に深く感動しました。

彼女が言う「全部つながっている」事の意味は、残念ながらどれだけ説明を聞いても僕には解らない。だって、それは彼女だけが悟った「つながり」、天からいや過去の彼女から今の彼女に贈られたプレゼントだから。僕はその時の事を思いだして確信しています。今まで体験した色んな事が将来つながり、あんなに「鮮やかな」表情と共に、喜びに包まれる日が来るのだと。きっと注意深く、落ち着いて待っていれば必ずその瞬間は誰にでも訪れます。今は大変な毎日の生活ですが、意味の分からない「一体これはどういう事なんだろう」の積み重ねが、将来の「ああ、こういうことなのか」につながるはずです。死を迎える前かも知れませんが、自分にもその日が来るのが楽しみです。

死は恐ろしい。自分の消滅は考えたくない。でもその間際には、自分からの大きなプレゼントがあるようです。あなたにもきっと。そして「全てはつながっている」とそばにいる誰かにそのことを告げるのです。

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コメント

この患者さんの気持ち、自分は良くわかりますよ。

叔父が亡くなり、自分の身に色々起こった時「全てがこの日のために準備されていたんだ」と実感しました。

言葉では説明しにくいのですが、一つに人との出会いがあります。
その人は叔父が亡くなる1年位前に現れ、一番辛い時期に自分を助けてくれて、その後急に姿を消しました。その人がいなかったら今の自分は無いでしょう。

仕事の事もそうでした。叔父の死後1年間位まともに働けるような状態では無かったのですが、丁度その時に父親の仕事を手伝っていたために、仕事上の迷惑を最小限に抑えることができました。(普通の会社に勤めていたらこうはいかなかったと思います)

と挙げればキリがありません。全てが複雑にに絡み合い1つの目的に向かっていました。(そう実感しました)それは1年以上(あるいは産まれる前?)から決まっていたのです。

今は普通の生活をしているので、日頃愚痴ばっかりこぼしてますが、「これも何かの準備なんだろうなぁ」と思いつつ過ごしております。

全てが計画どおりに進んでいます。一瞬・一秒です。一見この計画に従うしかないように思えますが、それは違います。この計画を変更できるのも自分達です。

ホスピスにみえる方々が「全部つながっている」と理解されるということは、こちらの世界を客観的に見られるようになるということなのでしょうか?自分にはよくわかりませんが興味深いですね。

投稿: 大山 | 2011年5月14日 (土) 21時25分

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