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2011年2月28日 (月)

京都大学試験問題ネット漏洩事件から、僕の親子問題まで。 パパみたいになりたい。

2月26日に報道された、京都大学の入学試験ネット漏洩問題。
それに関連して流れていくいろんな皆さんの大学入試に関する意見を見ながらふと心に留まった内容がありました。
それはある大学医学部の教授の方が、
「面接で医学部志望の動機について「成績が良かったから」と正直にいう子は一人としていない。「親が医者だったから」というのはたくさんいるが、動機としてはいかがなものか。「一生懸命勉強します」と皆が言うが、多くが合格と同時に忘れてしまうのは不思議なことである。」

という意見があった。これを見て考え込んでしまった。まず異論があることは間違いないのだけれども、それが何かしばらく考えていました。

僕の親父も祖父も、叔父もみんな医者です。医者一族の中で、医学部を受験したので自分の動機の中で「親が医者だったから」という考えがどれ位あったのかなあと思い出していました。思い出す僕はすでに39歳なので、あの頃の気持ちにどれくらい寄り添えるのかわかりませんが、思い出すうちに今と昔の僕の心にある、親父への思いが変わっている事に気づき、とっても良い気分になってきました。

僕の高校2年から3年生の頃、つまり大学受験の頃は18-21歳ぐらい、反抗期も終わるかどうかの頃。受験勉強にとりかかったころは、親父に反発して「絶対に医者に何てなるものか!」と親父への反発を自分勝手に体現していました。飛行機に関する勉強を目指そうと航空学科のことを考えていました。しかし、出会いはあるものです。自分の友人を通じて自分の高校を卒業した心療内科の医者にふとしたきっかけで出会いました。その医者のカウンセリングを体験したり拝見するうちに、親父とは全くちがう医者がいると気がつきました。そして、親父への反発とその先生との尊敬が見事に合体して、おかしな事に全く正反対の思いになり「親父とはちがう医者になろう!」と医者になる事を決意し、高校生の僕は猛勉強を始めました。親父への思いは変わらないのに、全く正反対の動機になったというわけです。

学校を時には休んででも受験勉強をしていました。毎日図書館にこもって。そんな受験勉強をくぐりぬけ、地元の医学部に進学し医者になりました。反抗期の僕は大学生活の中で成長し、また一人暮らしを家訓とする我が家の教育方針のお陰で親父への反抗も消え失せました。そして医者になり親父と同じ職業でありながら、全くちがった専門分野を持ちました。専門分野がちがえば、親父とは全くちがう医者なのかと言われるとやっぱりちがうことに気がつきました。結局僕が高校の時に考えた「親父とはちがう医者になろう!」という動機は自分自身が医者になってからしばらくして、果たせなかった事に気がつきました。

自分は親父に反発していましたが、それは親父にもっと愛されたいから、認められたいから。結局高校生の未熟な僕の本音はそこです。そしてやっぱり親父に反発しながらも、本音では親父のように生きていきたいと考えていたんです。僕とは違い素直な多くの受験生は医学部受験の動機に「親父のように生きたい」と考えるからこそ、「親が医者だったから」と話すのではないかと確信しました。

これぐらいの年齢の学生が、親の「オマエは医者になれ」というマインド・コントロールの支配から逃れられず、未熟な自我のままいられるだろうか。「親が医者だから」と面接で話せる学生は、親への尊敬、親が創作した家庭、親の愛情の実感、親のライフスタイルが好きという思いがなければ、とてもあの勉強量に耐えて医学部受験なんてできないと思います。また医学部入学後も随分と多くの勉強が待っていて、さらに卒業してから医師国家試験に合格する必要もあります。親の束縛、呪縛とマインド・コントロールだけではとても耐えられない道です。

だから「親の様に生きたい」と思う子供。その裏には親の愛情を感じて僕は素直に素晴らしいと思う。反対に「親の様にはなりたくない」と言いながら、「親が医者だったから」と話す学生。(僕も)相当な自我の芽生えでその独立性と、親からもがきながら脱皮して親を超えようと挑戦する姿にただ感動します。

今はとても気分が清々しい。なぜなら、医者である前に親父の息子である僕は、医者になって初めて親父の愛情に気づいたから。いや、思い出したからです。今は僕も親が医者だったからこそ、自分の心の中にいる親父と向き合い、そして今子供もできて親の深い愛情に年々気づかされる。 僕は「親が医者だったから」、医者になり、親となり、親と同じように深く子供たちを愛し、他人をうらやむことなく、悪口をいうことなく、比較することなく生活できています。「親が医者だったから」分かる親父の医者としての苦悩。親父を深く尊敬しそして愛おしいと感じるようになりました。

そして、大学の教員の皆さん。「親が医者(もしくは他の職業)だから」という学生に出会ったら、どうか「キミは親のどこを尊敬して医者(もしくは他の職業)になろうと思った?」と尋ねて下さい。「親が医者ならお前もそうか。何にも考えずに親の言う事を聞いて育ってきた」とか「そりゃ、親が医者なら世襲で生きる方が得だよな」などと偏見を持たず、彼らの未熟ではあっても真摯な人間性を洞察して下さい。大学の教員の皆さんが、彼らを値踏みしようとせず、彼らの心の窓を開ける良い質問をすれば、きっと学生らの無垢で深い思慮が引き出されます。そういうわけで、面接で医学部志望動機で「親が医者だったから」と素直に答える学生の、親の愛情や、親の尊敬への感受性の高さにただ感心します。

また大学や企業、病院は良い学生をとりたいという意見の裏に「親が医者だから」という意見に嫌悪してしまう時点で、良い資質をもった学生を入学、入社させたいという怪しい常識を見直したほうがよいと思います。なぜなら、僕が18-19歳に気がつかなかった親への尊敬と愛情は随分と時間が経ってから理解できることですから。僕のように、将来親への尊敬と愛情をもった学生を若い頃に見抜く事はできないからです。大学や企業、病院は人を育てるところであって、完成品を購入するところではありません。

そして、昨日の夕食の時に、長男と次男に尋ねました。「パパみたいになりたい?」と聞くと、まだ小学生とあどけないのですが、「パパみたいな大人になりたい」と言ってくれました。僕は自分の子供への愛情に安堵し、それを受け止める子供達を誇りに思います。この先息子たちが反抗期を迎えてもきっと、今の「パパみたいになりたい」という気持ちは、かつての僕と同じように将来彼らの心の中で再び点火すると予感します。そのことが僕には将来の大きな楽しみなのです。

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