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2011年2月21日 (月)

患者さんの通る道。いつも何かが足らない。

先ほど一年前離れた地元の町へ退院をした患者さんの家族にお会いしました。昨秋に亡くなったとのこと。ご家族も体調を壊し十分な看病ができなかったと泣いていらっしゃいました。地元では訪問診療、看護、そして最期は地元のホスピスで看取りになったとのこと。慰める言葉が見つからず、一声いつも感じている実感をお話ししました。

それは、「看病は誰にとっても何かがいつも足りないと思います。」とお話し致しました。僕自身の看病でもそうでした。いつも迷い、いつも不十分で、いつも他に何か道がある気がしてならない。自分が迷っているときに「それでいいんですよ」と一声誰かにかけて欲しかった。誰も言ってくれないのなら、自分は言うようにしようと思った10年前のある日。

治療法の長所短所、リスクの説明、予後告知、病状の見通し。悪いニュース。全てのコミュニケーションスキルは患者の自律を促す。個人の考えを大事にするのは大原則。もちろんその話しの先のことを僕は話しています。

だから僕はいつでも、今まで通られた道、闘病のできごと、あちこちの病院でのできごとを聞いても「それでよかった」と心から力一杯話します。通る道がちがっていても他の苦労が新しく生まれ、「いつも何かが足らない」のですから。患者さんや家族が通ってきた道を吟味しません。

迷いながら、それでも道を決め、そして後悔。
苦労しながらも笑い、日常を過ごしながら。
また苦労の日々は誰かの力を借りながら。
自分の職場の患者さんを見渡してみる。
みんな苦労して、毎日を懸命に生きている。誰一人心からの幸せに笑っていない。

「いつも何かが足らない」けど、それでも微かな笑顔が毎日皆さんの顔に浮かぶ。
僕はこれからも、「それでいいんです!」と言い続けると思います。


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