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2011年4月 1日 (金)

昏睡の人との対話

アーノルド・ミンデルの著書、「昏睡状態の人と対話する―プロセス指向心理学の新たな試み」という名著があります。オカルトか?非科学的なまやかしか?など思わず素直な心で読んでみました。

昏睡状態もしくは半昏睡状態はどの病者にも体験しなくてはならない状況です。彼らが一体何を感じているのかわかりません。心地よいのか不快なのか。苦しいのか苦しくないのか。それは死の一歩手前の状態で、昼の日差しが夕方を経て夜という闇に移り変わっていく途中の状態です。この昏睡状態の時も耳は聞こえていると言いますが、ただ自分の声が彼らの鼓膜をゆらし、音声が電気信号に変換され、脳の神経を走り大脳に至る。そこでは意味のある言葉に置き換わりそして、我々の思いが伝わる。そういう言葉、言語を介したコミュニケーションではないであろうことは、昏睡の病者と対話しようと試みた人なら分かると思います。

僕は時々、緩和ケア病棟でがん患者さんと対話しています。一見昏睡状態の方でも、「ちゃんと聞こえてますでしょ?どこかで合図して下さい」と静かに話しかけると結構どこかで合図してくれます。まばたきだったり、ほっぺ、眉の動きだったり。そこに意志を感じる事ができます。ご家族が立ち会っているときに、話しかけ患者さんの合図を一緒に目撃するととてもよい時間になります。高度な家族ケアとなるでしょう。でも僕は純粋にその方と対話したいと思ってます。

救急外来でも手術後の麻酔から覚醒する患者さんにも、医師はこう話しかけます。いや話しかけると言うよりも大きな声で、強く相手の意識にノックします。「○○さん!聞こえたら手を握って下さい!ね!○○さん!」こういうノックには決して静かに眠る昏睡の患者さんは決して答えはありません。何故ならこれは対話ではなく(私はあなたの意識状態を確認しているのです。これは対話ではない。あなたはただYesかNoかだけを教えてくれればよい)ということが伝わるからでしょう。もし昏睡状態の方と話したければ、昏睡状態の方から発する弱い信号を受け取る。そんな振る舞いが新たな体験を産むかもしれません。元々患者さんの思いや声というのは弱い、小さな信号です。それにどう耳を傾けるのかが、医師に求められるコミュニケーションの基本でしょう。

昏睡状態の人との対話ですが、僕の経験と実感からは、「耳、聴覚で声や言葉をキャッチしている」という単純な事象ではないようです。もっと深いコミュニケーションだと思います。言語・非言語コミュニケーションを超えた。彼らは音声と言葉を聞いているわけではないと思います。

今診察している2人の患者さんは半昏睡ですが、いつも右手を伸ばし顔を触ります。顔や髪の毛、頭を触ります。それはまるで触角で対話する気分です。(声の主は誰かな?)という確認が終わったら患者さんからの対話があります。その声は僕には(大丈夫だ。安心しろ)と言っているように聞こえます。患者さんが医師である僕に「安心しろ」というメッセージが届くのがとっても素敵です。彼らにとっては、僕も頼りになる身近な若い人に過ぎないのです。そしてその若い人に向かって「安心しろ」と返事が返ってくるのです。でもそれはもはや音声ではない。まるで波動のようなものです。

こう書くと「え!波動?もうオカルトだな」と思う人もいるでしょう。でも空気を伝わる音も波動。質量のない波動です。電波からラジオに届く波動を音声に変換し、その音声はまた新たな波動となりあなたの鼓膜に届きます。あなたはその波動を言葉に変換して理解しているのです。でもきっと言葉以外の波動も受け取っているはずです。人間は視覚と聴覚に支配されすぎました。多くの感覚はあなたに既に備わっているのです。

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