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2011年2月 7日 (月)

書評 コンサルテーション・スキル 岩田健太郎著

コンサルテーション・スキル
他科医師支援とチーム医療
岩田 健太郎著


著者は、私と同じ街で診療にあたる高名な臨床医の方で、神戸大学病院で感染症を専門にお仕事をされています。感染症の専門医として大学病院でコンサルテーション活動を通じて感じていらっしゃること、また後進の指導について考えていらっしゃることをまとめた著書です。

ところで、私が岩田先生の言説にふれたのは、2009年です。その年新型インフルエンザで神戸は騒然としました。私の勤務する病院でも非常な事態に対応するために混乱を生じておりました。事の発端は、2009年5月、神戸市内の高校生に感染していることが発表されたことです。その後は、神戸も人通りがぱたっとなくなり小学校に通うわが子も休校となりました。マスクをして出歩く人々の群れが、人々の恐怖をさらに増強しました。そうです、映画「アウトブレイク」でも描かれたとおり、感染症は民衆の恐怖を増幅するのです。それは無知の恐怖とはいえないほど、根源的な恐怖を医師である私にも抱かせました。感染予防服を着た医療者の報道を通じて、多くの国民は恐怖を感じたことと思います。マスクがなくなるといった民衆的パニックも発声しました。
そのような時にも様々な見解を岩田先生は冷静な発表されており、その言説には絶えず、「現場で自分の頭で考えろ!」という強いメッセージが含まれており、同世代の私には心強く感じました。

さて、この本は、コンサルテーションを受ける側、コンサルタントとしてのご自身の思索がまとまっています。この本は、まず強い言葉で刺激します。その次に、自分の理路を開示して、行動目標を強い意志で提示します。その展開には恐らく不快感を感じる人もいるでしょう。また一緒に働いている人達は「これはオレ(自分)に向けて書いてあるんだろうか」という錯覚すら感じさせます。
しかし、通読し先生の風刺とテンポを感じるにつれて分かってきます。この本は「虚ろな人々に、自分の頭で考えて、自分の足で歩け!」、「自分はいつもこういう風に考えるんだ。なぜ君にはそれができない」といった、上から目線の表層的なメッセージしか受け取れない感受性を排除します。かつてのご自身もそうであったかもしれないという、ご自身の経験から身体的な言葉で語るからこそ、この本を通してのテーマが生まれているのです。この本の文体は、絶えず誰かに向けて話しかけるような姿勢です。しかし、それはかつての研修医、今の同僚、虚ろな人々に向けてではなく、心が鎮まる前のご自身に向けて書かれているようにも思えます。まず自分の心に一番共鳴し、「そうだよなそうだような」と共感できるこの文体が、この本の一番の通奏低音です。刺激のある言葉のうらに大きなテーマを感じることができたとき、新たなコンサルタントの可能性が開かれてきます。
つまり、時に刺激的な言説も、その言説を刺激と受け取ってしまう「あなた」自身の内省と、心を鎮めることをこの本は求めます。そして、全ての医療者の心を下支えしようとする岩田先生の愛情を深く感じます。「きっとみんな話せばわかるはずだ」というメッセージこそが、この本のテーマだと思いました。このテーマは私も何度も主張してきたテーマの一つです。

私も緩和ケアの専門なので、日常は絶えずコンサルトを受ける立場です。私にとって緩和ケアのプロフェッショナルとしての確信は、「緩和ケアは、病者とその周りの人々の恐怖と苦痛を扱う」ということです。がんに向き合った患者は恐怖を感じています。その家族もまた違う種類の恐怖を感じています。そしてその患者、家族と向き合う医療者も実は恐怖を感じています[1]。将来の不安、苦痛の恐怖。私が一番大切にしているのは、その恐怖を軽減する方策を考えることです。患者、家族、医療者の苦痛と恐怖どれが一番問題と考えず、まず同一平面上に並べます。それぞれの苦痛と恐怖に対して最も適した方法でそれぞれに対処します。患者には薬物がよいでしょう、家族にはより詳細な治療への説明が必要かもしれません、そして医療者には患者の苦痛に絶えずさらされる恐怖から守り、一緒にいるという姿勢を表明することが大事でしょう。恐怖に対処する上で重要な構えがあります。それは、患者、家族、医療者それぞれの信念や問題に優劣を付けることなく、全てを並べそれぞれに適切な方法論を選択する。こういう構造構成主義的な構えも同じくこの本に書かれているテーマの一つです。

緩和ケアにとって苦痛の緩和(≒薬物療法)とコミュニケーションが重要なのは、自分自身の調査でも明らかで全世界共通です[2,3]。 (universal issue) そしてコミュニケーションの医療における重要性は、同じく岩田先生の著書にくり返し抱えれているとおりです。型どおりのコミュニケーションではなく、メソッドにこだわるのではなく、どの言葉が一番彼の心に届くか、どの話し方が彼の行動を変容できるかプロフェッショナルとして戦略的に考えよ、その根本的なメッセージ (ultimate aim) に非常に共感します。して私の実践と非常に相似しており、読み進めると共にまだ未熟な自分の思索の輪郭がぼやけた思考をくっきりとさせる快感を感じました。

そして、岩田先生は最後にちゃんと突き放します。「自分の模倣は無意味」「自分で考える、自分で判断する、自分で吟味する」(p.213) 甘い誘惑と堕落に負けず、自分自身が虚ろな人々に加わることなく絶えず厳しく自分を見つめるからこその最後のメッセージ。とても心地よく心に響きます。ちがう分野であっても、ちがう職業であっても、ちがう国であっても自分の極めようとするからこそ導かれる言葉の数々 (pearls of wisdom)。その長い道のりに自分自身も「この道で大丈夫か」という不安をこの本は消し去ってくれました。


Reference
1) Cherny NI, The problem of suffering and the principles of assessment in palliative medicine. Oxford Textbook of Palliative Medicine 4th eds. 2010
2) Shinjo T, Morita T, Hirai K, et al. Care for imminently dying cancer patients: family members' experiences and recommendations. J Clin Oncol 28(1), 142-148, 2010
3) Hallenbeck J: Palliative care in the final days of life: “They were expecting it at any time.” JAMA 293:2265-2271, 2005

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